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現在2月14日23時30分。半年前に彼女が出来たので、今年こそはチョコを貰えると思っていました

作者: 墨江夢

2月14日ということで、バレンタインものを書きました。彼女視点で書いた【現在2月14日23時30分。半年前に彼氏が出来たので、今年こそはチョコを渡そうと思っていました】という作品と対になっていますので、よろしければそちらも併せて読んでみて下さい。

「好きです! 俺と付き合って下さい!」


 その日俺・富良野瑛二(ふらのえいじ)は渾身の勇気を振り絞って、積年の恋心を打ち明けた。


 野球部の生徒が「甲子園に出場出来たら、マネージャーに告白するんだ!」と息巻くのと同じように、文芸部に所属している俺もまた、出品した小説がコンクールで賞を取ったら告白しようと決めていた。


 コンクールといっても募集対象は市内の高校生だけなので、賞を取るのもそんなに難しくない。文才に乏しい俺でも、なんとか佳作に食い込んだ。


 そして今、俺は宣言通り告白している。

 告白の相手は、明石芽依(あかしめい)。俺と同じ文芸部所属のクラスメイトだ。

 うちの高校は中高一貫だから、明石とはかれこれもう四年以上の付き合いとなっている。

 二人とも小説を読むのが好きで、小説を書くのも好きで、だからよく読破した小説の感想を言い合ったり、互いの執筆作品に対して批評し合ったりしていた。


 今回佳作を取った作品も、明石に色々手直しして貰ったわけで。「この展開はつまらない」とか、「主人公のキャラが薄い」とか、「誤字脱字発見!」とか。いやはや、本当に助けられました。

 きっと俺一人の力じゃ賞なんて取れず、この想いだって未だにくすぶっていたことだろう。


 一方俺から突然の告白を受けた明石はというと――告白されるなんて、微塵も思っていなかったようで、色白の顔を真っ赤にしてあたふたしていた。


「富良野くんが私のことを好きって……えっ、本当? 友達との賭けに負けて、罰ゲームで言わされているだけじゃないの?」

「俺に明石以外の友達はいない。そのことは、明石だって知っているだろ? だから……これは罰ゲームでも冗談でもなく、本当の告白だ」

「でも、でも! 富良野くんは小説を読んだり書いたりしている時が一番楽しいって言ってたじゃん。だから、恋愛なんかに興味ないものだとずっと思っていたんだけど……」

「あー、確かに前にそんなようなこと言ったような気がするな。でも、ごめん。それ、嘘。小説を読んだり書いたりするよりも、もっと楽しいのは……明石と小説について語り合っている時なんだ」


 一度好きだと伝えれば、もう怖いものはない。俺は偽らざる気持ちを、赤裸々に語っていく。ほんの小一時間前までは、口にするも躊躇われるくらい恥ずかしいセリフばかりだ。

 だというのに俺の胸中は不思議と落ち着いている。対して明石の動揺は、俺が言葉を発する度に大きくなっていった。


「私、誰かに好きって言って貰えるような女の子じゃないよ? 可愛くないし、地味だし、根暗だし」

「そいつはなんとも気が合うな。俺も明石以外の女の子に好きって言うような男じゃない。ついでに言うとお世辞でもカッコ良いとは言えないし、地味で根暗で本の虫だ」


 俺は誰もが口を揃えて「可愛い」と言うような女の子と付き合いたいわけじゃない。明石芽依という女の子と付き合いたいのだ。

 ていうか俺からしたら明石以上に可愛い女の子なんて存在しないし、他の男子に彼女の可愛さをわかってもらおうとも思っていない。

 意外にも俺は独占欲が強いらしく、明石の魅力を独り占めしていたいのだ。


「明石が俺とは今まで通り友達でいたいって言うのなら、その気持ちを尊重する。この告白だって、忘れてくれて構わない。でももし、「彼女になっても良いかなー」って気持ちが少しでもあるのなら……俺と付き合ってくれないか?」


