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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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八、先零の豪帥にあうこと

 とはいえ、シーエイも零晶で借りた弓がある。

 ティナが使っていた弓であり、盗賊を倒した時に使ったものでもある。

 そのため、扱い方がわからないわけではない。


 先零の弓はわずかに硬い。

 引く力は強くなるが威力が増す。

 練習用の弓を手に取り、シーエイはそんな感想を持った。


「射っていいのか?」


 横に立つ先零の戦士ガアカに聞くと、戦士は頷いた。

 それを見るやいなや、シーエイは矢をつがえて射った。

 淀みない動きに年かさの戦士らがほおっと声をもらす。


 そして、放たれた矢はまっすぐ的の中心に突き刺さる。


 ざわり、と若者たちがうめく。

 見事という声とまぐれだという声が入り交じる。


 シーエイは矢筒から矢を抜きつがえ放った。

 その矢はまたしても的の中心、それもさきほどの矢を裂いて突き刺さった。


 もう、誰もまぐれとは言わなかった。


 シーエイはさらに矢を放つ。

 その矢も中心の、前の矢を裂いて突き刺さった。


「これ以上は矢が無駄になる」


 と、ガアカがシーエイを止めた。


「そうか?」

「客人の腕前はみなわかった」


 シーエイの呼び方がお前から客人に変わっている。


 それは気にせず、シーエイは弓を元の場所に戻す。


「いい弓だ。気持ちよく射てた」

「それはよかった」


 そこへ若い戦士が走ってきて、ガアカに耳打ちする。


「客人。豪帥が会いたいそうだ」


 来たか、とシーエイは思った。



 豪帥は羌族の首領の呼称だ。

 それぞれ羌族の中で強大な権力を持っていて、彼らが号令をかければ周辺氏族からすぐに数万の戦士が集結する。

 豪帥にその名を知られるということは羌族の中で一目置かれるということでもある。

 現在の先零の豪帥は狼凱ろうがいと言う。

 四十年ほど前に起こった羌族の大侵攻である永初の大乱において、先零の豪帥として猛威を振るった狼莫ろうばくの子である。


 狼凱は引き締まった体躯を持つ初老の男だ。

 目が大きく、口も大きい。


「零晶の族長が推薦していた。それを伝えてくれればすぐに会ったのになあ」


 と低く安心感のある第一声だった。


「いえ、私が引き留めました。申し訳ございませぬ」


 ついてきたガアカが頭を下げる。

 ガアカも威圧感のある男だが、狼凱はそれ以上の迫力を持っていた。

 気を抜いたら食われそうなほどに。


「良き弓の腕を持っているようだな。連れの娘は二、三日はかかるだろう。それまでゆっくりしていくといい」

「ありがとうございます」

「時に、なぜ君は草原に来たのかね?」


 今までの優しげな声が一転し、まるで咎めるような雰囲気を狼凱は発した。

 見えないがガアカは青い顔をしているようだ。

 動揺が伝わる。


「故郷が嫌になったからです」

「君の存在が羌に乱をもたらすかもしれないという自覚はあるかね?」


 シーエイは羌に来た。

 ならば他の漢人もまた足を踏み入れる可能性があるということだ。


「乱をもたらすも何も、それは天が決めることでしょう」


 狼に襲われた時、天はシーエイを食らわせることなく、ティナを遣わせた。

 ならば俺の道は天が決めている。

 という傲慢にも似た自負がある。

 表層には現れぬ自覚をシーエイの深い意識は持っている。

 それが、天が決めるという答えを引き出した。


 それを聞いた狼凱は面食らった顔をした。


「己に責はない、と?」

「いや、己の行動は己の責なのはわかっている。だがその大筋は天が決めることだ」

「ふうむ。それはまるで己自身が天であると言っているようではないか?」


 己の行動の大筋は天が決めている。

