犬の首
今年の夏。
都会の大学に入学して、その初めての夏休みに片田舎にある実家に帰省した。
そして、この日。
地元の会社に就職している友人と久々に会って、夜遅くまで酒を酌み交わし、高校のとき一緒だったサッカー部の思い出や、それぞれの新生活の話題で大いに盛り上がった。
実家への帰り道。
その途中に両側が雑木林の急な坂道があるのだが、そこを酔った足取りで歩いて上っていると、上からボールのような丸い物がコロコロと転がり落ちてきた。
――えっ?
反射的にそれを足で受け止めた。
それからしゃがんでよく見ると、何とそれは犬の首だった。
犬の首が口を開けて鋭く尖った歯を見せる。
「うわっ!」
オレは悲鳴を上げ、とっさにそれを蹴り飛ばしていた。
犬の首が再び坂を転がり落ちてゆく。
オレはいっぺんに酔いがさめ、実家へと一目散に逃げ帰った。
家に着いてからオレは母親に、帰り道で遭遇した犬の首のことを話して聞かせた。
母親が真顔で言う。
「あそこは最近、犬の首がたまに出るらしくてね。でもおまえ、ほんとに運が良かったよ。咬みつかれて怪我をした人もいるというからね」
なぜあの坂道に、犬の首が出るようになったのか今もわからない。警察も何度か調べに来たが、野犬が出たのだろうと結論づけて、犬の首の話は信じてなかったという。
オレは実際に犬の首に遭遇している。
信じないわけにはいかない。
大学へ帰る前。
先日の友人と再び会う機会があったので、先日の犬の首の件と母親の話をしてやった。
友人は少しも笑わなかった。
それどころか友人は、「つい先日、オレはその犬の首に咬まれたんだ」と言って、左足のズボンをまくし上げ、咬まれたというふくらはぎを見せた。
そこにはまだ新しい傷痕が残っていた。
「それで大丈夫か?」
「ああ、もう痛くも何ともない」
友人がにっこり笑って見せる。
――うん?
オレはその口元に何かしら違和感を覚えた。
――八重歯か……。
やけに八重歯が目立って見えるのである。
だがオレには友人に、八重歯があるなどまるで記憶がなかった。
口元に見える犬歯。
それは長く、先が鋭く尖っていた。