「お願いします」。差し出した俺の右手を……明石はゆっくりとだが、確かに握り返す。


「私なんかで良かったら、こちらこそよろしくお願いします」


 こうして俺は、人生で初めての彼女が出来たのだった。

 誕生日やクリスマスも、明石と一緒に過ごそう。もう道行くカップルを妬みながら、一人寂しくコンビニにカップラーメンを買いに行くことだってなくなる筈だ。

 そして――バレンタインには、今度こそは本命チョコが貰えるんだろうなぁ。





 明石と付き合って、初めてのバレンタインデーがやって来た。

 例年だとバレンタインなんて憂鬱でしかなかったけど、今年は違う。俺には彼女がいる。

 どっかのイケメン生徒会長みたいに紙袋いっぱいのチョコが貰えるわけじゃないけれど、約束されたたった一個のことを考えるだけで、俺は朝から浮き足立っていた。


 明石は一体、どんなチョコを用意してくれるのかな? 

 無難にハート型の手作りチョコ? 大胆にチョコペンで「I LOVE YOU」のメッセージが書かれていたりとか?

 もしかしたら料理が苦手という理由で、手作りではなく市販のチョコを渡してくるかもしれない。

 それでも構わないさ。大事なのはチョコ本体ではなく、そこに込められた気持ちなのだから。


 バレンタインといえば、切っても切り離せないのがホワイトデーだよな。

 明石から最高のチョコレートを貰う以上、一ヶ月後のホワイトデーには俺からも最高のお返しをしなくては。

 大切なのは気持ちだとわかっていても、男として多少の見栄は張りたいものだ。今から短期のアルバイトを始めて、お金を稼ぐとするか。


 チョコを貰う前からホワイトデーのことを考えるなんて気が早いかもしれないけれど、一ヶ月なんてあっという間に過ぎ去っていく。幸せを噛み締めている最近の俺ならば、特に。


 俺のテンションは、登校すると同時に有頂天に達していた。


 ――そして時は進んでいき、現在。ただ今の時刻は、23時30分。

 バレンタインも残すところあと30分となったというのに……俺は明石からチョコを貰っていなかった。


 明石が今日学校を休んだから貰えなかったわけじゃない。

 彼女はいつも通りどころかいつもより早く登校していたし、俺とだって会話をしていた。


 もしかして、バレンタインを忘れている? そんな疑念もあったが、周囲でチョコの授受が行われているこの教室にいれば、嫌でも思い出さずにはいられないだろう。


 昼休みに恥を忍んで「あーあ、何か甘い物でも食べたいなぁ」とさり気なくチョコ欲しいアピールをしてみたけど、「だったらこれあげる」と言って渡されたのは昔ながらのキャラメルだった。

 うん、キャラメルも甘くて美味しいよね!


 下校中も明石の口から「チョコ」というワードが出ることはなく、家に帰ってきておよそ6時間が経つが、何の音沙汰もなかった。


 もうすぐ日にちが変わるというのに、俺は未だに入浴していない。

 バレンタインが終わるまで、まだ30分ある。もしかしたらこの30分の間に、明石に呼び出されるかもしれない。

 そんな淡い期待でも抱いていなければ、俺の心はとっくの昔に折れていたことだろう。


 ……なんて、そんなのほとんど悪足掻きだよな。みっともないことくらい、自分でもわかっている。


「はーあ。今年のバレンタインは、本命チョコが貰えると思ったのになぁ……」


 カーペットの上に大の字にねそべりなから、俺は呟く。


 明石は既に俺に愛想を尽かしているのかもしれない。或いは俺のことが好きだとしても、何らかの事情によりチョコを渡せないのかもしれない。

 予想ならいくらでも立てられる。だけど明確な事実は、たった一つで。

 俺は彼女からバレンタインチョコを貰えていない。それだけが、唯一無二の事実なのだ。





 明石を好きになったのは、中学一年の文化祭だった。


 文芸部では毎年文化祭で部誌を発行するのが恒例になっていて、俺はそこで処女作を執筆した。

 ジャンルはラブコメ。ぼっちの男子高校生が学校一の美少女に好かれるという、どこかで見たことのあるような設定だ。


 内容は稚拙で、文章構成もめちゃくちゃ。お陰で方々から酷評をいただいたのを、今でも鮮明に覚えている。……ただ一人を除いて。


「富良野くんの小説、私は好きだよ。自分の書きたいものを書いているっていうのが、よくわかる」


 明石だけはそう言って、俺の作品を評価してくれた。


「これは私の自論なんだけどね、小説の中には作者の人となりが表れると思うんだ。物語の内容とか、主人公の性格とか、ちょっとした言葉尻とか。そういうものに注視していると、その作者がどんな人間なのか自ずと見えてくる」

