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久しぶりに連載書きました。
全10話で既に完結済みです!
1話は序章なので、ルイスが出ておりません。
※注意事項※
こちらは素人が趣味で書いているものになります。また、素人ゆえ、悪役でさえも登場人物すべてが可愛いのです。そのため、苦情や批判は受け付けておりません。それをご了承の上、ご覧ください。
「お前の嫁ぎ先が決まった」
それは朝食をあと少しで食べ終えるタイミングだった。ティアナは顔を上げる。食事を終えた父親は口元をナプキンで拭きながらふいに思い出したようにそう言った。
白髪交じりの髪に険しい表情、低い声。いつも領地のことを考えている厳格な父、ホマンをティアナは嫌いではなかった。
「お相手は?」
「ドリアス家だ」
ここで相手の名前ではなく家の名前が出るあたり父らしいなとティアナは思う。ホマンの隣に座る母、オリビアはどこか心配そうな表情だ。おそらく詳細は聞かされていないのだろう。
ドリアス家とは、王家の宰相を代々務める公爵家だ。たしか子息が2人おり、21歳と19歳だったとティアナは記憶している。
次男はティアナと同じ学校の最終学年に通っているはずだ。2学年上であるため詳しく知らないが、廊下ですれ違った時に見たことは何度かあった。すらっとした体型に、高身長。ブロンドの髪のよく似合う端正な顔をしており、女子生徒からの人気が高かったはずだ。
そして、長男は女遊びが激しいと噂があったように思う。次男の顔やスタイルから推測するに、長男もおそらく端正な顔をしているだろう。
伯爵であるこのガイラ家より格上であるドリアス家。格上貴族との結婚ならば、相手は相当に年上か、見た目に難があることが多い。
それなのに、ホマンが持ってきたこの話の該当者と思われる2人は適齢の年齢であり、容姿も悪くないと思われる。
こんな好条件の政略結婚をどのように結んで来たのか。そういえば、数か月前に、ガイラ家の所有する山で鉱脈らしきものが発見されたはずだ。ティアナはそこまで思い出して、やっと納得する。高位貴族との接点が欲しいガイラ家と王家を支えていくためにも今後財源となっていくだろう鉱脈の欲しいドリアス家。その双方の思惑が合致したことによる婚約なのだろう。
婚約相手はおそらく女遊びの激しい長男の方だろうなと予想を付ける。成績優秀で、真面目な性格の弟が次期当主になるともっぱらの噂だ。それならば伯爵家の娘と結婚する相手は遊び人で、家を継がない兄のはずである。
どうせ政略結婚だ。跡取りさえ作り、領地の運営がうまくいけばそれでいい。最悪ほかの女との間に子どもができたとしてもその子を養子にすれば問題ないだろう。
「日程は?」
「2日後に顔合わせ、1年間の婚約期間を経て結婚だ」
「私の卒業まではあと2年ありますが?」
「卒業する必要はない。お前は夫ともにこのガイラ家を守って行けばいい」
ガイラ家を守るということは、ティアナの結婚相手がガイラ家を継ぐということだ。つまり、婿養子。やはり家を継がない兄のほうがティアナの相手なのだろう。
「不満か?」
「…いえ」
首を横に振ったが、本音を言えば不満だった。ガイラ家に子どもはティアナしかいない。
だから、ティアナは家を守るために努力してきたつもりだ。
政略結婚に不満はない。相手がこの家の当主になることにも。けれど、自分も必死で勉強をしてきたつもりだった。それなのに、相談すらされず、学ぶことさえ奪われる。それが不満だった。
ティアナは学校が好きだ。友達とたわいないこと話す時間も、知らないことを学ぶ時間も全て。もっともっと学びたかった。けれど、ティアナにそれを告げる権利はない。
「ならいい」
そう言い残し、ホマンは席を立った。姿が完全に見えなくなってから、オリビアがティアナの隣に座り、そっと手を握る。
「本当によかったの?」
「私に選ぶ権利はありませんから」
「でも、あなたの人生よ」
母ならそう言うだろうなと歳をとってもなお美しいオリビアを見て思った。
オリビアの父親、つまりティアナの祖父は、このあたりを席巻するノーラン商会の会長である。母の家には爵位はないが金があった。そしてそんな彼女が愛したのがホマンだったのだ。父親の力を借りたからオリビアは庶民でありながら、伯爵家の長男の妻になれた。
数いる女性からオリビアは選ばれたのは。おそらくそこに「愛」はあっただろう。けれどそれ以上にオリビアにはわからない「思惑」があったはずだ。
ティアナは小さい頃から領地を守れるよう様々なものを身につけてきた。腕のいい家庭教師を雇い、領地を運営していくための知識を覚え、資金を手に入れるための経済学を学んできた。華奢な身体でも自分の身を守れるよう、武術もたしなんでいる。
まっすぐに伸ばされた長い黒髪がよく似合うオリビアに似た美しい顔。家には爵位もあり、資金もあった。それでいて美貌もある。けれどそんな利点に頼らずとも領地と領民を守れるようティアナは常に努力してきたつもりだ。
「お母様、安心してください。私、幸せになりますわ」
自分にできる最大級の笑顔をティアナはオリビアに見せた。
母のことは大好きだ。領地のことだけを考える厳格な父とは違い、まっすぐに純粋に父と自分を愛してくれるオリビアを尊敬さえしている。
けれど、領地を守って行くのならそんな純粋ではいられないということをティアナはよく知っていた。
愛を大切にするオリビアのように自分は生きられないとも思う。愛は時に、人を狂わせる。それならば、愛はいらないとティアナは思うのだ。
ティアナの笑顔に、オリビアはどこか悲しい表情を浮かべていたが、それに気づかないふりをした。オリビアの手をそっと離し、腰を持ち上る。軽く礼をし、ティアナは自室に戻った。
自室の扉を閉めた音が部屋に広がった。
「ティアナ様、大丈夫ですか?」
声をかけたのはティアナ付きのメイドであるマヤだ。自分より2歳年上のマヤをティアナは姉のように思っていた。心配が伝わる声色に、ティアナは少しだけ笑みを浮かべながら頷く。
「大丈夫よ」
「…それなら良かったです」
納得の言葉とは裏腹に眉を寄せるマヤの表情を見て、ティアナが小さく首を横に振った。
「本当よ、マヤ。政略結婚なんてわかっていたことなんだから、今更落ち込んだりしないわ」
「…わかっているつもりです。でも…ティアナ様には幸せな結婚をしていただきたいと、そう思ってしまうのです」
それは素直な言葉だった。貴族に仕える侍女としてはあまりにも無垢だ。けれど、そんなマヤだからティアナは姉のように慕っている。
「…マヤ、髪を整えてくれない?」
「…?」
突然のティアナの言葉にマヤは一瞬反応が遅れた。
「2日後に婚約者と顔合わせがあるのよ。少しでも綺麗にしたいと思って当然だわ」
「え?」
「ねぇ、マヤ、確かにこれは政略結婚よ。でも、婚約してから私が好きになることもあると思うの。同じように相手にも好きになってもらえるようにしたいから、お願い」
ティアナの言葉にマヤの表情がキラキラと輝き始める。
「そう、ですよね。はい。ティアナ様は何もしなくてももちろん綺麗ですが、それでも腕によりをかけますね。髪に艶が出る椿のオイルを用意してきますわ」
表情が明るくなったマヤはそう言うと足早にティアナの部屋から出て行った。ドアが閉まる音を耳に入れるとティアナは一つ息を吐いた。