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 翌日、ルイスの使者から、仕事で忙しくて、しばらく会えないと連絡があった。


 それが嘘か本当かはわからなかったが、ゆっくり考えたかったティアナにとっては好都合でしかなかった。


「過去が気になるお気持ちはわかりますが、過去を変えることは誰にもできませんわ。それよりもこれからの方が大切だと思います」


 最後にルイスと会ってから一週間が経過していた。


 自分の気持ちやルイスの言葉、聞こえてくる噂など、いろんなことが幾重にも重なり、ティアナはどうすることもできなくなっていた。


 ぐるぐると思考が巡り、抜けられなくなっているティアナに、「差し出がましいようですが」と前置きした上で、マヤが言った。


 学校に向かう馬車からぼんやりと外を見ていたティアナは、迎えに座るマヤの方に視線を向ける。


「…そう、かもしれないわね」


「ティアナ様、私たち使用人はもちろん、旦那様や奥様、そして領民の方々も、ティアナ様がガイラ家とその領地を大切に思ってくださっていることをわかっていると思います。きっとどんな道を選ばれても、ティアナ様が皆様の期待を裏切ることはないと、このマヤが自信を持って断言いたします。…だから、少しだけ、ティアナ様の本当のお気持ちに素直になってもよいのではないでしょうか?」


「私の本当の気持ち…?」


「はい」


「…」


「今、思い浮かべるのは誰でしょうか?」


 ティアナは自分の胸に右手を乗せた。そっと目を閉じる。まぶたの裏に浮かぶのは、一人だった。


 手のひらに鼓動が伝わる。素直な気持ちを認めるのなら、きっと。


「…楽しくて、幸せなものだと思っていたわ。でも、小説で読むよりもずっと、苦しいものなのね。だから、…認めるには勇気がいるわ」


「そうですね。確かに、楽しいだけではありません。恋は自分一人ではできませんからね」


「…」


「思いどおりにいかなくて、前もって教えてくれれば備えられるのに、予期していない時に苦しくなるから、余計つらくなる。…手に負えませんね」


「どうしてみんな、あんなに楽しそうにできるのかしら?」


「苦しさと同じくらい嬉しいことも楽しいこともあるからですよ。きっと、優しい言葉をもらったり、笑顔が見れたり、傍にいてくれたり。…それだけで全部どうでもよくなるくらい幸せに思うこともあるのだと思います」


