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「ティ、ティアナ様」


 学校から帰って一番に聞いたのは「お帰りなさいませ」ではなく、侍女の焦った声だった。迎えに来ていたマヤの顔を見るとマヤも不思議そうな表情を浮かべている。


「どうしたの?」


「あ、あの…その…、ル、ルイス・ドリアス様が、…ティアナ様をお待ちです」


 突然言われたその言葉にすぐに理解が追いつかなかった。


「……なんて?」


 聞き返したティアナに侍女は一度短く息を吸った。冷静さを取り戻したように先ほどよりも聞きやすい口調でもう一度告げる。


「ルイス・ドリアス様がティアナ様に会いたいと、10分ほど前にこちらにお越しです。…今は、旦那様と事業の話をされています」


「……」


「どう、なさいますか?」


 どうなさるも何も、顔を出す以外の選択肢はティアナにはなかった。自分たちは一応婚約者であり、そして、ルイスはティアナより身分が上だ。わざわざ会いに来たという婚約者を雑に扱うことはできない。


「…行くわ」


「ありがとうございます」


 感謝の言葉を言われるあたり、対応に困っていたのだろう。ため息が口からこぼれるのくらいは許してほしい。


「客室にいらっしゃるのかしら」


「はい」


 侍女に続いてティアナは足を運ぶ。ノックの後にホマンが入室の許可を出した。その言葉に従い侍女がドアを開ける。


「ティアナ嬢、おかえりなさい」


 ルイスは笑顔でティアナを見ると、小さく手を振った。ホマンも小さく「おかえり」と告げる。その2人の前には、書類が広げられていた。


「…侍女からルイス様が私に会いに来てくださったと聞きましたが、お仕事のお話をされているようなので、私は一度部屋に戻りますね」


「いや、仕事の話はもう終わった。お前に会いに来てくださったのだから、お前はここにいなさい」


「…はい」


 ホマンは立ち上がると、必要な書類を集めて小脇に抱えた。ルイスもソファから立ち上がり、ホマンに軽く頭を下げる。ホマンも頭を下げ、部屋を出て行った。開けたままの扉は父としての配慮だろうか。


「マヤ、お茶の用意を」


「承知しました」


「ティアナ嬢」


 名前を呼び、ルイスは自分の隣のソファを軽く叩いた。ティアナは近づき、叩かれた場所より少しだけ離れた場所に腰を下ろす。


「学校、お疲れ様」


 ティアナの行為には何も触れず、ルイスが笑顔でそう言った。


「事前になんの連絡もなかったので、帰ってきたらルイス様が家にいらして驚きましたわ」


「ごめん、ごめん。たまたま仕事に空き時間ができたら、会いに来ちゃったよ」


「…私が学校帰りに寄り道していたらどうするおつもりだったのですか?」


「ん?別にそれでもいいかなって思ってたよ。ホマン様と仕事の話もできたしね。ティアナ嬢と会えなくても、侍女のみなさんから、後から俺が来てたって話を聞くでしょ?そうすれば、嫌でも俺のこと考えるし、まあ、それでもいいかなって思って」


「…」


「言ったよね、俺。覚悟してねって」


「…事前に連絡してくださると助かりますわ。こちらもなるべく予定を合わせますから」


「わかったよ、なるべく連絡するようにする。ただ、仕事がいつ空くかわからないから、急に来ることもあると思うけど、それは許してね」


「お茶をお持ちしました」

 

 ティアナが頷いたと同時に、サイドワゴンを押したマヤが開いたままのドアをノックした。


「ありがとう、マヤ」


「あ、そうだ。これも一緒に食べよう?」


 ルイスが出してきたのはおいしそうなクッキーだった。包みは最近人気のお菓子屋のもの。


「甘い物、大丈夫だよね?」


「はい。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 にこりと笑うとルイスは包みをマヤに渡した。マヤは包みを開き、ワゴンに乗せてあった皿に移し替える。


