破滅エンドしかない陰陽師を好きになりました
6/16.一部文章を読みやすく訂正しました。
「お昼の営業、始まっちゃう!」
砂利道を走ると、買ったばかりの野菜が袋の中から飛び出してしまいそうだ。
私の名前は柊。
この城下町で夫婦が営む食事処で働いている。
買い出しに思いのほか時間がかかってしまって、今こうして、お店まで全力疾走中だ。
私が暮らしているこの町は、どこか江戸の城下町に似ている。着物姿の人々が行き交い、朝と夕方の二度鐘の音が響く。けれど、よく見るとあちこちに違和感がある。
南国フルーツが屋台で売られていたり、町の人の着物がまるで舞台衣装みたいに派手だったり。私が昔、教科書で見た“江戸”とは、かなり違っている。
ーーまあ、当然だ。
なにせ、ここは“乙女ゲームの世界”なのだから。
そう、私はある日突然この世界に転移してきた現代日本人である。
転移して彷徨っているところを、食事処を営む夫婦が助けてくれて、そのままお世話になっている。最初はこの訳のわからない世界に混乱した。鬼が存在するし、魔法を使う陰陽師がいるし、ファンタジーすぎてついていけなかった。
でも、食事処の夫婦の娘、鈴に色々教えてもらったおかげで不自由なく生活できている。
彼女の前世は日本人。
両親がある日突然、明らかに現代日本人の格好をした柊を連れて帰った時はビックリしたらしい。
鈴は前世でこの乙女ゲームを散々やり込んだらしく、仕事の休憩時間に繰り返し聞かされているうちに、すっかり自分も詳しくなってしまった。
ちなみに攻略対象は将軍、それに仕える武士、陰陽師、そして鬼らしいが、鈴は断然将軍推しだそうだ。
肝心のヒロインが現れるのはまだ先のようで、遠くの町からこの都にやって来る、薬師兼巫女なんだとか…。
♢♢♢
「柊ちゃーん、こっちの注文お願い」
「おーい水くれ〜」
「勘定置いとくぜ!」
次から次へと対応しているうちにあっという間にピークが過ぎてもうすぐ昼の営業が終わる。
「ふぅ、もうすぐ休憩ね」
「ひーいーらーぎ!休憩の時また話聞いて!」
「鈴、また将軍様ルートの話?」
「そう!」
「まったく。まあいいわよ。」
その時、1人の客が扉をガラガラと開けて入ってきた。
「柊、ごめんギリギリだけど…いけるかな?」
その声に思わず、胸の辺りがふわりと浮いた気がした。
「晴喜さん!」
彼は城で将軍に仕える陰陽師の一人。襟足にかけて長い黒髪を一つに束ね、すっと通った鼻筋に黒曜石のような瞳を持つ、非常に魔力の強い方だ。式神も、火や水その他たくさん使役している。
そして彼はこの店の常連で、何度も通ってくれるうちに自然と色々話すようになった。私がこの世界に突如現れたと知っても、変わらず良くしてくれる優しい人…。
厨房の奥からご主人が大声で言った。
「まだ大丈夫さ!座りな!柊、注文とってな!」
私も大きな声で返事する。
「はーい!」
「ありがとう。」
「いえいえ!どうぞ好きな席へお掛けください。」
私が笑うと、彼も少しだけ口元を緩めた。
視界の端で鈴がニヤニヤしている気がしたが、あえて気付かない振りをした。
私と晴喜さんがお似合いだとかなんとか言ってくるのだ。でも少しそれが嬉しくもある。
ご飯を食べ終えた晴喜さんを見送るため、私は出口までついて行った。扉の前で彼がふいに立ち止まり、くるりとこちらを振り返る。
綺麗な瞳に見つめられて一瞬ドキッとしてしまった。
「柊、今度の休みに……一緒に出かけない?」
「えっ……」
「あ、でも。そんな遠くじゃなくて。この都を少し散歩するくらいだけど……。結界の外は危ないから」
ーーこれってデートのお誘い!?
