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AIスマホは禁忌でした ~なのにチート扱いで受付嬢がやたら優しい~  作者: 本郷カケル
第一章

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1-10 情報整理は、腕の見せ所

 午後の作業は、結局フィオと二人きりになった。カイラムは食事を終えると、そそくさと食堂から出て行った。ありがたいけど……気になるな。


「……ノアスさん?」


「え、あ、すみません。ちょっと考えごとを」


 カイラムの強い視線が頭から離れない。何を怪しんでいたのか。“渡り人”が怪しいところだらけなのはわかる。フィオに粉をかけたくて、俺が邪魔だったというのもあるだろう。

 だが、それ以上に――あの鋭い目には、別の意図を感じた。考えすぎだろうか。


「そうでしたか。大丈夫ですよ。午後は二人だけですし、そんなに気を張らなくても」


 俺の思いを知ってか知らずか、フィオは柔らかい声で気をほぐしてくれる。

 そうだな。今は仕事に集中しよう。


「では、続きを始めましょうか。

 魔石の一覧表……ノアスさんの案、楽しみにしています」


 ***


 フィオは茫然としていた。ぽかんと口を開けたまま、立ち尽くして俺を見ている。……やりすぎたね。いや、俺じゃない。AIスマホが、だ。


 手始めに分類を始めようとしたら、AIスマホがいきなり無双を始めやがった。


「AI、一覧表の形式はどうする?」


「提案。用途別・危険度別・地域別の三軸で整理すると、検索効率が一七〇%向上します。さらに、色分けを併用すると視認性が二四〇%向上します。ただし色分けの情報は散布率が高く、標準化は保留を推奨します」


 がたん、と音がした。フィオが勢いよく立ち上がり、椅子が倒れた。しかし本人はまったく気にしていない。


「分類完了した一覧表・統計表・異常値リスト・改善提案の四点を生成済みです。要点を読み上げますか?」


「その前に、元データの矛盾点を言ってくれ」


「一例を指摘。報告書No.47とNo.112の記述に矛盾があります。危険度評価が『低』と『中』で一致していません。類似の矛盾が二七か所あります」


「評価矛盾は一段下の区分に集約。それでも標準偏差に収まらないデータはあるか?」


「ワイブル分布に不規則値は見られず」


「ではこのデータの最適化の区分を――」


「ノアスさん!」


 フィオが突然、大きな声を上げた。しまった、置いてきぼりにしすぎたか。


「……すごいです! 何を言われているのか、まったくわかっていないのですが……それでも、整理が進んでいるのはわかります。もう、あんなにたくさんのデータを頭の中で整えているんですか?」


 俺じゃなくてAIが、だけどね。こういうとき“声”の設定は逆効果だ。全部俺の手柄になってしまう。


「補足。現在の発言者は“ノアス”であり、実行者は“AIスマホ”です。

 誤認による評価の偏りが発生しています」


「AIスマホ、って……“声”のことですよね」


 フィオがつぶやいた。何かぶつぶつ言っているようだが、それ以上は聞き取れない。


「はい、わかりました。ノアスさん。“声”と合わせて、引き続き整理をお願いします。ええと、紙と書くものが必要ですよね」


 椅子を倒したまま、フィオは棚に向かっていった。明るい声は嬉しいのだが……どう解釈したんだろう。


 ***


「なるほど、オルベンの町が極端に魔物や魔石の区分が低い傾向がある、と。そしてラズナとトレッサに危険度の高い魔物の発生傾向がある、と」


 一人合点しながら、フィオはAIスマホの概要分析を聞きつつ、ものすごいスピードで夢中になってメモを書き続けていた。俺に書き物を渡すそぶりは、もはや全くない。


「ラズナ及びトレッサの、オルベンとの距離情報がありません。よってデータとの相関関係の分析はできません」


「ラズナとトレッサは、どちらも森を挟んでオルベンの反対側に位置します。ちょうど向かいがラズナ、それより馬車で半日ほど太陽の沈む方向に向かったところにトレッサがあります。


