2-9 ギルマス登場。しかし混乱は続く。
「おい、渡り人のようすはどうだ」
大きな声とともに、ノックもそこそこに大柄な男が入ってきた。
フィオが青ざめる。いや、やましいことはしてませんよ。AIスマホが暴走してるだけです。
「ギルマス……。ええと、すみません、渡り人に仕事を手伝って頂いていて」
この人がギルマスか。フィオがパッと立ち上がり、ギルマスの前に立った。今まさに発行している焼き付け書類を隠そうとしてるみたいだ。俺も立とう。壁だ、壁を作ろう。
空気を読まないAIスマホは最後の一撃を放った。
「町長向けプレゼン資料、完成しました」
「完成させるなあ……」
力なく、俺は胸元に声をかけた。
最悪のタイミングで様子を見に来たな。
ギルマスは俺たちの後ろで光っていた紙に、きちんと気づいていたらしい。
焼き付け資料の束をぱらぱらとめくりながら、ギルマスは眉をひそめたり、目を丸くしたり、忙しい表情をしていた。
「……ふむ。理由は説明できないが、とにかく“焼き付け書類”がある、と。しかもこの量で。三年分の依頼達成率、季節ごとの魔獣発生率、依頼金額の相場……」
ギルマスは資料を机に置き、俺とフィオを交互に見た。
「町長へ説明用資料も、何やら複雑だが……まあ、直感的に言いたいことは伝えられそうだな」
直感的に伝わるのか……?大したもんだな、きれいに整った資料ってのも。
フィオは緊張した面持ちで、膝上に手をそろえた。
「で、フィオとしては彼を町長の前に出したくないと……なんでだ? 惚れたか?」
「ち、違います!!」
フィオの声が裏返った。顔が一気に真っ赤になる。セクハラですよ、ギルマス。
「ええとですね……その……まだ渡り人として日が浅いのに、そんなことまで任せるのは良くないんじゃありませんか? 負担が大きすぎますし……!」
ギルマスはじっとフィオの顔を見つめた。
「……顔が赤い気がするが」
「赤くありません!」
「そうか。まあ、わかった、わかった。そう怒るな」
フィオはぷいっと横を向いたが、耳まで真っ赤だった。
ギルマスは資料をもう一度見下ろし、ため息をついた。
「しかし……この資料はすごいな。魔法使いでもここまでの“焼き付け”は難しいぞ。ノアス、お前……本当に魔法は使えないのか?」
「はい。魔素は無いそうです。自分ではわかりませんが。“声”による焼き付けと思ってください」
ギルマスは首をかしげた。
「違いがよくわからん……まあ、理由はどうあれ、資料は出来上がっている。町長に報告用には十分すぎる。問題は……」
ギルマスはフィオをちらりと見た。
「ノアスを連れて行くかどうか、だな」
「だめです!」
フィオは即座に叫んだ。
「そんなに即答するか……?」
「だって……その……ノアスさんは、まだ……!」
フィオは言葉を探しながら、ちらりと俺を見た。
「……まだ、慣れてないんです。ギルドの仕事にも、この世界にも。だから、町長の前に出すのは……」
ギルマスは腕を組み、うーんと唸った。
「まあ……確かに、町長は細かいところを突っ込んでくるからな。慣れてない者には荷が重いか」
フィオはほっと息をついた。
「はい。ですから、説明はギルマスが……」
「だが、資料を作ったのはノアスだろう?」
「とはいえ俺一人の力というわけでもなく」
「“声”が作成しました」
「黙れ!!」
ああ、漫才が終わらない。AIスマホよ、頼むから黙ってくれ。
ギルマスは苦笑した。
「まあいい。とにかく、資料は受け取った。町長への説明は俺がやる。ノアス、お前は今日のところ事務仕事に専念しろ。
いや、五日間の猶予まであと数日か。あと数日は引き続き、だな」
「はい……助かります……」
フィオは胸に手を当て、ほっとしたように微笑んだ。
「よかった……ノアスさん、本当に……よかったです……」
ギルマスはその様子を見て、にやりと笑った。
「……やっぱり惚れてるんじゃないか?」
「違います!!」
事務室にフィオの叫び声が響き、俺はそっと頭を抱えた。コンプラとかなさそうだな、この世界。
**
とにかく大変だったが、いったん仕事は一段落した。
本来、町長向け報告資料の作成は三日がかりの予定だったらしい。しまった。三日分の日当を貰いはぐれたってことか。
「ノアスさん」
フィオがそっと声をかけてきた。さっきまでの騒動が嘘のように、柔らかい笑顔だ。
「とても早く終わったので、次の仕事の前に……一息つきましょう。仕事をあっという間に片付けてくださったお礼も兼ねて」
フィオは周囲を見回し、誰もいないのを確認してから、声を潜めた。
「こっそり“魔石の観察結果”をお伝えしますね。内緒ですよ」
「え、観察結果?」
「はい。昨日預かった魔石、覚えてますよね? あれ、少し調べてみたんです」
そういえば魔石は、石ころになったものも含めてすべて提出したな。
「……まず、魔素の“脈”が普通の魔石と違いました。魔素の流れが、奇妙に一方向へ集まっていました。まるで……何かが吸い込んだあとみたいに」
(吸い込んだ……AIスマホが吸収ってことか)
「それに、魔素の密度が妙に薄いんです。初級魔獣の魔石だとしても。普通なら、もう少し濃いはずですが……」
フィオは少しだけ眉を寄せた。
「……ノアスさんの“声”が触れた魔石と、触れていない魔石。違いがあるのかもしれません。専用布で包んでも、“声”は魔素をいくらか吸って整えてしまうのかも」
「いや、俺は何も……」
「分かっています。ノアスさんのせいじゃありません。でも、“声”が魔素に影響を与えているのは確かです」
AIが唐突に口を挟む。
「魔素流動パターンの異常は、私の解析結果とも一致します。追加の観察を――」
「黙れ!」
フィオはくすっと笑った。
「ふふ……ノアスさんの“声”、本当に空気が読めませんね。でも……」
フィオは少しだけ真剣な表情になった。
「……あの魔石は、教団にも見せたくはありません。カイラムさん次第なところもありますが……あんな“整い”をする魔石、聞いたことがありませんから」
「そんなに……?」
「はい。もし知られたら……ノアスさんが“消去対象”になる可能性がますます高まります」
フィオはそっと俺の袖をつまんだ。
「だから……内緒ですよ。ノアスさんと私だけの秘密です」
胸の奥が、少しだけ熱くなった。なぜフィオはここまで、俺をかばってくれるんだろう。
「……了解です。内緒にします」
「よかった。では、次の仕事の前にお茶でも飲みましょう。ノアスさん、喋り続けで喉が渇いてませんか」
「ありがとう、頂きます」
AIがまた口を開く。
「疲労度を解析しますか? 心拍数と呼吸パターンから――」
「解析するな!!」
フィオは笑いながら、机に肘をついた。
「ふふ……ノアスさん、本当に面白い方ですね。もっと魔石についてお話をしたいです」 俺は頭を抱えつつも、どこか悪くない気分だった。