舞い上がる心を何とか抑えていつもの営業スマイルを浮かべて返事をした。
「……はい。ぜひ」
晴喜さんの後ろ姿を見送って店内に戻ると、鈴がすぐに寄ってきた。
「ちょっとおぉ、デートのお誘いなんて凄い進展!」
「そっそんなんじゃないでしょ、きっと何か、用事か何かよ」
きゃっきゃと盛り上がる私たちだが、浮かれてばかりいられない。なぜなら…
「ねえ、私は2人のこと応援してる。でも、晴喜さんのルートは…」
「分かってる。最初の頃に教えてくれたもんね、覚えてるよ。」
晴喜ルートはヒロインと出会った時にはすでにその身に鬼の呪いを受けており、バッドエンドはもちろんハッピーエンドでも、ヒロインと両思いになった後、亡くなってしまうのだ。
「今の彼は呪いをまだ受けていない。きっと何か…方法はある…よね…」
「ヒロインがもつ浄化や退魔の力があれば良いんだけどね。ゲームではヒロインと出会う頃には手遅れで、浄化が効かないくらい身体に呪いが広がってるから…。」
ヒロインが登場するのを待っていては遅すぎる。じゃあヒロインを探そう!と思った事もあったけど、彼女が何処にいるのか、さすがの鈴も分からないらしい。今出来る最善は、呪いを受けないように気を付けるぐらい…。でも巫女でも陰陽師でもない私が四六時中、晴喜の側で見張る事など無理な話だ。
この世界に転移してきて最初は不安だらけだった。前の世界である現代日本に未練がある訳でも大事な人を残したわけでもないが、身ひとつで大海原に放り出された気分で心細かった。
そんな私にこの世界の人達は甘すぎるくらい優しかった。町の人も、食事処のご主人夫婦も、鈴も、そして晴喜も…
晴喜さんと最初に出会った時のことを思い出すーー
「あれ…新人さん?」
「はい。柊と言います。」
「柊、いい響きだね。」
それだけの短いやりとりだったのに、何故か印象に残っている。彼の声は、不思議なほどすんなりと胸の奥に届いて、静かに染み込んでいった。
彼のことを好きになるのに、時間はそうかからなかった。
♢♢♢
今日は晴喜と約束していたお出掛けの日だ。
都はとても広く、すっぽりと巨大な結界に収まっている。その結界の維持も陰陽師の仕事だ。
約束の場所にはすでに晴喜がいた。
「ごめんなさい晴喜さんっ、待ちましたか?」
「いや全然、僕が勝手に早く来ただけだから。…楽しみで。」
そう言って少し照れた晴喜が可愛くてキュンキュンが止まらない。
「色んな屋台が集まる広場に行こう。普段あまりそこまで行かないでしょ?」
「はい、買い出しのお店がある辺りまでしか普段は行かないです。」
「じゃあきっと楽しいよ。行こっか。」
そう言って晴喜は自然な感じで左手を柊の方へ出してきた。
ーーこっ…これは…
柊は手を繋ぐという経験が乏しく、差し出された手を握っていいのか脳内で迷いに迷ったが、最後は気合いで自分の右手を晴喜の左手に乗せた。
その手を晴喜はしっかりと握った。
心臓がバクバク煩い。手を繋いでいるので、歩いている時の2人の距離も自然と近くなる。
ーーやばい、心臓もつかな今日…
そう思いながらチラッと横に並んで歩く晴喜を見上げると、彼も柊を見つめ返して微笑んだ。
その微笑みを見た時ふいに、鈴に教えてもらった晴喜ルートの事を思い出す。
ーー晴喜って最高に優秀な陰陽師だし、見た目も中身もイケメンなの!でも鬼を倒してヒロインと結ばれて、これからって時にもう身体がボロボロでさ。最期にヒロインに向かって微笑むスチルがあるんだけど、もう切なくってーーーー
この笑顔が、こんなに優しい人が、居なくなってしまうなんて耐えられない。柊は胸の奥がぎゅうっと締め付けられるのを感じた。
「柊?」
晴喜が心配そうに柊を覗き込んだ。
「あ、何でもないです!行きましょう!」
2人は広場の方へと歩いて行った。
広場には沢山の屋台が出ていて、様々な食べ物や雑貨が売られていた。
2人で色んな屋台を見て回って、食べて、笑って。
少し疲れたところで広場から離れ、静かな通りのベンチに腰掛けた。
すると晴喜が小さな箱を渡してきた。
「えっ⁈ これは…」
「あげる。さっき柊が団子に夢中になってる時に買ったんだ。」
プレゼントは嬉しいけれど団子に夢中の時、というのがちょっと恥ずかしい…
箱を開けると、中には上品な細工の簪が入っていた。
「うわあ、ありがとうございます!すごく綺麗!」
「ちょっとごめんね」
そう言って晴喜の指が柊の髪に触れる。
簪を髪に挿して、ふっと微笑んだ。
「お守りの効果もあるよ。僕の力を込めたからね。」
陰陽師のお守りなんて最強じゃないか、ううん、それよりも待って、なに今の!
