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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
2章

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2-3 初めての遭遇

 改めて俺は視線を森の奥に向けた。初めて森で目覚めたときとは違うな。今日は風が軽く木々を揺らし、葉の影も揺れる。


「……魔獣、来ると思います?」

「来ますよ。ウサギ魔獣は好奇心が強いので、気配が薄い人のほうに寄ってきます。ノアスさんには……かなり寄ってきやすいと思います」

「寄ってきやすい?」

「ええ。魔素が無いので、“安全な相手”だと思われるんです」


 なるほど。魔獣にとって俺は“無害な何か”らしい。複雑な気分だ。

「……魔獣接近の可能性を検知しました。距離は――」

「おい、まだ何も来てないだろ……!」

 AIはまた黙った。フィオはくすくす笑っている。


「ふふ……ノアスさん、落ち着いて。“声”は緊張をほぐそうとしてくれたのかも。大丈夫です。私が横にいますから」

 その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。森の静けさの中で、俺たちは魔獣が現れるのを待った。

 だいたい、なんでAIがウサギ魔獣の検知ができるんだ。いつからそんなに器用になったんだよ。俺は声を出さずにボヤく。


「近くに来そうです……あのあたり」

 フィオが顔を近づけて囁いてきた。距離が近い。息がかかるほど近い。……俺は五十五歳。若い女の子が近づいたからって、どうってことないよな。自分に言い聞かせる。

 だが実際の身体は若くて、すぐ熱くなってしまうのだが。


 フィオが示したあたりへ、軽くボウガンを向ける。しばらく待っていると、ウサギ魔獣が現れた。ひょこっと首を伸ばし、周りをぐるりと見まわす。耳がぴくぴく動き、草を踏む音がやけに大きく聞こえる。


「そろそろ射程距離ですよ……」

 フィオが囁く。だから近いってば。俺は身体に力を入れてボウガンを構えた。力んだらまずいのかもしれないが、フィオの香りが気になってしまう。今はウサギ魔獣だ、それが先だ。

 狙いを定め、息を整え、引き金に指をかける。

 ところがAIは黙っていない。


「現在、対象との距離は約八メートル。推奨射撃角度は――」

「黙れって……!」

「音声入力を検知しました。“黙れ”の指示を確認。音声出力を抑制します。ただし――」

「だから抑制しろって言ってるだろ……!」

 フィオが肩を震わせて笑いをこらえている。


「ふふ……ノアスさん、静かに、落ち着いて。大丈夫です。ウサギ魔獣はまだこちらに気づいていません」

「いや、気づく前にAIが気づかせそうなんだけど……」


「……音声出力を最小化しました。これ以上の発声は、緊急時を除き控えます」

「緊急時ってなんだよ……!」

「緊急時の定義は――」

「説明しなくていい!」


 フィオは声を漏らさぬよう、口元を押さえて笑い続けている。

「ノアスさん……本当に面白い方ですね。さあ、そろそろ撃ってください。大丈夫、当たります」

 俺は深呼吸し、もう一度狙いを定めた。ウサギ魔獣は草を食べている。跳ねる気配はない。今なら――。


 引き金を引いた。

 ボウガンの弦が鳴り、矢が一直線に飛ぶ。当たった瞬間、跳ねる身体。音もなく、地に倒れた。


 次の瞬間、ウサギ魔獣の体が光に包まれ、ふっと消える。まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく。残ったのは、草の上に転がる小さな青い魔石だけ。

