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4話 あのさんと約束?

「あのさん」 

 

「どうした、彩香里? 」 

 

「ずっと、聞きたかったことがあるのですが……」

 

「何でも答えてやるから、遠慮すんな」 

 

「あのさんは、私がパニックになって教室から出てすぐに保健室(ここ)に現れる気がするのですが。授業の途中に抜け出しても大丈夫ですか? 」

 

「大丈夫」   

 

「ホントのホントに? 」 

 

「ホントのホント」

 

「何でですか? 」  

 

「だって、授業つまんねえー。スピードも遅いし、教科書見てたら、すぐに出来るもんばっかだからな」

 

「えっ?! 」  

 

「えっ?! 」 

 

「あのさんは、天才なんですか? 」 

 

「そうだ! 」 

 

 あのさんはとても嬉しそうだった。私はまさかあのさんが、天才なのことに驚いた。

 今度のテスト期間の時に、勉強を教えてもらおうと思った。

 

「今度のテスト、教えてやろうか? 」 

 

「あのさん、天才でエスパーですか? 」 

 

「いや、彩香里の顔に書いていた」 

 

「そこは、「そうだ! 」って、言わないんですか? 」

 

「そうだ! 」

 

「アハハ!! 」 

 

 私達は、不思議な会話になったのに気づいて二人して笑った。  

 

「彩香里」

 

「はい? 」 

 

「お互いになんかあったら助け合おう。遠慮なく言い合うことにしような」 

 

「何で急に? 」  

 

「心に溜め込むの防ぐためだ。人間は溜め込んだらしんどくなるんだからな」 

 

「そうですね」 

 

 この日からお互いに何でも隠さずに話すようになった。

 でもまだ私達は、学校でしか会っていなかった。お互いの休日の過ごし方なんて知らなかった。

 

「あのさん、休日って何をしているのですか? 」

 

「朝五時からジョギングを一時間以上して、写真撮って、家に帰ってシャワーして、朝飯作って食って、写真編集をして寝るで……」  

 

「あのさん」 

 

「なんだ? 」  

 

「すごく細かく教えてくれるんですね。もっとざっくりかと」

 

「なんとなく? 」  

 

「はい」 

 

「お袋が、俺の口座に金を振り込んでくれるから、それでやりくりしてる」 

 

「主夫ですね」

 

「ある意味、そうかもな。その金で、食材買って料理してるから。で、掃除と洗濯してるから主夫だな」

 

「中学生主夫ですね」

 

「フッ、アハハ」

 

 あのさんは突然笑い出した。私は驚いて、「えっ? 」って固まってると、あのさんは笑い終わってから説明してくれた。

 

「中学生主夫って、なんかあとからジワジワと笑えてきたわ」

 

「それは良かったです」

 

「ありがとうな!笑うことはいいことだから」

 

「はい! 」

 

 あのさんの笑顔はとても素敵だった。その笑顔を見るだけで、幸せでどんな嫌なことでも忘れることが出来た。

 

「前にさぁ、両親がいるけど幸せじゃないって言ったの覚えてるか? 」

 

「はい」

 

「俺が小学校の何年生かのときまで、両親は優しくて、幸せだったんだ。なんで、それが粉々になくなったのか、覚えてない。気がついたら、親父が仕事に行かずに酒飲んで暴れて、お袋は外で夜の仕事をして稼いで、仮眠を俺がいないときにするだけでほとんど一緒にいることがない」

 

 あのさんは俯向いて、苦しそうな今にも泣き出しそう声だった。 

 

「あのさん、無理に話さなくても大丈夫ですよ」

 

「大丈夫。ただ、話したいだけだ」

 

「分かりました」  

 

「そんな生活でも救われることは二つある。俺は、料理をするときに三人分を作ってるんだけど。残りを冷蔵庫に入れると、必ずそれが無くなってること。ありがとうって言われなくても、なんか伝わってきて嬉しいんや。話すことがめったに無くなってたから、最初は捨てられたと思ってゴミ箱を見たけど捨てられてなかった」

 

 あのさんはさっきと違って、顔を上げて嬉しそうに笑っていた。

 言葉を交わさなくても、伝わるのが家族なんだと思ったら羨ましく思えた。

 自分には家族がないから、ないものねだりをしてしまう。

 

