1-9 二日目も、二人っきりにはなれない。
「お似合いですよ」
翌朝、開口一番にフィオが微笑みかけてくれた。優しいなあ。
宿に備え付けの服へ着替えた俺の姿を見ての言葉だった。昨日のスーツ姿は、いかにも浮いていたしな。
どうやらこの服は“渡り人”支援の一環で、ギルドからの貸与らしい。もっとも、この服を狙って渡り人のふりをする物好きはいないだろう。木綿かな?きちんと洗濯されて清潔だが、少し肌触りが固い。
「ふふ……では、続きをお願いします。今日のうちに、机の上くらいは全部終わってしまいそうな勢いですね」
作業は昨日と同じ。俺がスマホAIに要点と思しき点を読み上げ、音声入力していく。それを後でAIにまとめてもらう段取りだ。
「しかしこの書類、オルベン以外の報告書類もありますよね。なぜでしょう?」
ひとしきり作業をしたあと、不思議に思った。比較用だろうか。地理がわからず判断しかねる。
「ああ、それはこの街が整理を請け負っているからです。他の地域で手が回らない分、比較的に手がすいているオルベンでまとめることになっていまして。
と言いつつ、主に私と怪我した担当者の処理のため、遅れ気味で……」
続けて、悪戯っぽく笑うフィオ。
「ですから、とても助かってます、ノアスさん。まるで助けていただくために渡ってくださったみたいで……って、この言い方は失礼ですね」
ずいぶんと距離を詰めるのが早いな。昨日今日で、冗談まで言ってくれるとは。
「本日の作業効率は昨日比で一七%向上しています。
なお、“助けるために渡ってきた”という表現は、事実関係として未確認です」
「いや、フィオさん。お手伝いできるのは嬉しいですよ。さあ、再開しましょう」
AIスマホの空気読まない後半のセリフを慌ててさえぎった。まったく、もう。
机に積まれた書類整理の口頭入力が終わる頃、フィオは机の周りを見回した。
「あと数枚で、いったん目先のぶんは一通り読み上げていただきました。これをどうノアスさんが整理されるか、よくわかっていませんが……。
後はお昼を食べた後に、一覧表作成に移る手はずでよろしいでしょうか?」
「はい、任せてください。びっくりさせてみせますよ」
俺はにやりと微笑んで見せた。五十五歳サラリーマンの事務処理能力をお見せしよう。……って、AIにまとめてもらうだけだが。表計算アプリが立ち上がれば、俺自身で格好つけることもできたのに。残念。
「昼食ですね。よろしければ、おごりますよ」
「……お昼ごはんを、おごる……ですか?」
「ええ。昨日いただいたお金、まだ余裕ありますし。
こういう時ぐらい、働き手が上司に恩返ししないと」
「上司……ふふ。まだ正式に配属もしていないのに、そう言われると照れますね」
フィオは口元に手を添えて笑った。その笑顔は、さっきよりもさらに柔らかい。
「では、ありがたく甘えます。
ノアスさんと食事をするのは……悪くありませんし」
俺は思わず姿勢を正した。
「え、あ、そうですか?それは……嬉しいですね」
「……現在、あなたの心拍数が上昇しています。原因の推定を行いましょうか?」
「やかましい」
最後の数枚、仕切り直そうとしたそのとき――ドアが勢いよく開いた。ノックは一応あったが、ほとんど形だけ。
入ってきたのは、金髪で二十代前半ほどの若い男。鍛えられた肩まわりと胸板、無駄のない体つき。粗暴さは皆無。鋭い目つきで観察するような知性を感じた。
「フィオさん、食事でもご一緒にいかがです?……おや、その男は?」
軽い調子で言いながらも、視線はまっすぐ俺に向けたまま。
「カイラムさん、この方はノアスさんです。渡り人のかたで……」
フィオが簡潔に説明する。男――カイラムはわずかに眉を動かした。
“渡り人”という単語に、反射的に反応したのがわかる。
そのまま、俺を上から下までゆっくりと値踏みするように視線を走らせた。
敵意ではない。だが、好意でもない。
“確認”だ。立場と危険性と、何よりフィオとの距離を。
「……なるほど。これが、渡り人」
