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7話 あのさんがいない

理由は分かっているけど、いないことがこんなにも……

 あのさんは、自宅謹慎を真面目に守っている。


 私はクラスにいるのが怖くて、あのさんが来ない間は学校にいても、保健室で過ごす日々を送ることになった。

 生未渡くんは、学校では極力会わずに自分のクラスで過ごしてもらっている。

 なぜなら、私が生未渡くんに学年が違って、名字も違うのに妹と言われたら、周りの目を想像するだけで怖いから会わないで欲しいと頼んだ。 

 

「彩香里さん、大丈夫? 」

 

 保健室の先生は、私があのさんと出会う前のように沈んでいる姿を見て心配してくれていた。


「……」

 

 私は言葉を発さずに、保健室のあるベッドで布団を頭まで被っていた。

 カーテンの向こうで何度も声をかけてくれる先生に悪いけど、会話をする気分にもならなかった。   

 

「彩香里さんの気持ちも分かるけど、彼が今のあなたを見て何思うのかな? 」

 

「うるさい!先生に、何が分かるの?不登校にならないだけ、マシでしょ」

 

 私は先生の言葉に何か嫌な感じがして、反抗な態度を取ってしまった。

 

「そうだね。ごめんなさい。でもね、先生も彼も彩香里さんのことが大好きで心配していることは忘れないでね」

 

 先生はそういうと、カーテンの向こうから離れて自分のデスクに戻った。

 私は、先生の言葉に今度はなぜか泣けてきて、黙って泣いた。



 少ししてから、保健室のドアが音をたててと開くと聴き慣れた足音がこちらに向かってきた。

 

「彩香里ちゃん、帰るよ」

 

「……」

 

「彩香里ちゃん!生未渡くんだよ! 」


 生未渡くんは、問答無用でカーテンをシャーと開けた。

 

「えっ? 」


 私は生未渡くんを見てから、また目を閉じた。

 

「コラコラ〜!寝直さないで! 」

 

「何でいるの? 」

 

「彩香里ちゃん、熱あるんでしょ? 」

 

「えっ? 」

 

「彩香里ちゃんが荒れてるって聞いたから、心配して来たんだけど。そういうのって彩香里ちゃんは、体調が悪いときだもんね」

 

「えっ? 」

 

 私はいつの間にか寝ていたのかもあやふやで、なぜか目の前に生未渡くんに驚いていた。

 

「はい!これ体温計だから、熱を測ろうね」

 

「うん? 」

 

 私は言われるがまま、脇に体温計を挟んだ。最新の体温計なのか、数十秒でピピッと鳴った。

 

「先生!彩香里、ギリ熱出てるよ。ほら見て! 」

 

「生未渡くん、落ち着きなさい」

 

「はーい」

 

「確かに、ギリ熱だね。彩香里さん、帰りますか?それともこのまま様子を見ますか? 」

     

「帰る」

 

「分かりました。先生、今から担任の先生に電話するね」

 

「うん」

 

「あっ!先生、俺も帰るからね」

 

「本当は帰って欲しくないんだけどね。お迎えが大変かもしれないから、一緒に帰ってあげてくれるんだね」

 

「そうそう!サボろうとか思ってないからね」

 

「ハイハイ」

 

「でも、施設の方には連絡は入れますからね」

 

「ハイハイ」

 

 私は二人の会話のキャッチボールをボーとした頭で聞いてた。

 

「彩香里ちゃん、歩けそう? 」

 

「うん」

 

「分かった」

 

 保健室の先生は担任に電話をして、私が早退することや荷物を持ってきて欲しいと伝えていた。

 その間に、生未渡くんは自分の荷物を取りに教室に戻った。

 

「彩香里さん、さっきは先生が勝手なことを言ってごめんね」

 

「ううん。私の方こそ、すみません」               

 

「これで仲直りだね」

 

「はい」   

       

「彩香里さん、吐き気はない? 」

 

「はい」

 

「良かった」

 

「先生!戻りました!あっ、これ彩香里ちゃんの荷物を担任の先生からぶんどってきました」

 

「生未渡くん、言い方が悪いですよ」

 

「……ハァ、いや、事実です」

 

 生未渡くんの後ろから、ヒョコっと私の担任の先生が現れた。彼女は、若干息を切らしている。

 こっちに来る途中に、二人はバッタリとあって、「先生!これ俺が持つ〜」と、言うや否やすごい勢いで荷物を取り上げた。

 そして、すたこらサッサと立ち去ったという。担任は一瞬反応が遅れてから、すぐに追いかけたと話した。

 

「お疲れ様です」

 

「ありがとうございます」

 

 担任は、保健室の先生に礼を言うと、私と生未渡くんに向き直った。

 

「彩香里さん、施設の方に電話をしたら知り合いの方が迎えに来てくれるそうです」 

   

「彩香里ちゃん、きっと真柴タクシーのオッサンじゃない? 」

 

「たぶんそうだね」

 

 真柴タクシーのオッサンとは、私達の暮らす施設の近所にあるタクシー会社の社長さんだ。

 彼は施設に支援をするだけでは、活動はとどまらない。

 今日みたいに施設の子の迎えが必要なときに、代わりに自社のタクシーで料金は特別価格で来てくれる。

 でも施設の職員はそれでは申し訳ないと言うと、彼は明るい口調で話しだした。

 

「じゃあ、ワンコインではどうです?バスでもそれで乗れるのでいいと思いますよ。僕は子供が好きでね。あと、僕は施設出身だから大変さが分かるから。大人になったら恩返しがしたいなって、ずっと思って頑張って来たんですよ」


 少しぽっちゃりでヒゲを生やしたオジサンは、優しく言ってくれた。

 ワンコインをあとで、施設の人からもらったお小遣いで、払っている。

 料金を取るのは、なかなかタクシーを使う機会のない子供の経験になるためと言う理由もあるらしい。            


「真柴のオジサンは、優しいよね」

 

「ホントにね。経営大丈夫かって、心配になるから前に聞いたんだ」

 

『子供が心配することはないよ。大丈夫だよ。心配してくれる気持ちは嬉しいけど、まだまだ頑張るよ』

 

「って、言ってたから大丈夫だよ」

 

「うん」

 

 少ししてから、真柴のオジサンが保健室にやって来た。

 

「先生、お世話になります。では、私が責任を持ってこの子たちを送り届けます」

 

「はい、お願いします」

 

 私と生未渡くんは、真柴のオジサンに連れられて、学校から出て行った。

 そして、タクシーに乗り込んだ。

 

「彩香里ちゃん、大丈夫ですか? 」

 

「少し、しんどいかな」

 

「分かりました」

 

「生未渡くん、いつものところに救急箱があります。そこから冷えピタを取って、彩香里ちゃんに貼って上げてください」

 

「はーい!彩香里ちゃん、冷たいけど我慢してね」

 

「……うん」

 

「おりゃ! 」

 

「……」

 

「彩香里ちゃんが、これ嫌いなの知ってるけど。無言で睨みつけるのやめて……。今日は、いつもよりも機嫌が悪いね。ごめんね」

 

「……」

 

 私は黙ってコクっと頷いた。

 

「彩香里ちゃん、少しだけでも寝てくださいね」

 

「ありがとうございます」

 

「彩香里ちゃん、僕のお膝で寝る? 」

 

「……」

 

「あっ、ごめんね。嫌だね」

 

「こっち」

 

 私は生未渡くんの肩に頭を置いて、目を閉じた。

 

読んでいただき、ありがとうございます。

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