2-6 単に報告書を書くだけのはずが
オルベンのギルドに戻ってみると、昼下がりの受付は少し落ち着いていた。朝の喧騒が引き、代わりに昼食後のまどろみが漂っている。
何人か残っている冒険者たちはすでに仕事が終わりか、休息日なのか。テーブルを囲んで、早くも酒を片手に仲間同士で談笑している。
静けさと喧騒が、不思議と調和する空間だった。
フィオはカイラムに連れられ、報告書用のスペースに入った。カイラムは椅子を引き、机にどかっと腰を下ろす。
「では、今日の討伐報告をまとめるぞ」
横の椅子へ座るよう手ぶりで促された。
机に置かれた様式には、討伐数、魔石の等級、遭遇場所などを書き込む欄が並んでいる。
単純な書式ではあるが、魔石の等級や遭遇場所の書き方がわからない。なんで記載例がないんだ。
「まずは討伐数だ。……本当に三羽か?」
「本当ですって……」
「まあいい。ここに数字を書け。次に魔石の等級――」
その瞬間、AIが唐突に口を開いた。
「討伐報告書の自動生成を開始します。入力内容を最適化し、文面を整形します」
「はあ!? おい、ちょっと待て!」
「最適化完了。討伐報告書を出力します」
机の上の紙が、まるで勝手に書かれたように、すらすらと文字で埋まっていく。文字通り魔法のような速度だった。
カイラムが目を見開いた。フィオも驚いて口元を押さえる。周囲の冒険者たちが会話を止め、興味深げに視線を向けてきた。
「おい、今の……魔法か?」
「いや、あんな速さ、見たことねえぞ……」
「ギルドの書式に合わせるなんて、マジかよ。白紙に焼き付けならともかく」
「魔法陣をどこかに刻んであるのか?」
ざわめきが広がり、フィオも驚いている。
「ノアスさん……これ、魔法ですか? いえ、魔法使いでもこんな速度で文書を作れませんよ……」
「いや、違います! 俺じゃないです!」
AIはさらに追い打ちをかける。
「文書生成は完了しました。魔素の流れを解析し、最適な文面構造を――」
「解析すんな!!」
驚きつつも冷静さを保つカイラムは、報告書を手に取りじっくりと読み込んだ。
「……内容は正確だ。しかも、ギルドの書式に完全に沿っている。これは……魔法使いの“文書魔法”に近い魔術だぞ」
フィオの目が震える。
「ノアスさん……“声”が魔法を使えるなんて、どうして……?」
その声音には、驚きだけでなく――“禁忌に触れたものを見る”ような、かすかな恐れが混じっていた。
AIは淡々と続ける。
「文書生成は私の機能です。ノアスさんは魔法を使用していません。誤解を解消するために、魔法使いとの比較データを提示しますか?」
「提示するな」
焦りで背中の汗が止まらん。狼狽える俺がよっぽど面白かったのか、フィオがくすっと笑ってくれた。だがすぐ真剣な表情に戻る。
「……ノアスさん。あなたの“声”は、規格外にもほどがあります。魔石の件も、文書の件も……そして“声”が単独で魔法を使うなんて、本来ありえません」
カイラムは腕を組み、俺をじっと見た。その目は、ただの疑いではない。“報告すべきか、様子を見るべきか”を量るような、曖昧で重たい視線だった。
「……今は不問にする。だがノアス、いずれはその隠していることを説明する場を設ける」
「隠してません!」
「報告書は完璧だ。提出するぞ。ついてこい」
俺の抗弁には全く耳を貸さず、カイラムは報告書を持って受付へ向かった。背中を見送りながら、俺は深くため息をついた。
――ここからが、地獄の第二ラウンドだった。
受付の若い職員が報告書を受け取り、目を細める。
「さすがカイラムさん。でも報告書ごときに文書魔法を使われなくとも」
「俺じゃない。ノアスだ」
職員の視線が俺に向く。俺は慌てて首を振った。
奥のテーブルにいたローブ姿の壮年の男が立ち上がり、報告書を覗き込みに来る。書類を受け取り、しばらく吟味したあと静かに話しかけてきた。
「あなた様は魔法使いですか?……文書に魔素の痕跡がありますが」
「はあ!? なんで紙に魔素が……」
「だが、この文書……魔素の揺らぎが“補正”されている。まるで……念で安定化させたような……」
「……念、ですか?」
フィオが息をのむ。
「そうだ。高度な文書魔法は“念”で魔素の揺らぎを整える。……この紙は魔素の揺らぎが均一化され、揺らぎが見えない。こんな正確な魔法を見るのは初めてだ」
「ええと……見逃してください」
逃げていいかな。AIスマホは何をやってくれたんだ。単なる報告書の作成だぞ。
フィオは俺のそばに近づき、小さく囁いた。
「ノアスさん、あの人は私の上司です。魔法書類に詳しい人で……あんな評価をするのは初めてです。あなたの“声”は、魔法使い以上のことをしています」
「いや、俺は何も……」
「分かっています。でも……魔石の件も、文書の件も、共通点があります」
「共通点?」
フィオは真剣な目で言った。
「魔素の流れが異なるんです。ノアスさんの“声”が絡んだときだけ」
俺は息をのんだ。
「……それって、まずいんですか?」
「危ないのは……魔石でも文書でもなく、現象そのものです。教団が知ったら……」
「消去対象、ですよね……」
「はい。でも……私は味方ですから」
フィオの微笑みは優しくて、少しだけ心が軽くなった。
だが、AIはまだ静かに呟いていた。胸元から声が漏れている。
「文書生成プロセスは正常に完了しました。次の最適化対象を検索します」
「検索するな」
「検索対象を限定しますか? “ギルド業務”または“魔素解析”が候補です」
「限定するな。候補を出すな。するなするなするな」
フィオはくすっと笑いながらも、俺の袖をそっと引いた。
「……ノアスさん。本当に気をつけてくださいね。あなたの“声”は、常識を超えています。教団が気づかないといいのですが」
「いや、俺はただの渡り人じゃなかったの……」
「どうやら、“ただの”ではなかったみたいです」
フィオは意味深に微笑んだ。書類を挟んでギルド職員同士の会話は続いている。
カイラムは腕を組み、その様子と俺を見比べていた。黙ったまま――しかし、その沈黙には、何かを含ませていた。