「ねぇ、ティアナ嬢は学校でどんな話をしているの?何している時が楽しい?」


「え?」


「婚約者のことは知っておきたいからね」


「…そう、…ですか」


 ルイスはそう言って端正な顔に笑みを浮かべる。


 ティアナはどんな風に反応すればいいのかわからなかった。学校で仲良く話す男友達はいても、今まで恋人がいたこともなければ、婚約者もいたこともない。ルイスが纏うどこか甘い雰囲気に飲み込まれそうになっていた。


 こちらをまっすぐ見てくるルイスに、ティアナは自分の胸の鼓動が早くなるのを感じた。おそらく顔が赤くなっているだろう。


「…友人とは一緒に買い物に行ったり、おすすめの本を紹介したりしております。あと、図書館で一緒に勉強することも多いですわ」


「へぇ、勉強熱心なんだね」


「そういうわけではないですが、知らないことを学ぶのは好きです」


「ふ~ん、じゃあ、結婚してからも卒業までは学校に通ったら?」


「え?」


「ホマン様からは結婚したら学校を辞めると聞いていたけど、そんな必要ないんじゃない?」


「…よろしいのですか?」


「だって、ティアナ嬢は辞めたくないでしょ?そんな顔してる」


「でも、父が…」


「そっか、ホマン様がそうするように言ったんだね。でもさ、…結婚をしたら俺たちの問題でしょ?」


「…」


「いいんだよ。ちょっとくらいわがまま言っても。よし、そうしよう。あ、それとさ、俺も教えてあげるよ。宿題見たり、さ」


「え?」


「言っただろ?こう見えて優秀なの、俺。う~ん、そうだな、得意なのはこの国の歴史とか、情勢とか。あと、他国の言語とかも詳しいよ。それを俺が来たときに教えてあげる。宿題があれば、ヒント出したりできるよ。…どうかな?そしたら俺が来るのも楽しみにならない?」


「…」


「まあ、もちろん別のことでもいいし」


「教えて、もらいたいです」


 素直にそう告げたティアナにルイスは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「よし、決まりね。じゃあ、代わりに俺は…」


「え?」


 代わりを提示されると思っていなかったティアナは驚いた顔でルイスを見る。そんなティアナにルイスは片頬を持ち上げた。


「俺たちは対等な婚約者だよ?そりゃ、俺からの要望もあるさ」


「あの…」


「そうだな、それじゃあ、学校で流行っているものを教えてくれる?」


「え?そんなことでいいんですか?」


「そんなことって、もしかしてなんか変なことでも考えてた?」


「い、いえ」


「焦ってる顔もかわいい」


「なに、言って…」


「本当のことだよ。それに、そんなこと、でもないんだよね。年齢が近くても学生とそうでないのは大きく違うんだ。学校での出来事は俺には知りようがない。学生が今、何にはまっているのか、何を求めているのか。事業をしていると、それはとても有益な情報になるんだよ。もちろん弟にも聞いてるんだど、男性と女性とではまた違うからね」


「…承知しました。流行に疎いところがあるのですが、学友からも話を聞いておきますわ」


「ああ、そうしてくれると助かる。それと、他にもティアナ嬢のことについても教えてくれるかな?」


「それも事業で必要なのですか?」


「ううん、俺が知りたいだけ」


「え?」


「だって、好きになる人のことは知っておきたいじゃん」


 ルイスはそう言って微笑むとティーカップに口を付けた。


「この紅茶、おいしいね」


 あまりに自然に話を変えるので、ティアナはどう反応すればいいのかわからなかった。後ろに控える侍女から微笑みがこぼれている。


 けれど、ルイスは「好きな人」ではなく「好きになる人」と言ったのだ。


 努力して人を好きになることにどんな意味があるのだろうか。そう思いながら、ティアナもマヤが入れてくれた紅茶に口を付けた。


 ルイスからもらったクッキーも口に運ぶ。隠し味にレモンが入っているそれは、甘みの中に酸味があり、ほどよくおいしかった。


うん、ルイスが好きですね。

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