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「私が…どう思っているのか、それは、正直私にもわかりません。けれど、それはルイス様には関係のないことでしょう?」
「関係ない?」
「ええ。だって、ルイス様は私と結婚するから私のことを好きになろうとしているだけじゃないですか。でも、もうそんな努力は必要ありません。どうか、好きな人と結婚する道をお選びください」
「…」
「私は、…家と領地を守ることができればそれでいいんです。私の隣に誰がいても、誰もいなくても。私は、人の幸せを奪ってまで、私の願いを叶えたいなんて、そんなの…考えたこともない」
「誰かに、そう言われた?」
周りの音が一瞬消えたような錯覚を覚える。顔を上げれば、心配しているとも怒っているともとれる表情を浮かべていた。そんなルイスにティアナは少しだけ冷静さを取り戻す。
「…貴族の令嬢ですもの。右から左に聞き流すべきだとわかっているんです。けれど、想い合っている二人を引き離すのかと…私自身も、そう思ってしまいました。ルイス様に、…幸せになって欲しいと思ってしまいました」
まっすぐ目を見てそう告げるティアナに、ルイスは小さく苦笑を見せた。
「君は男の表情を読むのが下手だね」
「…?」
「俺の幸せは君と結婚することだ。だって、俺は君が好きなんだから」
「…それは幸せではなく、義務感ですわ。あなたは私のことを好きではありません」
断言するティアナにルイスは困ったように眉を寄せた。
「辛辣だな」
「本当のことですわ。ルイス様がもしそう思っているのなら、その気持ちは好きではありません。ただ、ルイス様を好きにならない私が物珍しいだけ。少しムキになっていらっしゃるだけですわ」
「うん、確かに、最初のきっかけはそれだと思う。自分で言うのもなんだけど、家柄も良くて、顔もスタイルも女性から好意を向けられやすいものだ。そんな俺に興味がないティアナ嬢に興味を持った。今まで、俺を好きだって女の子ばっかりだったからね。…でも、今はちゃんと好きだよ」
「そんなわけありません。私に好きになる要素なんて…」
ない、そう続けようとしたティアナの言葉はルイスの近づけてきた人差し指によって止められた。唇に触れる柔らかな感触に、驚き、身体を後ろに引く。
そんなティアナの様子にルイスは小さく笑いをこぼした。
「俺の好きな人の悪口、言わないでくれる?」
「…」
「じゃあ、教えてあげるよ。俺がティアナ嬢の好きなところはね、好きな物を教えてくれないところ」
「そんなの…」
「好きなとこだよ。だって、意地悪なんかじゃなくて、強請ってるみたいで嫌だから、だろ?…他の女の子たちなら喜んで高い宝石やドレスを強請るのに、ティアナ嬢は好きなお菓子すらそうしない。まあ、俺としては本当は強請って欲しいくらいなんだけどね。でも、そういう風に、誰かに寄りかからず自分の足で立とうとするティアナ嬢が素敵だなって思うよ」
「…」
「勉強熱心なところも好きだ。俺の話を真剣に聞いてくれて、わからないところはちゃんと質問してくれる。次に会ったときには、自分でも勉強していてこの前より詳しくなっているからいつも驚いてる」
「…」
「…ねぇ、ティアナ嬢。俺は、ちゃんと君を見て、君を好きになったよ。だからさ、君もちゃんと俺を見てよ」
「私は…」
「マリア嬢と恋人なんて嘘もいいところだ。確かに綺麗な人だっていうのもわかる。何度か話したこともあるよ。でも、二人きりで会ったことすらない。ただの噂だよ。俺が好きなのはティアナ嬢だ」
「でも、」
「君の話で言えばさ、俺は好きな人と結婚したくて、ドリアス家とガイラ家の関係を強化したいと思っている。それなら俺が好きなティアナ嬢と恋愛結婚するのが一番ってことなんじゃないの?」
こちらを見るルイスの目は優しくて、嘘をついているようには思えなかった。ここで頷けば、ルイスと結婚するのは確実になるだろう。どうすればいいのか、ティアナは自分自身に問いかける。自分の中にくすぶる気持ちに名前を付けていいのか、ティアナにはわからなかった。
「…正直、少し前までは噂どおりの俺だったのかもしれない。噂みたいに貴族の令嬢に手を出すようなことはしてないけど、でも女性と何もなかったなんて言わないよ。でもそれは全部お金で解決してきた話だし、本気になったことなんて、一度もなかった」
「…」
「好きになったのはティアナ嬢が初めてだよ」
きっと、ルイスは最大限の愛を告白しているのだろう。けれど、ルイスの言葉の意味がわからないほど、ティアナは子どもではなかった。だから、想像できてしまったのだ。他の女性に触れているルイスを。
胸が締め付けられたように苦しくなる。
『だからほら、言ったじゃないか。恋なんてするもんじゃない』
そんな声が聞こえたような気がした。
「…誰か来てくれる!」
開いている扉に控えているだろう侍女を呼ぶ。すぐにマヤともう一人の侍女が現れた。
「ティアナ嬢…?」
「お呼びでしょうか」
困惑するルイスをよそに、ティアナはマヤに言いつける。
「ルイス様がお帰りになるから、お見送りをしてちょうだい」
「え?…え?」
「よろしいのですか?」
「ええ」
「承知しました。ルイス様、こちらです」
二人の侍女はルイスの傍に立ち、起立を促した。それに従うようにルイスは立ち上がったが、困惑したままの表情でティアナを見る。
「…どういうこと?」
「ルイス様、私から一つだけ教えて差し上げます。…正直になることが必ずしも良いことだとは限りませんわ」
「…」
「どうぞ、お帰りください」
「…わかったよ、そうする。お二人とも、お見送りは結構だ。一人で帰られるよ」
片手を上げ、ついて来るそぶりを見せたマヤたちを止めた。そうして、客室の扉のところまで歩く。
部屋を出る前にルイスはティアナを振り返った。
「ねぇ、ティアナ嬢、俺も一つだけ教えてあげる。俺の過去に嫉妬している時点で、君は俺のことが大好きなんだよ」
それだけ言うと、ルイスは自身の唇に手のひらを当て、それをティアナに向けた。投げられたキスが届いたかのようにティアナの鼓動は音を大きくする。
ルイスの姿が見えなくなると、ティアナは思わずソファにしなだれるように寝そべった。
「ルイス様の方が、一枚も二枚も上手ですね」
ティアナの髪を撫でながらそう言うマヤを睨みつける余裕もティアナには残されていなかった。
余分かなと思ったがどうしても書きたかった。
お金で解決できるところへの出入り。
人によって考え方まったく違うと思うな、っていう感覚を書きたかった(笑)