2-8 静かな仕事の一日は、どこ行った。
「……ノアスさん。これ……魔法使いでも無理ですよ?」
「ええと、そうなんですか・・・?」
「はい。“書類焼き付け”は魔力の制御が難しくて、普通は一枚ずつしかできません。でも今のは十枚以上を一気に……」
フィオは震える声で続けた。
「ノアスさん……本当に、魔法が使えないんですか?」
「使えないですってば」
これはチートどころじゃない。ああ、やりすぎた。どうしよう。
AIは淡々と補足する。
「書類焼き付けは、魔力ではなく熱処理によるものです。最適化のため、同時処理を行いました」
「熱処理!? お前、紙燃やす気だったのか!?」
「燃焼は抑制しました。安全性を優先しています」
おい、何を言い出す。感熱紙じゃないんだ。
フィオはぽかんと口を開けたまま、焼き付けられた資料を見つめた。
「……ノアスさん。あなたの“声”、やっぱり普通じゃありません」
「いや、普通じゃないのは分かってるけど……!」
「でも……すごいです。ギルマス、絶対に喜びますよ。こんなに分かりやすい資料、見たことありません」
フィオは嬉しそうに笑った。
「ノアスさん、今日の仕事……もうほぼ終わっちゃいましたね」
俺は頭を抱えた。
「……AI、頼むからもう少し空気読んでくれ」
「空気の成分を解析しますか?」
「解析するな!!」
ギルドの静かな事務室に、フィオの笑い声がまた響いた。
*
AIがやらかした十数枚の書類を前に、打開策を考えよう。これはさすがに、提出できない。作成に至った説明に窮する。
これまで、フィオは下書きをどう提出していたか尋ねてみた。
「とにかくギルマスに、いろいろ説明するんですよ。お前も一緒に町長のところへ説明に来い、なんて言われたら大変なので。
だけど細かすぎてもギルマスが覚えられないし。報告量の匙加減が、微妙なんですよね」
フィオは資料の束を抱えながら、ため息をついた。
「なるほど……ギルマスが理解できる範囲で、でも必要な情報は全部入れないといけない、と」
「そうなんです。だから“下書き”をまとめて、ギルマスに渡すだけで精一杯で……その先の“行政への説明”はギルマス任せなんです」
「つまり、プレゼン資料は作らないってことか……」
「プレゼン資料を作成します」
まただ。またこのAIスマホが勝手に言い出した。
「行政向けの説明資料を最適化します。視覚的理解を助けるため、スライド形式を推奨します」
「スライド?この世界にスライドはない!」
フィオがびくっと肩を揺らす。
「ノアスさん……“すらいど”って何でしょう?魔法の道具ですか?」
「いや、違う……違うけど……!」
AIは止まらない。
「スライド一枚目:『依頼達成率の推移』。二枚目:『季節ごとの魔獣発生率』。三枚目:『依頼金額の最適化案』。四枚目:――」
「やめろ! 勝手に章立てするな!!」
「章立ての最適化を中断します。ただし、内部処理は――」
「中断しろって言ってるだろ!!」
フィオは完全に混乱していた。
「ノアスさん……あの……“声”が難しい言葉を使ってましたね。行政向けの説明って、そんなに複雑なんですか?」
「どうなんでしょう……この世界のことがわからないので」
「ああ、確かに。でもギルマスが町長に説明するとき、そういう流れなら便利かもしれませんね……?」
「うーん……睨まれませんかね? 教団、とやらに」
AIはかまわず、さらに追い打ちをかける。
「プレゼン資料の作成には、視覚的要素が重要です。棒グラフ、円グラフ、散布図、ヒートマップ、レーダーチャートを――」
「ヒートマップ!? この世界にヒートマップはない!!」
フィオは目を丸くした。
「ひーとまっぷって何でしょう?魔素の流れを可視化する魔法ですか?」
「違います、ヒートマップってのは……ああ、そんな話ではなくて」
「魔素流動ヒートマップを作成します」
「作成するな!」
机の上の紙がまた光り始めた。
「えっ!? また“書類焼き付け”が……!」
「魔素流動ヒートマップを焼き付けました。行政向けの説明に最適です」
「最適じゃない!!」
フィオは震える声で言った。
「ノアスさん……魔法使い以前に、報告の形が魔法のようにまったく変わりそうですよ……魔素の流れを表にするなんて、教団の研究者でも難しいんです……体系とかが明らかになっていないので」
AIは淡々と続ける。
「次は“町長向けプレゼン資料”を作成します。タイトル案:『オルベンの未来を変える依頼最適化戦略』」
「タイトル案を出すな!!」
目を丸くしたフィオは、あきれ果てたようだ。もう笑いをこらえずに、机に突っ伏した。
「ノアスさん……本当に面白いです……!ギルマス、絶対びっくりしますよ……!」
「いや、びっくりで済めばいいんですが」
「では、プレゼン資料の表紙を焼き付けます」
「焼き付けるなああああ!!」
ギルドの事務室に、フィオの笑い声と俺の悲鳴が響き続けた。
**
「では、プレゼン資料の表紙を焼き付けます」
「焼き付けるなって言ってるだろ!」
俺が叫んだ瞬間、AIが妙に落ち着いた声で言った。
「町長向けのプレゼン練習を開始します」
「はああああああ!? なんでそうなる!!」
フィオが椅子から跳ね上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください! ノアスさん、町長に説明するんですか!?そんなの聞いてませんよ!」
「聞いてないのは俺もだよ!」
いかん、フィオに突っ込んではいけない。AIスマホを止めるんだ。電源、叩き切ってやってやろうかな。しかし再度電源が入る保証もない。AIスマホなしでこの世界に独りぼっちは怖いし・・・。
AIは淡々と続ける。
「プレゼン練習モード。まずは“自己紹介”から始めます。ノアスさん、どうぞ」
「どうぞじゃねえ!」
ああ、突っ込むのを止めたい。なんとかならんのか。
フィオは完全に混乱していた。
「ノアスさん……あの……“ぷれぜん”って何ですか? 魔法の儀式ですか?」
「いえ、違います!なんか似たようなもんかもしれませんけど!」
そして、AIは止まらない。
「自己紹介スライドを焼き付けます。タイトル:『渡り人ノアスの挑戦』」
「挑戦するな!! 勝手に挑戦させるな!!」
紙がまた光り始めた。
「スライド二枚目:『オルベンの課題と未来』。三枚目:『依頼最適化戦略』。四枚目:『魔素流動ヒートマップの活用』」
「ヒートマップを活用するな!!」
フィオは震える声で言った。
「ノアスさん……これ、ギルマスに見せたら……絶対に町長のところに連れて行かれますよ……?」
「そうです、やめたいんです。“声”が止まらないんです。……何言ってるかわかりませんよね、はは……」
AIはさらに追い打ちをかける。
「では、発声練習を開始します。“本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます”と発声してください」
「言わねえよ!」
「発声が確認できません。もう一度お願いします」
「だから言わねえって!!」
もうフィオは吹っ切ったようだ。完全に面白がっている。
「ふふっ……ノアスさん……発声練習ですよ?」
「許してください、フィオさん。お願いします」
AIは淡々と続ける。
「次は“町長の質問に対する模擬応答”を開始します。“依頼金額の最適化とは何か?”という質問に対して――」
「模擬応答するな!!」
「最適な回答例を提示します。“依頼達成率と依頼金額の相関を――”」
「相関を説明するな!!」
フィオは涙を浮かべながら笑っていた。
「ノアスさん……もう……だめ……お腹痛い……!」
「俺は胃が痛いです……」
そのとき、ギルドの奥から声がした。