 そう、やっぱり……オルベンの魔物分布は異常なのね。

 AIさん、ミルダンとオルベンの違いはいかがですか。ミルダンは森を背負った方向に、オルベンから馬車で一日くらいの距離です。たぶん、魔物の発生数が少ないのでは?」


「ミルダンはオルベンと同等の魔物分布に加え、ウサギ魔物と呼ばれる以外にシカ魔物と呼ばれる魔物の発見報告が七件あります。報告母数は二一件です」


「ええ?! では、私の推測は違うのかしら……」


 もはやフィオも“声”呼ばわりをやめている。夢中になって質問を重ね、とうとうAIスマホは俺を挟まずに回答を始めた。


 ……ここ、俺が無双するシーンじゃなかったっけ? 寝てていいかな、俺……。


***


「……すみません。お見苦しいところお見せしました。大変興奮してしまって。“声”のご判断は、とても勉強になりました」


 ひとしきりワアワアとやりあったフィオは、一段落ついたところでようやく冷静になったようだ。良かった……のかな?


 軽く額の汗をぬぐった後、改めて横に置いた箱を俺の方へ滑らせてきた。底に布張りした箱は区切られて、五つの魔石が並んでいる。


「これが魔石の見本一覧です。どれも欠片ばかりですので、大きさや形よりも、色や輝きの参考にしています。

 さきほどノアスさんに色分けの区分があいまいと言われましたが、仰る通りです。はっきり決まった区別は難しくて……どうしても感覚的なものが入ってしまいます」


 魔石を手に取って眺める。赤と紫、緑がかったものもある。輝きは鈍いものから明るいものまでさまざま。確かに、これをどう区別したらいいのやら。


「……最終的には、感覚なんです。もちろん、色や大きさ、透明度、魔力の密度……そういった要素は参考にしますが、最終的には“総合的な印象”で判断しています」


「印象……?」


「はい。魔石って、魔獣の種類や倒された状況、魔力の流れ方で、

 同じ等級でも全然違う色や輝きになるんです。もちろん、大きさも個体差があります。

 なので厳密な基準を作ろうとすると……逆に混乱してしまうんですよ」


 フィオは少し悔しそうに眉を寄せた。よほど魔石に思い入れがあるらしい。


「だからこそ、ノアスさんのような方に手伝ってほしいんです。

 “魔法の世界の外側”から見た整理の仕方……私には思いつかないので」


 その言い方には、ただの業務依頼以上の“信頼”がにじんでいた。


「……明日も、私と一緒に作業していただけますか?」


 さっきよりも少し柔らかい声。書類を胸の前で抱え、上目遣いでこちらを見る。……おいおい、その視線は五十五歳にも効く。


「もちろん。俺でよければ、いくらでも」


「よかった……。ノアスさんと一緒だと、仕事がとても進むんです。それに……」


 フィオは言いかけて、視線をそらした。

 耳の先が、ほんのり赤い。


「……いえ、なんでもありません。明日も、よろしくお願いしますね」


 “なんでもありません”が、どう考えても“なんでもある”やつだ。

 胸の奥が、少しだけ熱くなる。


「明日の作業予定を推定します。“フィオさんと一緒に仕事をする”という発言は、優先度の高いタスクとして登録しますか?」


「登録しなくていいっての!」


 AIの声が部屋に響く。フィオは吹き出しそうになった口元を、素早く押さえた。


「……ふふっ。ノアスさん、その“声”は……なんだか、あなたの本心のように感じます」


「いや、そんなことは……」


「ありますよ。だって、さっき……少しだけ、動揺していました」


 フィオは顔を上げ、まっすぐこちらを見る。

 その目は、昨日よりも近くて、探るようで、でも優しい。


「……ノアスさん。

 もし、元の世界に大切な人がいなかったとしても……

 この世界で、誰かを大切にしてはいけない理由はありませんよ」


 その言葉は、あまりにも自然で、あまりにも真っ直ぐで、胸の奥に静かに落ちていった。

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