出会いは突然に。
彼氏無し=年齢。
オシャレよりは推しに課金。
三度の飯より乙女ゲー。
好きなタイプはツンデレ。
腐もいけちゃう。
そんな私は世間で言えば喪女という部類に入るのだろうが、何ら気にしていない。
むしろ日々積んだゲームの消化やアニメをリアタイしたりイベント行ったりと予定が詰まってて忙しいし、同じオタク友達と推しの話をするのは楽しい。
仕事もそこそこで可もなく不可もなくだけど、推し活に勤しむ分の資金は充分ある。
一言で言えば人生を謳歌している。
…はずだった。
『山田さーん、これわかんないですぅ…やっといてくれますかぁ?』
『え…?』
目の前にいるのはいかにも今ドキ女子、インスタ映えやらなんやら…なんて言ったらいいかわからないけどとにかく今ドキのキラキラ女子の同僚、川井姫美。
そして積み重なる書類の束。
…は?
『ひめぇ、こんな地味〜なのよりもっと大事な仕事があるんですよねぇ〜。山田さん暇でしょ?ちゃっちゃっとやっちゃって下さいよぉ〜』
甘ったるい声に甘ったるいバニラみたいな悪臭を撒き散らしながらぶりっ子ポーズでくねくね踊る川井。
てめぇはスルメイカで炙られてんのかよ(怒)
『私は今色々案件抱えてるんですけど…』
『ひめだって本当に忙しいんですぅ…山田さん助けてくれないんですかぁ?くすん』
これみよがしに涙目で甘ったれたしょぼくれ顔を見せつけてくる川井。
私にはそんなの効かんわ(怒)
『いやぁ…わt…』『それぐらいやってやれよ!』
私の言葉に被せてくる上司A。本名は…寺井?ま、いいや。
ちなみに頭はバーコード。
川井をまるで庇うような立ち位置で前に立ち、ドヤ顔でこっちを見ている。
はっきり言ってだいぶ気持ち悪い。
『ひめちゃんが困ってるんだから助けてやれよ!お前ならちゃっちゃとやれるだろ!』
『寺井部長ぉ…』
くそみたいな寸劇が始まった(怒)
つーかひめちゃんって何だよ、きも。
私も悪いんですけどぉなんて涙目で見つめながら詰め寄る川井を慰める上司A。
ちらりと時計を見ればもう15時を回っている。
定時は17時半だ。
今日は18時から見たいアニメがあるからなんとしても定時であがりたいのに…(怒)
『…わかりました。やっておきます。』
その一言に満足そうな2人を尻目に、とりあえず書類に目を通す。
…なんじゃこりゃ。
単なる入力する書類なのに全部今日締切。
一切手をつけられていない。
くそ川井、おめぇは仕事いつも何やってんだよ(怒)
自分の抱えている案件の締切確認をして、これも進めたいけど川井の案件入力をやらないと帰れない…。
泣く泣く川井の仕事を一心不乱に消化していった。
刻一刻と過ぎ行く時間。
焦る。
何としてでも今日は定時で帰りたい。
推しのユーマ様をリアタイせず何の為に生きる…!
ターンッと軽快にエンターキーを押し、何とか17時15分で終わった。
ふぅ…。
さすが私。
推しの為なら仕事の効率上がるわ。
最終チェックを全て済ませ、メール等のチェックをして帰る前の終了作業をサクサクこなす。
定時で上がれるわ〜。
何て浮かれる定時5分前の私。
『きゃー!!!これが終わらなぁい…』
甘ったるい川井の涙声がフロアに響いた。
やいのやいのと男達が川井の元へ集まる。
…嫌な予感がした。
『今日、定時じゃなきゃダメなんですぅ…親の病院に行かなきゃ行けなくてぇ…くすんくすん』
わざとらしい涙目で甘えた顔をする。
男達は可哀想だ、どうにかしよう。なんて言い合いながら川井のデスクを囲んでパソコンに目を通している。
現在時刻は定時2分前。
『あー!この案件なら誰かに振ればいいんだよ!』
上司Aがあっさり言った。
周りを見れば同じ事務社員が冷や汗かきながらさっと目を逸らしている。
これ…だいぶまずいんじゃね?
『山田〜、これ出来るか?』
はい、キター!!!!!
アホか!!!!!
