3話 私だけの呼び方と私のこと
この日をきっかけに、私達は毎日一緒にいるようになった。
あの人は、私がパニックになるといつも黙って少し離れた距離で見守ってくれた。
「あの、そろそろ名前を教えてくれませんか? 」
「彩香里、本当は知ってるだろ?噂や先生から」
「そうですが、あなたから聞いてないので知りません」
「そうか。人を指すときにはこの・あの・そのって言うだろ」
「えっ?」
「この人・あの人・その人って感じでな」
「言いますね」
「俺のことは、あのでいいぞ」
「じゃあ、あのさんで」
「あぁ! 」
あの人ことあのさんは、とても嬉しそうにキラキラと笑っていた。
「彩香里、キツイことあったら言えよ? 」
「はい」
「はい、じゃなくてな。ホントにないか? 」
「……はい」
「あるんだな」
あのさんは、私の頭を大きなゴツゴツした手で優しくなでてくれた。
それは俺のことは気にせずに、何でも言えよというように。
「あのさんといるようになってから、いじめは少し減りました。でも、私があのさんに脅されて一緒にいるんじゃないのかと言われるようになって。生徒だけじゃなくて教師もそう言ってくるんです。そんなこと無いのに。あのさんは、私にとっての心の支えなんです」
あのさんは、私の話が終わるまで黙って聞いてくれた。聞き終わると少し考えて話してくれた。
「彩香里は、優しい子だな。俺みたいなやつは、何を言われてもなんとも思わなくなっちまったのによ。俺のことをちゃんと分かってくれるのは、お前だけだな。俺も彩香里だけが心の支えだ」
あのさんは本当に優しい人なんだと思った。また私の頭を撫でてくれた。
「いじめられていたのか? 」
「はい。小学校からですね。私、両親がいなくて今も施設で暮らしてます。みんな自分と違っていたら、それを弱みだと思っていじめてくるんですよね。私は、パニックみたいになって泣くから、泣き虫って言わるんです」
「本当に、みんな酷いよな。俺には両親はいるけど、毎日幸せじゃねえー。俺の目つきや口が悪いからって、何もしてい無いのに悪者扱いは、本当はイヤなんだけどな」
私達はいつも保健室で、机の端々やベッドとそれの近くに置いた椅子とほんの少し距離が空いていた。
あのさんは全部私に気を使ってくれている。私が言い終わるまで何も言わずに黙って聞いてくれ、パニックになれば人払いをする。
これもまた何も言わずに黙って少し離れて見守ってくれる。
あのさんは優しい人、ホントに優しい人。私に親がいなくて、施設暮らしのことを聞くとたいていの人は「ごめん」と謝ってくる。
それは私にとって嫌ことだった。だって私にはもう普通のことなのに、生きてる世界が違うと言われてるような気がしたから。
あのさんは、謝るどころか自分のことを話してくれた。重い話でも、私はなんだかそれが嬉しかった。
それはあのさんのことが少し知れたのだから。
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