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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
2章

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2-2 森へ向かう道で。

 今日もいい天気。森へ向かう道は開けた草原で、朝ながらすっかり日が昇っている。ここ数日ずっと屋内にいたから、外の空気がやけにすがすがしい。開放感もひとしおだ。

 硬く踏み固められた街道には、馬車のわだちもほとんどない。先に見える森はうっそうと深く、上のほうでは細い枝が風に揺れて、さわさわと音を立てていた。


 先頭がカイラム、フィオは俺の横を歩いている。まだ何も始まっていないのに、妙に緊張する。


「ノアス。渡り人について、まだ説明していなかったな」

 カイラムが振り返らずに言った。

「渡り人は、この世界に突然現れる。記憶が曖昧な者も多い。……そして、消える者も多い」


「消える……?」

 思わず足を止める。

「そうだ。ある日突然、跡形もなくな。教団はそれを“消去”と呼んでいる。元の世界に戻ったのか、あるいは……別の意味なのかは分からん。どうした、行くぞ」


 再び森へ向かって歩き始めた。ちょっと背筋が冷えた。まだ汗をかくほどじゃないのに、“消去”という言葉が気になる。


「カイラムさん、その言い方は……」フィオが眉をひそめた。

「脅してどうするんですか。ノアスさんが不安になるでしょう」

「事実を言ったまでですよ。渡り人は不安定な存在。だから教団は“危険性”を常に考えている。それだけのことだ」


「危険性って……俺、何もしてないぞ」

 つぶやいた声を、カイラムは逃さなかった。


「今は、だ」

 振り返ったカイラムの視線は、昨日よりもさらに鋭い。

「渡り人は時に“異質な知識”を持ち込む。異質さは、この世界の均衡を壊す危険がある。教団はそれを恐れている」


「ノアスさん、気にしなくていいです」

 フィオが俺の腕の近くまで歩み寄る。声が少しだけ尖っていた。

「渡り人の方が消える理由は、誰にも分かっていません。教団の言う“消去”は、渡り人が元の世界へ戻った、とも言われています。……だから、怖がる必要はありません」


 え、ということは俺が日本へ帰れる可能性もあるってことか。


「それに、ノアスさんは危険じゃありません。昨日一緒に仕事をして、よく分かりました。あなたは落ち着いていて、誠実で……そんな人が害をなすなんて、考えられません」

 カイラムは何か言いたげだったが、結局黙った。代わりに腰の袋から小さな石を取り出す。


「……魔石の説明をしておくか。討伐の目的でもあるしな」

「魔石?」

 俺はカイラムが摘まんだ石を覗き込む。昨日見た見本より少し大きい。ビー玉よりもわずかに大きく、淡い青色。濁りがあるのに、どこか光を宿している。


「魔獣の体内で生成される“魔素の結晶”だ。魔法使いはこれを吸収して魔力を補う。一般人はむやみに触れん。魔素酔いを起こすからな。こういう専用の袋に入れる必要がある」

「魔素酔い……」


 カイラムは頷き、石を袋に戻した。

「頭痛、吐き気、最悪は意識を失う。魔法使いだけが安全に扱える。だから魔石は価値がある。様々な道具を動かす元にもなる。箱に入れてつなぐ――例えば宿の明かり。あれも魔石の力だ」

 要するに、エネルギー電池みたいなものか。


「だが、魔獣由来の魔石は寿命が短い。半月もすればただの石だ。ところが聖地の魔石は別だ。数ヶ月から年単位で持つものもある。これを供給するのが教団の役割の一つだ。……まあ、俺たちが扱うことはまずないが」