『すみません、今日は川井さんの受け持った仕事をこなしたばかりですし、私も定時に上がりt…』
『どうせ用事ないでしょ?』
相変わらず被せてくる上司A。
イライラする。
もう定時になってる。
『いや、用事あります。』
『ひめちゃんより大事な用事じゃないでしょー?いいからやっちゃってよー。ひめちゃん困っちゃってるからさぁ。いいの?同僚が泣いて困ってるのに放っておけるのー?』
やいのやいの騒ぎ立て、とにかくやっておいてと書類を机に置かれて立ち去る。
はー…クソすぎる(怒)
出来るだけ早く帰ろう。
クソ上司め。
書類を見ればデータ整理するだけだが、やたらと量が多い。そして締切今日。
ほとんど手付かずだ。
川井…てめぇは普段何しにデスクに座ってるんだよ(怒)
リアタイなどどう頑張っても無理なので、残業代稼いで来月はもっと課金しよう。
そう言い聞かせてひたすらキーボードを叩いた。
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結局帰宅出来たのは夜の8時を回っていた。
本当にくそだわー…。
カシュっと音を響かせて、キンキンに冷えてるこいつを〜…ぐびぐびやる。
『ぷっはぁ〜!あー…これがなきゃやってらんねぇわ。』
テーブルには無数のビールとアタリメ。
何ともおっさん臭いが仕方がない。
ため息付きながらトゥイッターを開いて推し情報を漁る。
いいなぁ…みんなリアタイ出来てる。
ここ最近、同僚の川井が異動してきてからというものこう言うことが増えていた。
今まではほぼ残業無しでリアタイは余裕。
退社後にイベントだって行けていたのに、それもままならなくなってきた。
残業代は正直おいしい。
それだけ推し活に使えるから。
でも残業が増えれば推し活の時間は減る。
そもそも川井が仕事をすればいいだけなのに、男達はこぞって川井を甘やかすからいつまで経っても仕事はできない…というかしないし、他者に押し付けて我が物顔でデスクにいるのだ。
最悪過ぎる…。
はー…マジでクソ。
トゥイッターに呟いてビールを煽り、大好きな推しが出る【時あるから】、通称ときあるをせっせとやる。
これが本当に癒し時間。
『はな、お疲れ様。今日は俺と何する?』
『キャー!!!マサー!!!お疲れ様ー!!!今日もカッコイイねー!!!!!』
画面の中のイケメン。マサ。最近のときあるの推しである。
藍色の深い髪にキラキラ光る黒曜石のような瞳。
真面目で努力家で成り上がり系男子。
クーデレ。
さいっっっっっっっっっっこう。
最近はこのときあるのマサにお熱で、帰ってきたら即マサとのイベントに勤しんでいる。
来月は追加イベントあるらしい。
課金しなきゃ。
甘い言葉を囁いてくれて、日々の疲れを癒してくれるマサ。
この時間が最高に癒しである。
『おやすみ、はな。いい夢を。』
『おやすみ、マサ〜!!!愛してるよ〜!!!』
マサからの愛のキッスを受け取って画面を消す。
すると現れるデレデレした喪女1名。
スンッと真顔に戻ってゲームを置き、身支度もそこそこにベッドへダイブ。
明日は定時で上がれますように。
囁かな願いを胸に、眠りの世界へと旅立っていった。
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『はなこ…山田…は…』
『…ん?』
『とっとと目を開けろ山田華子!!!』
『は!?』
バッチーンと頬に衝撃が走り、驚いて目を開ければ目の前には布でぐるぐるの服?を着たイケメン。
なお、頬はズキズキ痛い。何事?
『1回で起きろよウスノロ!!!!!』
『あ”!?』
頬をぶっ叩いたのがこいつと確信。
臨戦態勢になるも、今この状況がなんだかわからない。
『たっく、俺様がわざわざこんな所まで降りてきてやってんのによ〜』
ぶつくさと呟いてる謎の男。
無駄に整った容姿をしている。
サラサラとした艶やかなブロンド、空色のような透明感溢れる瞳、ややつり目ガチでニヒルな笑顔が似合いそうなイケメン。
…なのに服がぐるぐる巻きの布みたいで変態のように見える。
『夢か…』
夢と確信して再度寝ようとするも、この謎のイケメンに速攻ベッドから叩き落とされた。
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『で、要約すると何でも叶えられるって事ですか?』
『あぁ、そうだ!』
得意満面に笑顔を見せるこの男。
名前はミカエラ。
自称神らしい。
あとやっぱり顔がいい。
叩き落とされた後長々と説明された事を要約すると
・神々の悪戯でラッキーボックス開いたら私が当選した。
・当選した者は神の加護を付与される。
・叶えたい夢は神であるミカエラが叶えてくれる。
・人を殺すのもオッケー。あくまでエンターテインメントだから。
・期限は神々が飽きるまで。
…なんじゃそりゃ。
『それ、本当に出来るんですか?』
半信半疑の私。
ただの夢にしてはしっかりしてるし、ぶっ叩かれた頬はかすかに痛みが残り、落とされた時の背中は地味に痛い。
痛みは現実のようだが、とても信じられるような話ではない。
『はぁ…お前なら見せた方がはえぇか。』
ミカエラが拍手の体制をとり、手を開くと辺りがぽうっと光が瞬いた。
え…ビックリかくし芸?
