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 ルイスが連れてきてくれたカフェは本屋からそれほど遠くない場所にあった。カフェに行くと、一番奥の窓際の席に案内される。


 「デートだから」という理由でマヤはルイスの従者に送られ一足先に屋敷に帰された。


『責任を持って送り届けますから』


 少しだけ心配の色を示したマヤを納得させたのはルイスのこの言葉。


「シュークリームが有名なんだって。シュークリームでいい?飲み物は紅茶だよね?」


「え、ええ。はい、お願いします」


 周りに人はいるが、それでもルイスとティアナの2人きりという状況は初めてだった。ティアナの心臓はいつもより早く音を立てる。


「あ、あの、ルイス様、…お仕事はよろしいのですか?」


「うん。終わらせて来たよ。じゃないと安心してデートできないからね」


「…」


「初デートだし、終わらせるために頑張っちゃったよ」


「そ、そうですか。えっと…、…ルイス様は、どんなお仕事をされているのですか?」


「…」


「…ルイス様?」


 急に動作を止めたルイスにティアナは不思議そうに首を少しだけ傾けた。そんなティアナの様子にルイスは少しだけ恥ずかしそうに頬をかく。


「いや、ちょっと感動しちゃって」


「感動、ですか?」


「うん、初めてだから。君が俺に興味を持ってくれたの」


「え?」


「この1か月、一つも俺のことは聞かれなかったからさ。実はちょっと落ち込んでたんだよね。正直、今まで女の子と話していて、そんなことなかったからさ。でも、まあ、こういうのも新鮮でいいけど」


 確かにティアナからルイス自身のことを尋ねることはなかった。


 けれど、それは興味がないわけではなく、距離の測り方がわからなかっただけだった。そして今は、ルイスの話が面白く、聞き役に徹しているため、今までティアナからルイスのことを聞くことがなかった。それだけだった。


「そういうつもりは…」


「あ~、いいよ、気にしなくて。俺に興味ない君を落とすのもそれはそれで楽しいから」


「…」


「それで、俺の仕事だったよね?俺は、諸外国から仕入れた商品をいろんなお店に卸してるんだ。さっきまでどんな商品を仕入れるかの話し合いをしてたんだよ。ちなみに、この店のカップやお皿の多くは外国からの輸入品なんだ。その関係でオーナーとも仲良くなったんだよね」


 ルイスの言葉にティアナはじっくりと食器を眺めた。


「確かにあまり見ない物かもしれません。素敵ですね」


「だろ?」


「ええ。…他国との取引が多いから、他国の言語や事情に詳しいのですか?」


 ティアナの質問にルイスは頷いて答える。


「正解。俺はね、この国のためにも他国との交流が大切だと思っているんだ。他国の人たちが、どんな考えを持っているのか、他国ではどんなことが流行っているのか。外交とかそういう公のものではなくて、一般の商人として、他国を見ることで、それを知り、取り入れることがこの国の発展につながるって思っているんだ」


「一般の商人として、ですか」


「うん、そう。だから、他国とつながるためにこの事業を立ち上げたんだよね。輸入を通して、他国とこの国を繋ぐ仕事をしていきたいと思っているんだ」


 ルイスの口から出たのは想像していたよりももっと大きな話だった。ルイスの父、ヤニスが宰相であることを思い出す。国のことを考えるその姿勢は、王家に仕えるドリアス家として育ったからこその考えなのかもしれない。


「ドリアス家の長男が何しているんだってお叱りはよく受けるけどね、でも、俺は俺なりに努力しているつもりだし、何よりも俺が楽しいと思える仕事がしたいからさ」


「…素敵なことだと思います」


「世間的にはだめ息子だけどね」


 ルイスの言葉にティアナは首を横に振った。


「そうは思いませんわ。ルイス様はこの国を大切に思われているのですね」


「まあね」


 頷くルイスの顔は、どこか嬉しそうで、夢を語っているようでもあった。


 宰相としてではなく、別の角度からこの国の発展のために、動いているルイスをティアナは純粋に格好いいと思った。


 この人は自由に飛び回るのが一番似合うのかもしれない。


「…」


 目の前に座るルイスがあまりにも遠い人に思えて、ティアナは思わず視線を逸らした。隅の席であるにもかかわらず感じる周りからの視線に、ルイスの人気の高さを改めて感じる。


 女性関係の噂は、よく耳にしたが、どこまで本当かティアナにはわからなかった。


 けれど、1か月前から婚約者となったルイスのことは知っているつもりだった。婚約者に対して誠実で、優秀で、優しい人。それを十分に知ってしまったからこそ、隣を歩くのは自分では不釣り合いなのではないかとティアナは思う。これは、「運」で手に入れただけの婚約だ。


「ティアナ嬢、…どうかした?」


「え?」


「何か心配事がある?」


「…」


「頼りないかもしれないけど、頼ってよ。俺、君の婚約者なんだからさ」


「…なんでも。なんでも、ありませんわ」


「…そっか」


「はい」


 ティアナは自分にできる限りの笑顔を浮かべてルイスに頷いて見せた。


 顔色の変化など、気づかないでほしい。愛されているのかもしれないと勘違いしてしまうから。

恋をしてしまいそうになるから。


 けれど、もう一人の自分が告げる。この人に恋をしたら、傷つくのは自分だと。


 だって、この人は遊び人。いつか絶対に自分から離れていくのだから。追う価値がなくなったら、きっと興味を失うだろう。


 だから、好きになってはいけない。本当に結婚をするのなら、これからもずっと決してこの人に恋をしてはいけないのだ。

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