ラーメン屋ができた
我が町にラーメン屋がオープンした。
なんでも近くの有名ラーメン店が廃業してそこの元従業員が店を始めたのだという。
有名店の味を継承した味付けの店だという。
閉めてしまった店というのは全国的に有名であり、連日大変な行列を作ることでテレビや雑誌、SNSなどでも評判だった。どうやら飲食店評価サイトではラーメン分野で最高得点をマークしてこの評価に並ぶ店は全国でも数件だという。
新しいラーメン店はその店の元従業員なのだ。きっとうまいラーメンを食べさせてくれるのだろう。という期待がラーメンファンにはあるらしいのだが俺は昔の店で食べたことがないのでよくわからない。
ただの近所にできたラーメン屋なのだ。
ある夜、仕事から帰ってきて終電間際に最寄り駅に着いた。家にも食べるものが無かったので帰り道にあるこの店にたまたま入った。この店は夕方から明け方まで営業している。
忙しそうに店主は動き回っているが8人ほど座れるカウンターのみ、テーブルはない。
ここに先客がふたりいた。
一人は一生懸命にラーメンをすすって一口ごとに「うま、うま、これはうめえ」と独り言を言いながら食べていて、もう一人はカウンターに肘をかけてスマホを眺めている。
メニューはラーメン、チャーシュー麺、ごはん、瓶ビール(アサヒ)
これだけ。あくまでラーメン勝負の店だ。メニューの少なさが店主の本気が伝わってくる。気がする。
あ、餃子ないじゃん。200m先に冷凍餃子の無人販売あるから仕入れてくれば?
それは余計なお世話か。
自分もラーメンを注文して出てくるのを待った。
ほどなくしてラーメンが出てきて食べた。
一口、二口……。
こ、これは……!俺は唸った。
ラーメンはとびきりうまい、ということはなかった。
むしろ食べ進めると味が全く感じられず、まずい。うん、これはまずい。
脂ギトギトで舌が脂でコーティングされてしまったのか後半はラーメンの味が全くしなくなった。汁はただ塩辛いだけで出汁の味など感じられない。ひどく味気ないものを食べている気がした。
先客の一人は食べ終えて金を払うところだった。
「ごちそうさまでした!おいしかったです!」
??……。俺は残念ながらうまいと感じられないのだが…。
俺はこのラーメン屋が全く分からなかった。麺はクタクタしてどうにも食べきれない。
俺は少し残して店を出てしまった。
しばらくしてこの店がテレビに出ることになったらしい。
テレビはあの有名店の味を継承するラーメン店が復活!と大げさな宣伝とともにSNSで有名なラーメン評論家、という若者を使って「うまい、これは旨いですよ」と連発させた。
放送後しばらくラーメン店は行列を作る店としてあわただしく経営していたらしい。
俺がこの間食べたラーメンは何だったのか。
もしかして俺が体調が悪くて味がわからなくなっていたのか。
もう一度食べてみることにした。
まずい。まずいんだよ。コレが。
多分今まで食べてきたラーメン店で1.2を争うまずさ。
やっぱり駄目なんだ。
職場でラーメン好きと言ってはばからない大地という同僚とラーメンの話になった。
「うまい店は知らないがまずい店は知ってるぜ」
俺はあの店の話をした。
大地は興味を持ったらしくて「どれだけ不味いか試してみたい」らしい
後日俺は大地をかのラーメン屋に連れて行った。
店に行列はなかったが、まあ席は満席に近い状態。きさくに店主に話しかける客もいて常連客のようだ。
俺はクタクタ麺の食感を改善するため麺固めを注文。
大地も俺と同じラーメンを注文した。
大地はラーメンを一口すすって一口一口確かめるように食べていた。
「ん-?」だの「ふうん」だの言っていた大地は最後何も言わなかった。
俺は相変わらずこのラーメンをおいしく食べられた気がしなくて店を出た。
「どうだった?うまくなかっただろう」
俺は店を出てから大地の感想を聞いてみた。店の中では聞けないような聞き方だ。
「昔の店っていうのを行ったことあるんだけど、あの店は本当にうまかったんだよなあ」
「あの店は全然違った…?」
「そうだな、でも貴重な体験だったよ。口直しに別のラーメン屋に行ってから帰るよ」
大地はちょっと得体のしれないダメージを受けて駅に向かって歩いて行った。
このラーメン店が知らないうちにSNSでかなりの評判になったらしく、テレビに続いて動画サイトで動画を上げたら評判になったようだ。飲食店評価サイトでは平均点が爆上がりした。書き込みの大半は「昔の店が偲ばれ、とてもおいしかった」「昔の店主の顔が浮かんだ」「この味はもう永久的に残していくべき味だ」というような書き込みが並んでいた。
ただ、10件に1件ほどは「昔の店と思っていったら間違い」とか「昔の店を知らないでこの店の味が昔の店の味だとは思わないでくれ」という「俺にしては良心的」な書き込みもあった。
またいつの間にかまた店に行列ができてきた。連日近隣が迷惑するレベルでの行列になってしまった。深夜まで営業していた店は仕込んだスープがなくなり夜も早々に閉めてしまうことが多くなった。
ある日、この店は突然店を閉めることになったようだ。
あの有名店だった昔の店の跡地に店を移転することになったらしい。
なんでも昔の店のファンが動画サイトで今の店を知って店主に昔の店の場所に移ることを勧めたらしい。
店の移転話は思った以上に早く話がまとまって我が家から最も近いラーメン店は閉店してしまった。
俺は大地にラーメン店の移転の話をした。
「そう、かなりあのラーメン店の移転は昔のラーメン店復活、ということでラーメンマニアの間では盛り上がったんだよ」
「へえ」
「でも、実際にあの店は俺的にも言って必ずしも昔の店が復活なんて到底言えないんだよな」
大地は話をつづけた。
「でも昔の店のかなりコアなファンがかなりいるんだよね。でも昔の店主は年取って引退しちゃってラーメン屋の経営自体もやめちゃったんだ。それを惜しむ人が今でもいっぱいいるんだよね」
「なんかさ、宗教みたいだよな」
「ああ、そういうところあるかもな。昔のラーメン屋を昔のまま残したいっていうな。きっとみんな味が変わろうとかそんなのはあまり関係ないんだろうな」
「それから、あの店の店主、厳密にいえば昔の店主ののれん分けではないようだぜ。前の店主が年取ったからやめる、ってなった時に一番の若手だったらしいんだ。一人前になる前に辞めることになっちゃった」
「でも元従業員ていうのには間違いない」
「どちらにせよ、今の店主は昔からのファンも取り込んじゃってかなり儲かってるんだろうな。味がまずくても」
大地は「そりゃそうだろう」という。
「信者」を一文字にして「儲」けるでしょう?
いやね、もう本当に今はないけどまずい店があったんですよ。昔の職場の近くに。でもうまいうまいいう人も多くいたみたいで、これはこれで個人の感想。非難するつもりは全くありません。
不味いって言ってるのに食べてみたいとかいうヘンタイもいて。勝手に一人で行けよ、とか本気で思ったものです。でもまずいとわかってて一緒に何度も行く私も大概な輩です。