なんてアホのこと考えた瞬間、凄い風圧と共に私は…
空の上にいた。
『馬鹿じゃないのぉおおおおおお!?』
凄い風圧を受けながら急上昇を続けたと思ったらたどり着いたのは謎の神殿みたいなところ。
ゲームでこんなん見たよ!?
ゆったりとした動きでミカエラは金ピカピンな椅子に座り、頬杖を付きながらこちらをジロジロ見る。
『山田華子…お前は地味で喪女で生きる意味は推しの為みたいなただのオタクでモテるわけでも何でもないが…』
グサグサっと言葉の槍が刺さる。
そりゃあお前みたいな見た目からすればただの喪女だよ(怒)
迷惑かけてないんだから放っておいて欲しいわ(怒)
『今日から俺様はお前につく。光栄に思え。』
と偉そうに自称神は宣った。
『…でも叶えたい夢なんてないんですけど。』
そう呟けばミカエラは目をまん丸にした。
『は?何でも叶えられるんだぞ!?お前に仕事を押し付ける女やくそみたいな上司を消すことだって容易いぞ!?』
『うーん…確かにこのクソって思うけど、消したいとは思わないしなぁ…。』
『その辺の俺様には劣るが顔のいいやつも選び放題だぞ!?』
『リアルはいいやぁ〜…』
あれやこれやと提案されるがどれも叶えたいと思うような内容はない。
本当に私は今の生活に幸せを感じてるし、満足してるんだなぁと痛感した。
『あ、強いて言うなら…』
『強いて言うなら!?』
『推しのイベントに当たる確率ちょこっと上げて欲しいなぁ〜』
『は?それだけ!?』
『えっ!?もっと欲を言うならゲームの推しカードが当たる確率ちょこっと上げて欲しいし、残業の時間をもう少し減らして推し活時間を増やしたいなぁ…あ!あとグッズの推しの引きせめて5回買ったら1回は当たって欲しい!!!』
ペラペラと推しを当てる為の運を上げたい話を私がすれば自称神のミカエラはポカーンと口を開けて目をまん丸にした。
それでも顔がいいのは変わらないからイケメンすごいわ。
『くっ…くはっ…お前みたいな女は初めて会ったわ。』
『え?それ褒めてる?』
腹を抱えて笑う自称神。
シュールすぎるだろ。
笑う度にチラチラとちく(自主規制)が布から見えそうになるのも目に毒だ。
『くくっ…おもしれぇやつ。でもお前のそれはいずれ通用しなくなる。』
『え?』
『神々の悪戯で選ばれたのはお前だけじゃない。』
スっと瞳を細めて試すようにミカエラはこちらを見てくる。
ビリビリと殺気を孕んだ空気に勝手に体が震えた。
『神々の悪戯に選ばれた人数はまだはっきりとわかっているだけでもお前を入れて3人。今後も増える可能性はある。なんせ暇つぶしだからな。』
うっそりとミカエラは笑った。
『神にも優劣はある。と言うか神だからといって万能ではなく、力はそれぞれ何かに秀でた物を持っている。』
『誰かを消すだとか所詮人間の欲にまみれた願いを叶えることぐらいは俺様たちは容易い…が、』
『神々の悪戯で選ばれた奴らを消す事は別だ。』
『神の加護が付与された選ばれたお前の様な奴らの後ろには俺様のような神が必ず付いてくる。』
『戦う展開になるか…仲良くお手手繋いだぬるま湯のような状態になるかは全て俺様達の気分次第。』
『選ばれたからと言ってお前らには拒否権はない。神が選んだ事だからな。』
『な…なにその厨二展開…』
『とにかくお前は選ばれた。今後は俺様が付き、神の加護の元様々な恩恵があるだろう。それに代償は今の所ない。今後あるかもしれないが…全ては…』
『神の気分次第。』
『覚悟を決めろ、山田華子。お前は神に選ばれた者だ。』
ゴクッと喉が鳴る。
いきなり神の加護だ遊びだどうたらこうたら言われても…
覚悟って何?
『神に遊ばれろ。』
はっきりと冷たく言い残し、ミカエラは笑った。
夢か真かわからない世界の中で、
どうやら私は選ばれし者になったようだった。