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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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三、花夜に語らい、そして賊来る

 零晶リーチャン族の集落は近付く冬の気配を吹き消すような騒ぎだった。

 今宵、新たな夫婦が誕生するに当たって、集落全体が祭りのようになっているのだ。


「漢の人が花夜に、零晶に滞在するのは珍しいことだ」


 と、シーエイに向かって老人が言った。


「お邪魔でしたか」

「いや、狩りに行ったティナが見出だした者だ。きっと何かの運命をもたらしたのだと私は思うよ」


 老人は、この零晶の族長らしい。

 といっても、零晶族全ての長ではないようだ。

 それぞれの部族には豪帥ごうすいという統治者がいて、その領地というか縄張りの中を部族の者たちが遊牧をして回るようだ。

 羌族全体では十を超える部族がいるらしい。

 その全てに豪帥がいるわけではないようだが、基本は羌族はそういうもの、らしい。


 宴の中心は新たに嫁ぐティナの姉のスイナの家族だ。

 同族から様々な贈り物が贈られ、その天幕に山のように積まれている。

 基本的に、この花夜は花嫁の家族の別れの宴だ。

 他の者は立ち入ることはできない。

 まあ、部族全体がお祝いする雰囲気であるため、そこかしこで宴が開かれている。


 というようなことを、シーエイは族長から教えられていた。


「俺が何の運命を持ってくるというのです?」

「さてな。私はシュイではないゆえな。人の運命など知るよしもない」


 と、族長は笑う。


 このシュイとはまじない師とか巫覡ふげきの類いだ。

 だが、その地位は高く羌族では族長と同等の立場だという。

 占いや慣習などを司り、また部族における医者の役割も担っているのだという。

 今、行われている花夜の進行や明日以降の嫁入りの様々な儀式の詳細を知っているのも許だ。


「俺の、運命……」

「まあ、婚儀の祝いは始まったばかり。三日は続くゆえ、宴も続く。食い物にも困るまい。寝るときは私の、この天幕で休むがいい。そのあとのことはそのあとに話せばよいだろう」