「……やりましたね、ノアスさん!」

 フィオがぱっと顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に、胸の奥がじんわり熱くなる。


「初討伐、おめでとうございます」

「いや……まあ……なんとか」

「初討伐成功を確認しました。心拍数の上昇は正常範囲内です。達成感の可能性が――」

「黙れって言ってるだろ……!」


 フィオは草の上に落ちた魔石を拾い上げ、そっと布で拭った。

「魔獣は討伐されると、こうして消えてしまうんです。魔石だけが残る。……渡り人の“消去”と似ているでしょう?」

「……確かに」

「だから、魔石は“命の残滓”とも呼ばれています。魔獣の魔素が結晶化したものですから」

 俺が魔石を見つめていると、AIが突然、妙に張り切った声で割り込んできた。


「魔石の構造を検知しました。内部魔素密度の解析を開始します。推定構造式は――」

「はあ!? おい、やめろって……!」

「解析を中断します。ただし、魔石の内部構造には興味深い特徴が――」

「興味深くなくていいから黙れ!」


 フィオがびくっと肩を揺らし、次の瞬間、口元を押さえて笑いをこらえた。

「ふふ……ノアスさんの“声”、本当に魔石に興味津々ですね。私に似てるかも」

「いや、空気読めてないだけです……」

 もちろんAIスマホも黙らない。


「魔石の魔素流動パターンを観測中。外部魔素との相互作用を――」

「観測すんなって言ってるだろ!」

「観測の停止には管理者権限が――」

「俺が管理者だよ!」


 フィオはとうとう吹き出した。

「ふふっ……ノアスさん、面白すぎます……!」

 俺は頭を抱えたくなった。だが、フィオは魔石をそっと布に包みながら、少し真面目な声に戻った。

「……でも、今のは少し気になりますね」


「魔石の内部構造なんて、普通の人は考えもしません。もちろん誰も知りません。

 魔法使いでも、魔石の中身を直接見ることはできませんから。魔素の流れを感じることはできますけど……構造までは」

 フィオは魔石を見つめながら続けた。


「ノアスさんの“声”は、魔石の内部を解析できるんですか?」

「いや、できなくていいんだけど……」

「“解析可能性”を確認しました。魔石の構造は――」

「黙れって言ってるだろ!!」

 AIはようやく静かになった。


 フィオは魔石を包んだ布を腰の袋にしまう。

「……ノアスさん。あなたの“声”は、やっぱり普通じゃありません。魔石の内部構造を解析しようなんて……教団の研究者でも考えたりしません」

「そんな大げさな話になるのですか?」

「ええ。もし教団の目に留まったら……」


 フィオは言葉を飲み込んだ。表情がわずかに強張る。

「……絶対に、誰にも言わないでください。特に、カイラムさんには」

「え?」

「ノアスさんの“声”が魔石を解析できるなんて知られたら……教団は、あなたを“消去”対象にします」


 森の風が一瞬止まったように感じた。

「……魔石解析を継続しますか?」

「するなって言ってるだろ!!」

 フィオは震える息を吐き、俺の腕をそっと掴んだ。


「ノアスさん。絶対に……絶対に、気をつけてください」

 その手は小さくて温かいのに、言葉はひどく冷たくて重かった。

 しばらくの沈黙。ふっと息を吐いたフィオは、気を取り直したようにほほ笑んだ。


「いったん、カイラムさんのところに戻ります? 一日に討伐できるのは一羽から二羽が普通です。このままここに座っているより、いったん早めのお昼を食べて仕切りなおしませんか」

「そうですね……戻りましょうか」

 俺が立ち上がろうとした、その瞬間だった。


「魔獣接近を検知しました。距離は――」

 フィオが驚いたように目を見開く。

「えっ、続けて来るなんて……珍しいですよ。ノアスさん、構えて!」


 言われるままにボウガンを構えると、草むらから別のウサギ魔獣が飛び出してきた。さっきと同じように、ひょこひょこと首を伸ばし、こちらを伺っている。

「落ち着いて……今です!」


 フィオの声に合わせて引き金を引く。矢が飛び、ウサギ魔獣が光に包まれて消える。今度もうまく矢が命中した。二羽目もふっと消え、魔石だけが草の上に転がった。

「すごい……立て続けに二羽も討伐できるなんて……!」

 フィオが目を丸くしている。無事に当てられたことで、俺も胸をなでおろした。


「初討伐から連続成功を確認しました。ノアスさんとフィオさんの連携は、統計的に見ても――」

「統計とかいいから黙れ!」

 AIはしぶしぶ黙った……かと思いきや、すぐにまた声を出した。


「……ところでノアスさん。先ほどからフィオさんとの距離が近い傾向が――」

「なんでそんな分析してんだよ!」

「距離の近さは魔獣の警戒心に影響の可能性が――」

「影響しないから黙れ!」


 フィオは顔を赤くしながらも、肩を震わせて笑っている。

「ふふ……ノアスさんの“声”、本当に自由ですね……」

「……ノアスさんとフィオさんの距離は、一般的な“親密度”の指標として――」

 なあ、お前……なんか機能と反応が変わってきてないか?

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