 ならば自身が天である。

 狼凱はそう感じたようだった。


「そうかもしれぬ」

「ふふふ。面白い。他の気難しい豪帥どもに見せてやりたくなったぞ、シーエイ」


 狼凱は名を呼んだ。

 認めた、ということだ。

 羌人以外のことを認めるのは、もちろん狼凱にとって初めてのことであり、羌族の豪帥としても珍しいことだった。


 その日はシーエイを囲んで戦士らによる酒宴が催された。

 零晶のものとはまた違う風味の馬乳酒を飲み、羊の肉を焼いて食らう。

 という豪快な酒宴は夜半まで続いた。

 シーエイもガアカや若者らと酒を酌み交わし、宴を楽しんだ。


 後からその話を聞いたティナは、ずっと許の勉強だけだったとそれはそれは恨みに思ったそうだ。


 先零の盧落にいる間、シーエイは戦士に混じり練習や武術の稽古、外に出ての狩りをしていた。

 その辺は零晶と変わりはない。

 ガアカはやはり先零の戦士長だったらしく、共に行動することは少なかった。


 三日目のことだ。


「今日は狩りに行かなくてよいぞ」


 声をかけてきたガアカにシーエイは「なぜだ?」と問う。


「そなたの弓の腕について一日考えてみたのだ」

「そうか」

「弓の師はおらぬな?」

「ああ」


 とシーエイは頷いた。

 かつて零晶で知り合ったトゥウンにも言ったが、シーエイの故郷では山中で狩りをする。

 その時に基本的な弓の使い方は教わったが、当て方はなんとなく身に付けていったのだ。


「そなたは目がいいのだと思う」

「目、とは?」

「漢の言葉でなんといったか……洞窟の奥まで見通すような意味の」

「洞察力、か?」

「そうそう、それよ。そなたはそれが抜群なのだと思う」

「物事を見通す力、か」

「弓の名手は弓手と馬手を鍛え、集中力を磨き、そして弓矢と一体になってはじめて一射神通の極意を得る。だが、そなたはその見通す目によって無意識にそれを成しているのだ」

「そんなことは考えたこともなかった」

「そこで、だ。お主に武術をいくつか教えておこうと思う」

「武術?」

「弓の腕が良すぎて、それで何事も解決してしまうだろう?だがもし、その矢を避けられ近付かれたならどうする?」


 もし、そんなことがあれば。

 肉体的にはただの若者で、何かに特化した鍛え方などしていない。

 そんなシーエイが矢を避けて近付いた相手にできることはほとんどない。


「その対処方を教えてくれる、と?」

「そのさわりだけな。何分、私もそれなりに忙しい」


 ここに来た時のようにぶらぶらと警護しているだけ、のようでガアカは確かに忙しいのだ。

 その合間を縫って、シーエイに教えてくれる時間を設けてくれたのだった。


 草原にある練習場にシーエイは連れてこられた。

 ここに来た時に弓の腕を見せた場所の近くだ。


「具体的には何を?」

「なに、小技を一つな」

「小技?」

「これを使え」


 とガアカは木剣を渡してきた。

 重さは鉄剣と同じくらいだ。

 本物の剣に慣れるための練習の道具である。


「これで殴りあいでもするのか?」

「まあ、習うより慣れよと言うからな。その剣で私の腹を突いてこい」

「腹を?痛いと思うぞ?」

「はっは、当てる気でおるな。遠慮はいらん」

「では」


 ダッとシーエイは構えながら突進し、木剣をガアカの腹へ向けて突きだした。

 それは確かにガアカの腹に吸い込まれるように突き刺さったが、その感触は空を突くように軽い。


「そこを、こう!」


 ガアカは何事も無かったように木剣を取り上げ、シーエイの目の前に拳を突きだした。


「参った……しかし、なんだ今のは?」

「気負いのない真っ直ぐな突きであった。ゆえに私に見極めやすかった」

「見極めやすい?」

「簡単に言うと、お主の考えを誘導し、そして小技で避けた、ということだ」

「誘導」


 何かが閃きそうになったシーエイは、ガアカの説明を聞きながら考えはじめた。

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