私の仕事
あなたと出会うまで私の人生はとても平凡そのものだった。
私、野上マリア、会社員、勤続5年目にして出世もできない、なんの芽も出なかった平凡なOL。
目立たないように人に意見を合わせ、慎ましく生きていた。
そう、あの上司が来るまでは会社に出社することが嫌だなんて思ったことがなかった。
この春産休に入った上司の代わりに大阪から転任してきた上司カオルさん。これが本当にハマらない。合わない。私にとって面倒な人だった。
「野上ちゃーん、この服いくらやと思う?」
ニヤニヤしながら唐突に聞いてくる。
「2万円くらいですかー?」
ニコニコ笑顔で返す。でもわかってる。そうやって聞いてくる時は絶対に高く見えるでしょ?でも安いんやで!っていうこと。だから高く言わないといけない。決してその服が女子高生が好みそうなギラギラしたスパンコールがたくさんついていて、安っぽく見えてもそう聞かれたら安く言ってはいけないのだ。
「これ実は1980円やねんで!2万もする服買うわけないやん!盛りすぎ盛りすぎー!えと、そんでさっきの案件なんやけど、もう出来てます?」
この人は必ず仕事の話をする前に小話を入れてくる。この人のスキルのひとつでもあるコミュ力の高さの現れだろう。
「あ、えっと今終わって持っていこうとしていたところですが。」
「あ、そうなんやね!早う仕上げてくれてありがとう!じゃ次はこっちお願いします。実は私今日合コンやねんー」
仕事の話を終わらせるとすぐに別の話題が飛んでくる。
「カオルさんは毎日楽しそうでうらやましいです。」
「そうかぁー?そんなことないねんけどね!いい出会いあったらまた聞いてな聞いてな!!そうそう、この前の林くんと映画見に行くことになってんけど、その日神田くんと夜食事に行く日とかぶってて、1日に2人とデートやねん!でも仕事も片付けなあかんやん?もう大変やー!」
「カオルさんすごい!モテモテですね。」
私はニッコリ微笑んで軽く会釈した。
会話を終わらせるには次の話題をふらないことだと分かるには数週間必要だった。
最初は楽しかったやりとりも、上司が40代独身で騒がしい、コミュニケーション大好き、そして結婚したくてたまらないかまってちゃんな人。そのことをすぐに話して来た時は壁を作らない親しみやすい人だと思った。しかし毎日結婚したい気持ちは本当にあるのかと矛盾した恋愛話を持ちかけられ、その話題が多くとても気を遣うようになった。
うっかり『大丈夫ですよ!』と言ってしまった時にカオルさんの視線から恐怖を感じた時から私は言葉を発する前には1度頭で整理するようになった。テンポのよい会話を好む人なので、私の返答が遅いと少し苛苛としているのも感じる。関西出身と言うのもあり、私の土俵にズカズカ踏み込んでくる。そんな人間関係の疲れを抱えている。いじめに合うとかパワハラやセクハラ、そんなことに比べると大した問題ではない。でも私は疲れていた。いちいちめんどくさい。相性が悪い。
幸い人間関係に悩んだことはなかったので、入社してから今が1番疲れている。
私の仕事は社内でのデスクワークで、データ処理とカオルさんの雑務処理がメインだった。接客や電話の対応もほとんどないため、直属の上司のカオルさんとしか人間関係がないような状況だ。産休に入った上司とは距離感が合っていたんだなと今更ながら思う。ランチにも行くし、世間話もする。でも適切な距離感を保っていた。
カオルさんは私のこと聞いて!知って!認めて!が激しい人なのだ。私には興味が無い、ただ自分の話を聞いて共感してほしいだけなのだ。