「それじゃあ明石には、俺がどんな人間に見えるんだ?」

「優しい人」


 こんな青春を送りたいという欲望満載の作品を書いた俺を、明石は優しい人だと断言した。


「富良野くんの作品って、誰も不幸にならないよね? 主人公もヒロインも主人公の親友も、皆がハッピーエンドを迎えられている。相手を傷付けるようなセリフはなるべく使わないようにしているところとか、富良野くんの優しさが滲み出ているような気がするんだ」

「そう言ってくれるのはありがたいけど……だからってつまらないんじゃ意味ないだろ」

「私はつまらないとは思わないけど? 寧ろ他の作品も読んでみたい。だから――これからは富良野くんの作品を、最初に読ませてくれないかな?」


 今思えば、俺は明石をただの友人と見たことは一度たりともなかった。

 明石と懇意になったこの時には既に、俺は彼女に心底惚れていたのだ。


 



 時計の針は、止まることを知らない。残酷にも、一定の速度で進んでいく。

 カーペットに横になってから、およそ20分。時刻は23時50分を過ぎ、とうとうバレンタインデーも残り10分を切った。


 10分あれば、カップラーメンが3つ作れる。だけど明石の家に行って、チョコをねだることは出来ない。

 つまり俺が明石からチョコを貰える可能性は、限りなくゼロになったということだ。


「……風呂に入るか」


 人間諦めも肝心だ。

 第一チョコを貰えなかったからって、フラれたわけじゃない。

 チョコのことは忘れて、明日以降も明石の彼氏として精一杯励むとしよう。

 自身にそう言い聞かせながら、パジャマを取りにタンスに向かっていると……ピーンポーンと、玄関のチャイムが鳴った。


 こんな遅くに、一体誰だよ? そう思いながらドアを開けると――そこにいたのは、明石だった。


「明石……」

「富良野くん……こんばんは」


 ここまで走って来たのだろう。明石は肩を大きく上下に動かしながら、息を切らしている。

 冬ゆえに可視化されている白い吐息が、彼女が疾走してきたことを強調していた。


「夜分遅くにごめんね。今日中に渡さなきゃならないものがあって」


 明石は胸に手を当てて、大きく深呼吸をする。それは切れた息を整える為なのか、それとも覚悟を決める為なのか。

 深呼吸を終えた明石は、ポケットから可愛くラッピングされた小包みを取り出して、俺に渡してきた。


「これ、バレンタインのチョコレート。遅くなっちゃって、ごめんね」

「……ありがとう」


 俺は小包みを受け取る。

 リボンに挟まる形でメッセージカードが添えられていて、文面には「いつもありがとう。これからも末永くよろしく」と書かれていた。


 ……良かった。俺は半年経った今も、明石に愛されているんだな。

 自覚すると感極まってしまった。


 涙で目が潤んでいる俺を見て、明石は心配そうな表情になる。

 

「どうしたの、富良野くん?」

「なんていうか、安心したんだ。明石からチョコが貰えないんじゃないかって思っていたから」

「不安にさせてしまってごめんなさい。チョコを渡そうとは決めていたんだけど、どうしても勇気が出なくて」

「明石は口下手で、恥ずかしがり屋だからな」

「今年不安にさせちゃった分の埋め合わせは、きちんとするから。来年のバレンタインは……朝一番に、世界中の誰よりも早く富良野くんにチョコを届けます」


 ということは、来年も俺と恋人同士でいてくれるってことだよな? 

 言質取ったぞ。どんなにお願いされても、別れてなんてやらないからな。

 

 そうこうしている内に時計の針は12時を回り、2月15日になった。

 来年のバレンタインまで、残り365日。今から楽しみでならなかった。

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