上中下の中
その足で駅前のホテルに部屋を取り、荷物を置いて女性の運転する車に乗せられ、切り札氏の家へと連れて行かれた。今日が四十九日でぎりぎり間に合ったのだそうだ。
高速鉄道の停車駅といってもこざっぱりして見通しのいい町である、走って曲がって走って曲がってとを何回も繰り返し、一時間もしないうちに豪勢な家に着いた。そのまま門を通り、かなりの広さのある庭と、広い駐車場があり、びっしり停まっている車の中にピタッと収まり、シートベルトを外す。
停められている車は外車が多く、今日集まっている人たちの階級が想像出来る、その中に女性が手足のように運転していた質実剛健の角張った車は決して見劣りしていない。この人も高収入なんだろうな。
テキパキとした足の後ろにのっそりと着いていき、大きな玄関のドアのベルを鳴らすのを見て、バラエティ番組の豪邸拝見みたいなだと思いながら、私もお金持ちの家に来たときにしている「空を見上げる」をやるのだが、すぐドアが開けられたのでほんの数秒しか見られなかった。
これまた大きいたたきで巨大な下駄箱、車で来た人たちの靴は全部この中に納められているのか、埃一つ落ちてないたたきで靴を脱ぎ、女中さんがすぐに靴をしまう。
私は「どもども」と口ごもるようにしか言えなかったが彼女は女中さんに春のような笑顔を振り向ける。当然女中さんも彼女に向かって最高の笑顔を向ける。
また無言で廊下を進みのたのたと後を付け、数十歩歩いたところで部屋の扉が開けられた。
高そうなスーツや服を着た年配の善男善女がソファに座ったままこっちを睨む。三人くらい座れるソファ一つにテーブルが一つ、それが六セット、全てに人が座っているわけではないし、テーブルには飲み物が置かれていて口を付けている人も多い。
彼女はすいすいと部屋に入り、私ものたのたペースを崩さず後に続くのだが、意外なことに睨む目の三割ほどは彼女に向けられている。才女を受け入れない人は社会にそれくらいいると思っていいのだろうか。
十四、五人の不機嫌を前にして私が紹介されるのだが、私が遺産を受け取るにしろ受け取らないにしろようやく今日話を進めることができるとのことで、大きなため息をつく人はいても口に出して私を責める人はいなかった。
じゃあさっさと各自が何をもらえるのかサクサク話が進むかと思ったら、これから昼食が始まるとのこと。え?と時計を見たら正午を二十分過ぎている、空いている席に座らされ、守ってくれるように彼女も同じソファに、私の左に座る。
女中さん達がどんどん膳を運んできて、洋テーブルに和食、別にこれはおかしくもないのかな、誰も音頭をとらないので皆置かれたらすぐに食べ始めるのだが、私という意味不明の余所者がいるせいか会話もせずに黙々と食べる。
できれば私も彼女と楽しくお喋りをしながら食事をしたいなとメンタルを盛り返すのだが、今度はおでこではなく箸を持った右手が私へのガードになっているような、右手が動く度に私に「シッ!シッ!」と言っているような気がして、綺麗な背筋で、美味しそうな笑顔を間近で盗み見るだけで我慢する。
とはいえ皆さん、重苦しい雰囲気で食べるので、他人事の私の箸の方が早い早い、ざっと見て皆がまだ1/3くらい残しているくらいで食べ終わり、まだ少し時間があると思い、トイレに逃げることにした。
女中さんに場所を聞き、進んで曲がって進んで曲がって、さっきの広間は調度品凄かったけど廊下には何も置かないんだなと思いつつ、トイレの扉を開けたら手洗い場が広くて豪華で凄かった。
広いし大理石か?という床や壁だし天井に絵も施されているし、手を洗うところなんて赤ん坊だったらお風呂に使える大きさである、掃除が大変だろうなんえ思うのは貧乏人の感覚で、あの女中さん達はこういうところも毎日掃除しているのだろう、(うえー!)と思いながらトイレの中扉を開けると、何故か浜辺だった。