2-4 魔石の異変と、始まりの違和感
フィオは森の木の下に残った魔石をそっと拾い上げた。布で軽く拭く。丁寧に。
愛おしそうに魔石を眺めるフィオの横顔が眩しい。……本当に好きなんだな、魔石が。
「二羽目の討伐、おめでとうございます。
せっかくですから魔石を触ってみてください。この魔石は……案外質が良いですね。色も濃いですし、魔素の密度も高そうです」
「そうなんですか?」
俺は恐る恐る魔石に手を伸ばす。先ほどの青色と違って、これは少し緑がかっている。角ばり具合は尖り気味。大きさはあまり変わらない。
さっきの“魔素酔い”の話が頭に残っていて、素手で触るのもおっかなびっくりだ。
「ふふ。大丈夫ですよ。少しくらい触っただけでは魔素の影響は受けません。慣れもありますが……初級魔獣の魔石にしては、かなり良いほうですよ。この袋に入れておけば、魔素酔いも防げます」
その言葉に励まされ、そっと手を伸ばし、フィオの手から摘まみ上げた。
……なんか、女性の手に触れないようにしてる純真なガキみたいだ。五十五歳児だというのに。
「ほら、遠慮なくどうぞ。慣れてないのはわかります。触ってください」
フィオは俺のぎこちない手つきを、まるで“フィオ本人に緊張している”と勘違いしているような視線で見てくる。
いや、違う。魔石の話だよな? 間違いなく魔石の話だよな?
……その生ぬるい目はやめてくれ。
「魔石との接触時間は現在三秒です。
ノアスさんの心拍数上昇は“魔素酔い”ではなく“対人緊張”と推定されます」
「馬鹿言うんじゃないよ……」
フィオがぷっと噴き出した。おい、AI。それは最悪のセリフだ。
「いやだ、私に緊張なんてしないでください。ねっ」
ぱちりと片目を閉じてみせる。いや、かわいいよ。見た目は十八歳くらいで、年下に見えてるのもわかるよ。
でも切ないから、その生ぬるい視線は許してほしい。
「いずれにせよノアスさんは魔素が皆無とお見受けします。なので魔素酔いは無縁だと思います」
フィオは魔石を包んだ布を魔石専用袋に入れ、俺に手渡した。
俺は何気なくそれを受け取り、懐にしまう。五十五年生きてきて、石ころ一つで緊張する日が来るとは思わなかった。
そのとき――。
「魔石の魔素を検知しました。吸収プロセスを開始します。最適化のため――」
「え? 吸収? 何を吸収して――」
「魔素の取り込みを開始しました。現在、魔素密度が上昇中――」
「おい、ちょっと待て!!」
だが、その時の俺は気づいていなかった。
懐にしまった魔石がAIスマホに触れた瞬間――
魔石の魔素が、静かに、しかし確実にAIスマホへ吸い込まれていたことを。
「魔素吸収、進行中。最適化プロセスを継続します」
森の風が吹き抜ける中、俺たちはそのまま動きそびれた。
その異変に、まだ誰も気づいていなかった。
フィオもキョトンとした顔で俺を見る。
「ええと、“声”で……フィオさんは何を言いたいのです?」
「それが、その……なんでしょうね。ははは……」
「魔素吸収による挙動変化は正常範囲内です。フィオさんの困惑は“説明不足”が原因と推定されます」
「なんだそれ?……まあ、いい。後回しだ。フィオさん、戻りましょうか」
これ以上AIスマホにかき回されるのも気が乗らない。話を変えることにした。
後から考えると、この時点でフィオと二人きりで話しておいたほうが良かったんだろうな。
フィオと二人で森を抜け草原へ戻ると、天幕の前で腕を組んだカイラムがこちらを馬鹿にするように見ていた。鼻で笑う。
「ずいぶん早かったな。もうあきらめたのか。もう少し粘らんとウサギ魔物は狩れんぞ」
「二羽、討伐できましたよ。ノアスさん、すごいんです。初めてなのに連続で……」
フィオが嬉しそうに報告すると、カイラムは眉をひそめた。
「なに? 二羽? 初日でか。ありえん。……なぜだ?」
答えを求めてはいないのだろう。そう言いながら、カイラムは俺をにらみつけてきた。
「で、魔石は?」
「あ、えっと……ここに……」
俺は懐に手を入れた。さっきしまったはずの魔石を取り出そうとしたのだが――。
袋に入った布を開くと、現れたのは灰色の石。先ほどの緑がかった輝きはまるでない。 布の手触りでは、他に石らしきものは感じられない。そもそも形は変わっていない。なぜだ。
「どうしました?」
フィオが覗き込む。
「いや……これ、魔石だったはずなんだけど……」
フィオは石を受け取り、光にかざした。
「……え? おかしいですね。さっきは青緑に光ってましたよね? 魔素の密度も高かったのに……」
カイラムは鼻で笑った。
「はっ。何を言ってる。これはただの石だぞ? 魔石に見えるか?」
「い、いえ……でも、確かに魔石だったんです。討伐した直後に拾って……」
「魔石が“ただの石”になるなんて聞いたことがない。魔素が抜けても色は残る。完全に石になるなんてありえん。隠すな。危険だぞ」
カイラムの目が鋭くなる。その視線は、若者にない凄みがあった。
力による圧力ではなく、背後に思想を持った重み。どんどん口調が尖ってきた。尋問のようだ。




