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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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四、花の夜は更けつつある

「やれ」


 無駄なことは一切言わず、盗賊の長らしき髭もじゃの男は部下に命じた。

 一人不意討ちで殺されたとはいえ、相手は子供二人だ。

 これから起こる血みどろの略奪の前祝いにちょうどいい。


 その盗賊の長の額に矢が突きたった。

 そのことを自覚する前に、長はぐるりと白目を向きどうっと倒れた。


 矢を放ったシーエイは倒れた長を見向きもせず、次の矢をつがえ、向かってくる盗賊を射ぬく。

 長が倒され、動揺している盗賊らは面白いように矢に当たる。


「ひ、怯むな。ここで退いたら飯がねえんだぞ!」


 と喚いた年かさの盗賊も額を射ぬかれ、どおっと倒れ動かなくなる。


 あっという間に十数人いた盗賊は三人を残すだけになっていた。

 その全てをシーエイが射ぬいたのだ。

 ティナは矢をつがえたまま、見ているしかできなかった。


「人を殺す場は初めてか」


 シーエイにそう言われたティナは頷きかけて、首を横に振った。


「私も、ある。殺した」


 しぼりだしたその声に、シーエイは頷き「できなかったことを悔やむ必要はない。俺はできる。それだけでしかない」と言った。


 ティナはそれでも悔しげにうつむく。


 シーエイは彼女から目を離して、残った三人を睨む。

 さて、こいつらも無謀な攻めに出るか?

 それとも。


「おおい、こちらの負けだ。見逃してくれねえかな?」


 両手をあげて、武器を持ってないことを示した生き残りの一人がそう言った。


 シーエイは矢をつがえたままの弓を、その男に向ける。


「漢人か?」

「ああ」


 生き残りの男は、二十代くらいだろう。

 鎧がまだ新しい。

 逃亡兵か?


「お前らの仲間はまだいるのか?」

「いない。俺と後ろの二人だけだ」

「羌の村を襲ってただで帰れると?」

「天祐があればいいな、と思っている」

「天のたすけ、か……」

「……」


 男は無言で手を上げ続けている。


「見逃すのか?」


 ティナが聞いてくる。


「決めかねている」

「勝ちを決めたのはお前だ。お前が決めていい」

「お前、名は?」


 シーエイはその男に名を聞く。


張済ちょうさい涼州武威郡靖遠りょうしゅうぶいぐんせいえんの出だ、とここまで言えばいいか?」

「涼州者か……。いいだろう。行け」

「本当か?」

「これ以上、ここにいると射つぞ」

「恩に着る」


 本当に助かるとわかると張済は身をひるがえして走り出した。

 生き残りの二人も後に続く。

 その二人はよく見るとシーエイよりも幼い。

 生き残りの、その中で年長の張済が命を睹したことがわかる。


 この三人が、後々零晶に逆恨みをしてくることはないか?

 その時に、自分の決断を後悔しないと言えるか?


「良いのか?今射っておけば憂いはないぞ?」


 シーエイの懊悩を見透かしたように背後から声がした。


「族長!?」


 というティナの声で、シーエイはその正体を知る。


「勝手なことをしました」

「いや、謝ることはない。そもそも、村を守ったのはそなただ。ティナの言ったとおり、行動し勝利した者が獲物の取り分を決める権利を持つ。何も問題はない」


 そう言った族長の目は、シーエイを値踏みし、そしてある程度の価値を見いだしたように見える。


「そう言ってもらえれば」

「さて、夜も更けた。花夜も最初の夜が終わる。そなたらも休みなさい」


 族長はそう言い残して去っていった。


「助かった」

「……」

「シーエイのおかげだ」

「……」

「シーエイ?」


 考え込んだシーエイに、ティナは心配そうに顔をのぞく。


「妙だな」

「妙?」

「張済たちを逃がすか迷っていた時、族長はいなかった」


 ティナの言ったとおり、と族長は言った。


「それはつまり?」

「この襲撃が起こってから、族長は駆けつけて様子をうかがっていた。あるいは」

「あるいは?」

「襲撃に感付いていたが、俺がどうするか見ていた?」


 値踏みされていたのではないか?