「魔石は色や大きさで等級が分かれていますが……実際にはかなり個体差があります。昨日の見本でも、ばらつきがありましたよね?」

 フィオが補足する。


「ああ、確かに」

「だから、魔石の価値は見た目だけでは判断できません。色、透明度、魔力の密度……そういう総合的な要素で価値が決まります」

「総合的な……」


「ええ。だからこそ、一覧基準を作りたいんです。私の感覚だけでは限界がありますから」


 カイラムが歩きながら言う。

「まあ、今日の討伐で一つくらいは手に入るだろう。少し速足で行くぞ。そろそろ森に入りたい」


 歩きながら、俺は説明を頭の中で整理した。

 魔石は魔素の結晶。魔獣の体内でできる。だが、長持ちする魔石は教団が独占している。直接触るのは危険だが、生活必需品のエネルギー源……。


 魔獣の魔石は寿命が短く、聖地の魔石は長持ち。価値は単純に分類できず、色・透明度・密度などの総合評価。

 ……なるほど。昨日の見本がバラバラだったのは、そのせいか。魔獣の魔石はいわゆる天然物で規則性はあいまい。すると教団の魔石は純化された工業製品みたいなものか。


「……魔石の基礎知識を整理しました。必要であれば、要点を三行でまとめますが?」

「いや、黙ってろって……!」

 フィオがくすっと笑う。


「ふふ……ノアスさん、今日も“声”の調子が良さそうですね」

 カイラムはため息をつきながら言った。

「……そろそろ森の入り口だ。気を引き締めろよ、ノアス」

 いよいよ魔獣討伐の始まりか。ボウガンを下げた肩を軽く動かした。


***


「一人で、あのあたりの木の下で待機していろ。魔獣が出たら、そのボウガンで撃て。簡単な仕事だ」

 少し森に入ったところで、カイラムが立ち止まり森の奥を指さした。

「最初は気配を消せ。三人でいたら魔獣も警戒する。さ、フィオさん。我々は草原で待機しよう」

 あれ、説明ってそれだけ?護衛って話は?魔物の形とか注意点とかは?

 命令口調で告げたら、カイラムはそのままフィオを連れて行こうとする。二人で過ごしたい下心が丸見えだ。


 フィオは一歩だけ後ろに下がり、さりげなくカイラムとの距離を広げた。

「私は気配を消すの、慣れてます。教えますよ、ノアスさん。一緒に行きましょう」

 カイラムは露骨に不満げな鼻を鳴らしたが、三人で行く気はなさそうだ。

「何か危険があれば叫べ。私が駆けつける。まあ、このあたりに危険な魔獣はいないがな」


 言い残して、カイラムは森の外へ出て行った。離れた草原に天幕を張り、そこを拠点にするらしい。

 まったく俺と一緒にいるつもりはないようだが……護衛とは?


 フィオと俺は反対に森の奥へ向かう。木々の影が濃くなるあたりで腰を下ろした。湿った土と草の匂いが混ざり、静けさが耳に染みる。

「……あの、フィオさん。俺、本当に気配消せるんですかね」

 横に座ったフィオとの距離が近い。年甲斐もなく、どぎまぎする。

 フィオはくすっと笑った。


「大丈夫ですよ。ノアスさんから魔素を全く感じません。魔物に対しては普通の人より、ずっと気配が薄いんです。むしろ、教えることが少なくて助かります」

「え、そうなんですか?」

「はい。魔素がある人は、どうしても漏れが出てしまって……気配を隠すのが難しいんです。でもノアスさんは、もともと何も漏れてないようです」

 良いことなのか悪いことなのか……判断がつかない。


「……気配を消す方法を説明します。まず、呼吸をゆっくりにして、体の力を抜いて……」

「呼吸の調整を検知しました。必要であれば、最適な呼吸リズムを――」

「黙ってろって……!」

 AIスマホはすぐに静かになった。フィオは口元を押さえて笑いをこらえている。


「ふふ……ノアスさんの“声”、本当に空気が読めませんね。でも、嫌いじゃないですよ。なんだか、ノアスさんの素直さがそのまま出ているみたいで」

 そんなことを言われたら、余計に落ち着かなくなる。……心臓の鼓動が、さっきより速い。

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