 さりげなく数日間の食住を保証してもらい、シーエイは頭を下げた。


 族長の言うとおり、集落のあちらこちらで宴会が開かれていた。

 シーエイは天幕と天幕の間を歩きながら、集落の形を覚えようとしていた。


「あんたがティナに狩られた客人か!さあ、うちの酒を飲んでおくれ!」


 あちこちで酒盛りが始まっており、酔った人々が騒いでいる。

 漢の濁り酒とは違った酸味の感じられる酒が出されている。

 馬の乳で作った馬乳酒のようだ。


 シーエイはそれをもらい、口に含んだ。

 特徴的な酸味な喉を流れ、獣臭い匂いが鼻に残る。

 悪くない風味だ。


「旨いな」

「だろう」


 ガハハハと笑う零晶の老人は嬉しそうだった。

 その頬には刀傷が走っている。

 彼もまた戦士なのだろう。


 そんな宴会が村の各地で開かれている。


 シーエイはあちこちに混ざりながら、零晶の人々の話を聞いたり、顔を覚えていった。

 そう過ごしているうちに、夜も更けていった。



 村の敷地の外れにシーエイはいた。

 村を背に、背からふく風を感じている。


「飲みすぎたか」


 彼女が来たのは匂いでわかった。


「ティナか。いいのか?花嫁の家族は天幕にいなければならんのだろう?」

「いいんだ。もともと姉さんと私で二人暮らしだったから。もう姉さんは家族じゃないから」


 ティナはシーエイの横に座り、寝転んだ。


 ティナと姉のスイナは、零晶の出身ではない、と聞いた。

 漢との戦に敗れた氏族の生き残り、だとも。

 零晶は比較的、羌族の中では穏健な方なので若い娘二人で頼るには最適だったろう。

 姉のスイナは村の男と婚約し、村に馴染んでいくことにしたようだ。


 そして、ティナは。


シュイになるのか?」

「……うん……族長に聞いたか?」

「まあな」


 よそ者が共同体に受け入れられるには血縁関係を結ぶか、村の役に立つことをしなければならない。

 そこで、ティナは許になることを選んだらしい。

 いや、選ぶしかなかった、とも言える。

 昼間の婚礼で見た零晶の許はかなり老齢の女性であり、これから長く許の仕事を続けていくのは難しそうだな、とシーエイは思った。


「メイトー様は後継ぎを欲しがっていた。本当は姉さんの方が良かったみたいだけどね」


 夜空を眺めながら、ティナはポツリと言う。


 シーエイが聞いた限りでは、許は村の外に出ることができないようだ。

 貴重な知識と儀式の記憶を事故や戦などで失わせることがないように。

 零晶の許であるメイトーも長い遊牧生活の間、移動時以外に外に出ることは無かったようだ。


「嫌なのか」

「嫌じゃないよ。この零晶は身寄りのない私たちによくしてくれた。生きる術もここで学んだ。生きることができた。その恩は返さなきゃならないよ」


 その辺の葛藤は、ティナの中ではもう済んでいるのだろう。

 たまたま見つけた余所者だから、後腐れのない話ができる。

 俺との関係はそれだけだろう、とシーエイは思った。


 それに、下手に許になることを拒否すると今度は姉の立場が悪くなる。

 そんなことも考えていようにも思える。


「……」

「シーエイはどうする?漢人のお前は」


 シーエイは自由だ。

 漢にも、故郷にも、掟にもとらわれない。

 逆に言えば、それらから守られないということでもある。

 今の俺はたまたま族長に気に入られただけの余所者だ。


 どうする?と聞かれて、己の前に拡がる圧倒的な自由の世界をシーエイは夢想した。


「俺は、天に己を認めさせたい」


 そう言ったシーエイの顔をまじまじと見つめて、ティナは呆けたような顔をしたあと、大笑いした。


「お前らしい」


 とも言った。


 なぜ、そのようなことを言ったのだろう。

 それは自分にもわからなかった。

 なのに、ティナは俺らしいと笑う。



 遠くから、かすかに汗の匂いがした。


 シーエイは弓をとった。


「シーエイ?」


 不思議そうなティナを横目に矢をつがえ、弦を引き、放つ。


 放たれた矢は夜の闇を突っ切って、草原に吸い込まれるように消えた。

 そして。


 ぎゃあ!?


 という悲鳴が返る。

 その時には、ティナも己の弓を持ち、矢をつがえている。


「灯りを背にして戦うぞ」

「ああ……だが、よく気付いたな」


 草原に隠れていた盗賊がぬっと姿を現す。


「こんなこともあるだろう、とは思っていた」

「だから、ここに?」

「こちらが風上だからな。気取られないで忍び寄るには向こうから来るしかない」

「……」

「なんだ?」

「いや、間抜けな漢人だとばかり思ってたから。ちょっと見直した」


 花夜の村は、盗賊にとって最高の餌だ。

 食い物は豊富にあり、酔っ払った村人はたいした抵抗もできない。


 零晶の人々が警戒していなかったのは、ここが羌の地であり、同族には襲われないと思っていたから。

 そして、他種族の者は羌族の土地には入らない。

 よほど種族全体が困窮しているならともかく、そこまで苦しんでいる種族はいないはず。

 だから、安心して花夜を楽しんでいるのだ。


「ゆえに、来るとしたら草原の掟を知らぬ漢人。それも漢の中で生きられなくなった賊だけだ」


 罪を犯した者、逃亡兵など漢帝国の中で生きられなくなった者は国の外に出るしかない。

 そして、逃げ出した先で受け入れられなければ盗賊になるしかない。

 目の前にいるのは、そうした輩の一つなのだろう。

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