心臓が暴れて変な声が出そうだったが、何とか平静を装って、柊も準備していたプレゼントを晴喜に渡した。
「実は私も…さっき晴喜さんがマンゴーに夢中になってる時に買ったんです。」
取り出したのは匂い袋だった。柊はそれを両手でギュッと包み込んで願った。
ーー晴喜さんを守ってください。
そして匂い袋を晴喜へ手渡す。
「ありがとう。嬉しい、凄く嬉しい。大事に持っとくよ。」
そうして2人の間に甘い空気が流れる。
目が合って、見つめ合うーー。
ドゴンッ!!
都の結界の外、そう遠くない山から爆発音がした。
「なっ何⁈」
町の人々はパニックになりながら山の方角から遠ざかろうと逃げて行く。
晴喜は何かを感じ取ったらしく、ベンチから立ち上がって柊に告げた。
「柊、落ち着いて聞いて。おそらく鬼の仕業だ。僕はこれから一旦城に戻って他の陰陽師達と合流する。将軍に報告した後、現場に行ってくるよ。大丈夫、結界があるから鬼は入れないよ。お店まで送ってくから捕まって。」
そう言って晴喜は柊の腰に手を回して自分の方へ抱き寄せた。そして風の式神を召喚して空を飛び、あっという間にお店まで辿り着いた。
「じゃあ僕は行くから。今日はありがとう、また。」
「ありがとうございました!気をつけて下さいね!」
晴喜は柊を地面に下ろすと、また風を纏って城へ飛んで行った。
身体に残る晴喜の体温がなくなるに連れて、柊は不安になっていった。
食事処の店内に入ると、夫妻と鈴が心配そうに駆け寄ってきた。
「柊ちゃん、大丈夫だったかい?凄い音だったよ!」
「今日はもう営業しねぇから休みな。なぁに結界があるんだ、大丈夫さ。」
「ありがとうございます。」
ーーそう、結界があるから…でも何かしら。胸が嫌な感じにざわついてる…
不安そうな表情の私に、鈴は敢えて明るい口調で声をかけてくれた。
「もう、せっかくのデートだったのにね!でもきっと、陰陽師の人達が解決してくれるわ!信じましょう!」
「…うん…」
柊は力なく笑顔を返した。
♢♢♢
陰陽師と武士の部隊が山の方へ向かったのはまだ夕方前だった。けれど今や辺りはすっかり暗く、町は静まり返っている。
まだ部隊は帰ってこない。
柊は心配で堪らなかった。
簪にそっと触れてみる。冷んやりした金具の感触に、昼間の温かい記憶がよみがえる。
繋いだ手。
隣を歩く、何気ない時間。
優しい笑顔。
目の奥が熱くなって、涙が頬を伝う。
「晴喜さん…」
ゲームではヒロインと出会うまで少なくとも死なないので無事に帰ってくるのは分かっている。でももし今晩がきっかけで呪いを受けたら?そもそもゲーム通りになるのか?だって柊という存在はゲームには出てこないはずで、勝手に攻略対象の陰陽師と仲良くなって何かシナリオが変わってしまったら…
次々と不安要素が出てきて、柊は辛くなった。
その時、触れていた簪が急に熱を持って思わず手を離した。
「熱っ!」
ーーこれは晴喜さんの力が宿ったもの。まさか何かあったんじゃ…!