「考えすぎ、とは言えないか」

「ティナはそう思うか?」

「うん。花夜が危ないことはみんな知ってる。いくらここがチャンの土地だからといって、さっきみたいな漢人や飢えた狼が襲ってこないとは言いきれない。見張りくらいはいた、と思う」

「なら、あれくらいの襲撃なら簡単に退けられるとわかっていて、俺を試していたのかもな」


 シーエイは余所者だ。

 草原に疎い漢人だ。

 そのシーエイが村を守るために行動するか、見定めていたのかもしれない。


 結果は、どうなのだろう。

 問答無用に害されず、村に居ていいと認められたと言うことか。

 答えを持つ者はここにはいない。

 ただ二人の側を夜風が吹き抜けていくだけだった。



 族長の天幕には、彼の他に村の戦士が二人いた。


「漢人の斥候ではないようです。あの三人以外に生き残りはおりませなんだ」


 族長は一人の戦士の言葉に頷く。


「しかし、殺してもよかったのでは?」

「村の客分が助けると決めたのだ。いわば契約よ。わしらがそれを勝手に破るわけにはいくまい?」


 馬乳酒の杯をあおりながら族長は言う。


「客人はどうなされますか?」

「さて、どうするかのう」

「弓の腕は特級品です。漢人の弓と我らの弓は違うものですが、苦もなく射っていました」

「確かにな。あれは弓の腕前もさることながら、目がいいのじゃろう」


 シーエイが射ぬいた盗賊は十四人。

 ほとんどが一矢で絶命している。


 単純な弓の腕だけでなく、空間把握能力に長けていなければここまでの所業はなせないだろう。

 実に草原向きの才覚である。


「客分として扱うことには文句はありませぬ。ただそれ以上は」


 戦士の二人はシーエイをこのまま村に住み着かせることは望んでないようだった。

 漢人を村の中に住まわせるというのは、どうにも奇妙なことだと族長もわかっている。

 長年、漢に反抗してきた羌族としては違和感しかもたらさない。


「少し早いがティナの許になるための修行の旅の護衛としよう」

  「族長!?」


 戦士はひどく驚いたようだった。

 一つはティナをシュイにするための修行に出すこと。

 もう一つはその護衛に余所者のシーエイをつけることだ。


 シュイは氏族の要だ。

 ある意味では族長や、それより上の豪帥よりも立場は上になりうる存在だ。

 その許になるには、ティナは若すぎる。


「とはいえ、メイトーはもう先は長くない。ならば今のうちに許になる資格を得ておくのは良い手じゃよ」

「それは確かにそうです。それは仕方ない。ですが、その護衛に余所者を?」


 許は要だ。

 そして、その護衛が万一、許を死なすようなことがあれば氏族にとって一大事。

 許のいない氏族は、氏族たりえない。

 羌族として、この草原に立つことができない。

 極論すれば、許がいなくなればこの零晶という氏族は消滅してしまうのだ。

 その護衛に、漢人をつける?

 戦士は族長の考えがわからなかった。


「わしにもわからぬ。だが、あの男はただの漢人ではない。いずれは中華を支配するか、あるいは滅亡させるか。そのような天運を持つとわしは見た」

「中華がどうなろうと、我ら羌には関係ありますまい」

「いや、中華があるからこそ、その外がある。それが滅びれば否応なしに周辺の異民族はその大嵐に巻き込まれる。共に滅ぶか、滅ぼすか、はたまたそこに君臨するか。あの漢人はその大乱のどこかにいる」

「そんな……」

「まあ、それはわしの勘に過ぎぬ。どうなるかは誰にもわからぬよ。ただ、あの漢人は比較的我らに近い気質を持っておる。仲良くして損はあるまいて」


 そう言った族長は笑っていた。

 穏健に見える老人だが、やはり羌族のひとかどの人物である。

 獰猛な獣のようなその顔に歴戦の戦士たちも身震いした。


 そして運命の潮流がゆっくりと動き始めていたことを、シーエイはまだ知らなかった。

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