低くつぶやく声に、妙な圧があった。
「ノアスと言います。よろしく」
無難に俺は挨拶してみる。誰だろう、この人は。
「注意。新規人物の視線強度が通常値を上回っています。警戒の必要性を再評価しますか?」
なんだ、視線強度って。ポケットに入れたままだろ。何をもとに言ってるんだ?ほら、この男の視線がさらにきつくなる。ややこしくなる前に、ごまかせるかな。
「失礼、唐突に変なことを。まだ頭が混乱していて、考えまとめるために色々と口走ることがあるんですよ。どうか、お気になさらず」
「ノアスさんは昨日に渡られてこられたばかりですものね。まだ落ち着かないのはよくわかります」
すかさずフィオも助け船。ありがたい。カイラムの視線はきついまま。当然だな。しかたない、ごまかそう。二人きりのご飯は別の機会だ。
「ということで、もうお昼ですね。三人で一緒にいかがでしょう?」
強引に話を変えた。言った後に気づく。しまった、俺が抜ければよかったのか。フィオがカイラムと二人きりで食事に行くのも、釈然とはしないが。
「提案。三名での行動は監視範囲の拡大につながります。安全性の観点からは有利です」 ……空気読んでるのかな、わかってないのかな。どっちだ、おい。
目の端で、フィオが困ったように微笑むのが見えた。ごめんね、気が利かなくて。
結局、昼食は三人で取ることになった。場の空気は、あまり良くない。フィオは元気がない。少なくともフィオとカイラムが良い仲ってわけでもないらしい。
AIが妙なことを言いだす前に、まずカイラムへかいつまんで昨日からの出来事を、俺から話した。
「なるほど。では“渡り人”だけで、まだどんな状況かは、わからない、と。ちなみにノアスさん、魔獣討伐の経験はおありで?」
「もちろんありません。詳しく覚えてはいませんが、前の世界で武器を振り回したことがなくて……おすすめの武器があれば、考えたいですね」
調子よく話しを併せてみる。日本には魔物なんていない。なんで唐突に討伐なんて物騒な話を振ってくるのやら。
「補足。筋力・反応速度・持久力の推定値から判断すると、近接武器の運用は非推奨です。遠距離型、もしくは逃走特化の戦術を検討してください」
「口を出さないでよ、もう」
「ボウガンなら、お貸しできますよ」
すかさずフィオが助け舟を出すと、カイラムの眉がぴくりと動いた。
「……フィオさん。ボウガンを貸し出すのは、通常は“初級訓練”を終えた後では?」
「ええ、そうなのですが……ノアスさんは街中の仕事を希望されていますし、いざという時の護身用として、軽いものなら問題ありません」
幸いにしてカイラムはAIの発言をほじらないでくれた。なにか考えてるそぶりだが。会話は俺を抜いて進んでいく。初級訓練ってなんだ?聞けないよなあ、今は。
そしてフィオはなぜか、ずっと俺をかばってくれる。カイラムと一緒に俺を追求しないでくれるのは、とてもありがたいが。
カイラムはその様子を見て、スプーンを置いた。
「……フィオさん。あなたがそこまでその方を評価されるのは、珍しいですね」
「え? そうですか?」
「ええ。あなたは普段、冒険者にも新人にも、“慎重に様子を見る”タイプでしょう」
フィオは少しだけ頬を赤らめ、視線をそらした。その横顔を見て、俺の胸がちょっとだけ熱くなる。さて、どうしよう。
「観測。監督者フィオの声量・表情変化・視線回避の頻度が通常値を上回っています。
評価対象への好意的傾向が推測されます」
やめろおおお……!それは最悪のセリフだ。俺は心の中で絶叫した。フィオもすぐ否定しない。ちょっとうろたえた素振り。でも、なぜだろ?否定すれば話は早いのに。
わずかな沈黙。カイラムやAIスマホが発言する前に、ごまかそう。
「おっと、冗談が過ぎました! ちなみに、午後の仕事はいつ始められます? フィオさん」
「……はい? そ、そうですね。ではそろそろ始めましょうか」
カイラムは黙って鋭い視線で、俺を見つめていた。何も言わないのが、とても怖い。