もう柊は待っていられなかった。
柊は自室の扉を勢いよく開けて階段を駆け下り、そのまま店の戸を押し開けて外へ飛び出す。
頭上から声が飛んできた。
「柊!!どこ行くの!?」
見上げると、2階の窓から鈴が身を乗り出していた。
「ごめん!私、行ってくる!!晴喜さんを…守りたいの!!」
そう言葉を残して、柊は山の方へ走り出した。
無我夢中で走り続け、気づけば都の結界を越えて、外に出ていた。
さらにしばらく進むと、前方にぼんやりと光が見えた。近づくにつれ、それが灯りではなく――炎の明るさだと気づいた。
胸が苦しくて、呼吸はもう限界だった。喉の奥に血の味がにじむ。
それでも間に合ってほしくて
晴喜さんが無事でいて欲しくて
必死に走った
そして漸く陰陽師と武士たちの部隊に追いついた。みんな山の麓の方を睨み戦闘体制で構えているが、突然走り込んできた柊に気付いた数人が、慌てて大声で叫ぶ。
「君!何してる!」
「何故ここに一般人が!?」
「危ない!下がってなさい!!」
そんな声すら聞かず、柊は一段と炎が激しく上がっている麓の方へ向かって急いだ。そしてやっと、視界の先に、愛しい人の後ろ姿を見つけた。
「晴喜さんっ!!!!」
しかしそこでついに柊は武士によって制止をかけられた。
「危ないだろう!陰陽師の最高位である晴喜さまに任せるのだ!」
「晴喜さん!!」
柊の声はきっと聞こえているはずなのに、晴喜は炎を纏った鬼の方へ一人向かって行く。
「待って!行かないで!」
その言葉に一瞬、晴喜の歩みが止まったように見えたが、結局彼は鬼に向かい合い、戦い始めた。
両者は互角の戦いに見えた。鬼が相当強いようだ。
万が一に備えて、鬼と晴喜を中心として半円状に二重三重に陰陽師と武士が配置されている。都には何としても鬼を入れてはならないという気概を感じる。
そしてその瞬間は容赦なく訪れた。
鬼が一瞬の隙をついて、苦し紛れに腕を振りかぶって黒煙のような塊を投げつける。
それは後方に待機していた私達の方に真っ直ぐ飛んできた。
晴喜が反射的に後ろを振り返ったーー
その隙をついて、晴喜の背後に鬼が迫る。
ーーだめっ…!!
晴喜も私達も絶体絶命だ。
私は固く目を瞑って死を覚悟したーー
しかし何の衝撃も来ず、恐る恐る目を開けると、目の前に光の結界が張られているではないか。私の髪に挿ささる簪が、強い光を放っている。
そして慌てて前方を確認すると、同じように晴喜の身体が光の結界で守られていた。よく見ると晴喜の陰陽師服の胸辺りから強い光が出ている。
鬼は鼻を押さえながら、耐えられないといった表情で霧散して消えていった。
何が何だか頭が追いつかないまま、柊はその場に倒れ込んで意識を手放した。
♢♢♢
あれから一週間が経った。柊はあの後、翌日の昼まで眠ってしまった。更に普段あんなに走ることがなかったので、全身筋肉痛で暫く動けずお店の手伝いを休んでいた。
今日は久しぶりに働いて、身体の調子も良い。
夜の営業が終わり、お店の暖簾を下げようとした時、晴喜がやって来た。
「柊!もう今日から復帰してるのか、身体は大丈夫?」
「晴喜さん!はい、もうそろそろ動かないと身体が鈍っちゃいますから。晴喜さんこそ、お身体は…その…何も問題ありませんか?」
「僕?僕はおかげさまで元気だよ。でも…」
そう言って晴喜は小さな紙の包みを取り出し開ける。そこにはあの日プレゼントした匂い袋があった。中身は全部出てしまって袋だけになっている。
「ごめんね、せっかく貰ったのに。でもこれのお陰で僕は助かったんだ。柊、ありがとう。ずっとお礼が言いたかった。でも事件の後処理や都中の警備強化で全然見舞いに行けなくて、ごめん。」
晴喜を鬼から救ったのは、この匂い袋だった。戦いの最中、いつの間にか袋は破けていたらしく、中身が散らばった。それがどうやら鬼が忌避する香りだったようで、急速に力が弱まり、姿を消したという。
この現象を調べるべく、陰陽師たちは調査に走り回っている。
「良かった…。晴喜さんが無事ならそれでもう良いんです。本当に良かった。」
柊は目に涙を浮かべて笑った。そんな健気な柊を晴喜はそっと抱き締める。
「ありがとう、本当に。」
なんだか自然な流れで晴喜の腕の中に収まってしまったが、柊はその体温が心地良くて、目を閉じる。
「柊」
名前を呼ばれて抱擁が解かれ、柊は相手の顔を見上げる。
頭上には現代日本の都会じゃ絶対に見られないような満点の星空が広がっている。そんな夜空を背景に晴喜は柊を見つめて言った。
「僕は柊のことが好きだ。」
柊は目を見開いて驚いた。その潤んだ瞳に夜空の星をいっぱいに映しながら柊は応える。
「私も、私も晴喜さんのことが好きです。大好きです!」
その返事に、晴喜の顔がそっと近づく。
そしてーーふたりの唇が重なった。
その様子はお店の中から丸見えだった。
鈴は嬉しそうにしながらも大声でツッコむ。
「いや、良いんだけどね?ハッピーエンド万歳よ。でもお店の前はやめて頂戴!」
柊と晴喜は顔を見合わせ、照れくさそうに笑い合った。
ーー終ーー
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