「もう一つはな、彩香里に会えることだな」

 

「えっ? 」

 

「彩香里は、優しい人だ。俺みたいな人にも普通に接してくれるし、彩香里の笑顔が好きや」

 

 あのさんは、優しくて鈍感な人。ストレートすぎる言葉に私が顔を真っ赤にすると、不思議そうにしていた。

 

「彩香里、熱ある? 」

 

「無いです」

 

「ホントか? 」

 

 あのさんはそう言いつつも、スッと手を伸ばし私の前髪を上げると、おでこに手を当てた。

 私の少し長かった前髪が上げられてあのさんの顔がより見えてそれが恥ずかしくて顔は真っ赤になったままだった。

 

「熱、無いな」

 

 あのさんの手がおでこから離れていった。私はなぜかそれが寂しいと思った。

 

「私、そう言いましたよ? 」

 

「悪い悪い」

 

「許しますよ」

 

「ありがとう」

 

 あのさんは優しくて見返りを求めない人。「俺が話したんだから、彩香里の休日のこと話せよ」と言わない。

 私のことを気遣ってくれているのが、言葉を交わさなくても伝わってきた。

 私は普通の人のように家族と暮らしていないから。

 

「彩香里は、好きなことあるか? 」

 

「好きなことですか? 」

 

「そう。俺は写真撮るのと編集が好きだな。お袋がなんかあったときのためにって、小学校のときからスマホを持たせてくれててな。スマホで撮っては、無料アプリでの編集。意外にやり出したら止まらねぇー」

 

「楽しそうですね。今度見せてください」

 

「おう! 」

 

「私の好きなことは、散歩ですね」

 

「どこに行くんだ? 」

 

「施設の周りや公園です。お金もかからないし、同じような景色でも、小さな変化を見つけるのが楽しいです」

 

「いいな。そういうの」

 

「そうですか? 」

 

「あぁ」

 

「そこにいれば、見つけてもらえる気がするんです」

 

 私は、少し小さな声でそう言った。


「……ん?」 

 

「いや、何でも無いです」    

 

「じゃあ、今度の休みに一緒に散歩するか? 」

 

「いいんですか? 」

 

「その変化を一緒に見たいし、写真を撮りたいんだ」 

 

「はい!楽しそうですね」

  

「絶対楽しいからな。ついでに、ピクニックしようぜ」

 

「でも私……」

 

「俺が作った弁当を彩香里に食べて欲しいだけだから。気にしなくていいぞ。お袋が結構金を振り込んでくれるから、意外と余裕があるんだ」

  

「分かりました。お言葉に甘えます」

 

「あぁ! 」

 

 あのさんは、キラキラと笑っていた。彼は私に気を遣わせ無いように、お金のことを言ってくれた。

 

「土曜と日曜日だったら、どっちが都合いいか? 」

 

「たぶん、日曜日なら大丈夫だとおもうのですが、一度、園長先生に聞いてみますね」

 

「そのほうがいいな」

 

「ありがとうございます。一応施設で私は年長クラスになるので、年下の子たちの世話をしないといけないので」

 

「分かった。また、明日教えろよな」

 

「はい」

 

 私はあのさんと学校の日に会えることが楽しみで、学校から帰るとすぐに園長先生に聞きに行った。

 

「そうねぇ、いつもどおり日曜日だったら大丈夫よ。そのぶん、土曜は子供たちと一緒に遊んだり、わかる範囲でいいから宿題を見てくれる? 」 

 

「はい! 」

 

「良い先輩に、出会えて良かったわね」

 

「はい!とても優しい人です」

 

「門限は六時だからね。何かあったら、すぐに連絡しなさい」

 

 この施設では、子どもたちが学校外で出かけるときに携帯を貸し出している。

 施設で暮らす子供は、心に傷を持つ子が多く、トラブルに巻き込まれやすいから。そのための防犯対策である。 

 

「分かりました」


 その時の私は早く明日になって欲しいと思った。


 そうしたら日曜日の約束が()()()にできると思っていたから。

読んでいただきありがとうございます。

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