「それは……素敵ね」


「ええ、そうですね」


 それ以上マヤは言葉を重ねなかった。本当に自分のことをわかってくれているなとティアナは思う。


 これは、自分自身で考えなければならない問題。


 ティアナは、学校に着くまでの残り数分間、馬車の窓から見える街の風景を見ながらただ一人のことを考えていた。




 快晴の空は気持ちよく、ティアナは思わず空を仰いだ。ほどよく涼しい風が頬を撫でる。花壇の花が気持ちよさそうに左右に揺れた。


「ティアナ、今日はやけに授業に集中していたわね」


 隣を歩く友人のジネットがティアナを見てそう言った。


「まあね」


「何か悩み事?」


「…」


「ティアナは何かあると必要以上に頑張るからね。いいことだけど、それはそれで心配よ」


「…ありがとう、ジネット。でも、…私は、大丈夫よ」


「ティアナがそう言うなら、いいわ」


 無理に追求しないジネットがありがたかった。自分でも答えの出せていない問題を言葉にするのは難しい。


「ティアナ様、お話があるのですが少しお時間、いいですか?」


 ジネットと二人で校門を出る少し前だった。声をかけてきた彼女に見覚えがある。確か、隣のクラスの生徒のはずだ。


「急に失礼ではない?それに、お話なら、ここでしたらいかがかしら?」


 相手に不穏なものを感じたのであろう。ジネットは少しだけ睨むように彼女を見た。


「ジネット様、私はあなたではなく、ティアナ様にお聞きしているのですが」


「親友を心配して何が悪いのかしら」


「…」


「ティアナ、構わず帰りましょう」


 そう言って、ジネットがティアナの右腕を掴む。けれど、ティアナはその手の上に左手をそっと乗せた。こちらを見るジネットに、首を左右に振ってみせる。


「ありがとう、ジネット。でも、私、行ってくるわ」


「ティアナ!」


「大丈夫よ、お話するだけだから。…そうですよね?」


「ええ、もちろん」


 頷いた彼女は綺麗な顔で微笑んだ。


 まだ心配そうな表情を浮かべるジネットにティアナは、安心させるように笑みを浮かべる。


「心配しないで、ジネット。そうだ、お願いがあるの。もし、迎えに来ている侍女に会ったら、少しだけ遅れると伝えてくれる?」


「…」


「それじゃあ、また明日学校で」


 不満そうに口を閉じるジネットに気づかぬふりをして、ティアナはそのまま背を向けた。名前さえ思い出せない彼女について行く。


 向かった先は、校舎裏だった。そこに待っていたのはこの学校の生徒二人ともう一人。


 それはとても綺麗な人だった。


「…マリア・ベルネット様」


 思わずティアナの口から声が出る。


 部外者であるはずの彼女がどうしてここにいるのかそれはわからない。ただ、近くで見た彼女の肌は透明感があり、綺麗ともかわいいとも表現できる端正な顔立ちをしていた。


 マリアがルイスの隣に並べば本当に絵になるだろう。そんな二人を見ていたいという気持ちはわかる気がした。だからこそ、彼女たちはこうしてマリアの味方となっているのかもしれないなとティアナは思う。


「マリア様をご存じでしたか」


 そう言ったのは、伯爵家の令嬢であるクロエだ。猫目の黒髪美人である彼女がこの集団のリーダーなのだろうなと推測する。


「ええ。とても綺麗な人だと噂は何度も聞いておりますから。でも、彼女は男爵令嬢のはず。この学校は伯爵家以上の子息、令嬢が通う学校ですわ。どうして部外者の彼女が学校内にいらっしゃるの?」


「そ、そうやって、私の身分が低いからバカにするのね」


「そういうつもりではなく、ただの疑問だったのですが…そう聞こえてしまったのなら謝りますわ」


「あなたが謝ることは、もっと他にあるのではないですか?」


 クロエが睨むようにティアナを見た。その彼女の背に隠れるようにしながら、マリアがこちらを見る。


「わ、私、本当にルイス様のことが好きで、ルイス様もいつも会うと本当に嬉しそうに笑ってくれて、優しくしてくれました。言葉で確認し合うことはなかったけれど、私たちは本当に想い合っていたと思います。なのに、私が男爵令嬢だから…結婚することはできなくて…」


「…」


「この前、あなたとルイス様が二人で並んで街を歩いている姿をたまたま目撃してしまったんです。…彼の隣は、本当は私の場所なのに。そう思っていたら泣けてきてしまって…。そんなとき、クロエさんに会ったんです。そしてここに連れてきてくれました」


「そう、ですか」


「マリア様に謝ってください」


 クロエが猫目をさらにつり上げる。


「私も伯爵家の令嬢です。政略結婚には理解があるつもりです。けれど、愛し合っている二人を引き離して、自分だけ幸せになるなんて許せないんです。だから、マリア様に謝ってください」


 クロエの後ろで、マリアはその大きな目に涙を溜めた。流れるのを懸命に堪えている姿は健気だ。


 一言「すみませんでした」と頭を下げれば済む話なのだろう。彼女たちが求めているのはティアナの謝罪のみなのだから。


 けれど、ティアナは目の前の彼女たちに頭を下げる気にはならなかった。


 ティアナはルイスに助言したのだ。好きな人と一緒になればいいと。政略結婚なんかしなくても事業提供すればそれで済むと。


 それを拒んだのはルイスで、マリアではなくティアナが好きだと言ったのもルイスだ。


 だが、目の前の美しい彼女は、ルイスと想い合っていると主張する。


 そうなのかもしれない。想い合っているのはルイスとマリアで、ティアナのことはただの気まぐれなのかもしれない。


 他の女性たちとティアナの反応が違うから、そんなティアナを落としたいだけのゲームのような感覚なのかもしれない。


 けれどもしそうなら、そんな行動をルイスに取らせたマリアにふつふつと怒りが湧いてきた。


もしかして気づいたのかもしれませんが、ジネットが好きです。

そしてマヤはもっと好きです(笑)

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