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第37話 最期の約束は会えるための希望に

 私はもうこの世から、さよならをしようと思う。部屋も無事に引き払い、最低限の貴重品とお守りをショルダーバッグにつめる。

 そして、あのさんにもらった青いとんぼ玉のネックレスをして、彼のもとへと歩いていく。

 

 

「あのさん、お久しぶりです」

 

 ここは、あのさんの生まれ故郷にあるお寺のお墓だ。

 彼が亡くなってから、ここに会いに行こうとしても出来なくて立ち止まってしまう。

 もうこれでここに来るのは、最初で最期だと思えば、いともたやすく参ることができた。

 

「ここは暑いです。そちらは涼しいですか? 」

 

 お墓に水をかけながら冗談ぽく言っても、当然返答なんてない。

 

「あのさん、すみません。いや、あのさんときさきさん、私は料理以外で火の扱いが怖いのでお線香あげれません。優しい人たちですから、許してくれると勝手に思います」

 

 あのさんが生きていたら、「本当に勝手だな」と呆れるように笑っていたに違いない。

 

「その代わりに、きれいなお花とお好きな豆大福を持ってきましたから、許してくださいね。あっ、掃除もしますよ」 

 

 私は手を合わせ拝む。そして、心の中で勝手にあのさんに語りかける。

 

「あのさん、これから私がすることを許してくれなくて構いません。私はもうあのさんのいないこの世界で、生きることが出来ません。あのさんが悪いんですよ?最初の約束を守らずに、逝ってしまったから」

 

 もし目の前にあのさんがいるなら、きっと哀しい表情をしているのだろう。

 

「でも、褒めてくださいね。あのさんの後を直ぐに追わなかったことを」

 

 本当ならあのさんが亡くなった日に、後を追って死んでいた。

 でも、できなかった。だって、気持ちの在庫整理とあのさんのお父さん(明日歌さん)の言葉で踏みとどまったから。

 

『彩香里ちゃんは、うちの子と同じ高校を受験するんだね。あの子から君は頭が悪いけど同じ高校に行くために猛勉強してるんだって嬉しいそうに言ってたんだ。だから頑張ってね』

 

「あのさんの願いを叶えました。今度は私の自分の願いを叶える番なんです」

 

 あのさんは「ひねくれてるな」と言って、私の眉間にデコピンを一つするのだろう。

 

 でも、私はもう生きるのが辛いんだ。

 

 ふと、少し離れたところから聴き慣れた声がした。それが、だんだんとこっちに近づいてくる。

 

「晴れて良かったね」

 

「そうだな。明日歌の体調も良いから安心だ」

 

「うん。だって今日はあの子の月命日だからね」

 

「あぁ……」 

 

 そうこの日は、あのさんの月命日。だからこの日を選んだ。

 本当は命日にしたかったけど、お墓に行ったときに鉢合わせをする人が多い気がしたからやめた。

 

 私は二人に会わないように、急いでその場をあとにする。でも誰かの視線を一瞬だけ感じた。

 

「あれ? 」

 

「どうした? 」

 

「これ、あの子が好きな豆大福だ」

 

「本当だな」

 

「それに誰かが掃除もしてくれたみたいだね。お花がきれいだね」

 

「そんなに時間は立ってないようだな」

 

「本当だね」

 

         

 私はあのさんのお墓でお参りを済ませると、また道を歩く。別に行き先も死に方も決まってない。この暑さなら、熱中症で倒れてもいいなと思ったりもした。でも、助かる可能性があるか。

 

「暑い」

 

 今日は今年の最高気温だとか、管理者の人が言ってた気がする。本能に逆らうことが出来ずに、自販機でナタデココが入った白ブドウのジュースを買った。

 

「生き返る」

 

 オッサンみたいなセリフだけど、本当にそう思ったから。歩くこと三十分して、やっと駅が見えてきた。

 また電車を使って、とりあえずこの土地からかなり離れたところまで行く。そして私が知らない場所で、誰も私を知らないところまで行こう。

 終着駅までの片道切符を買って、電車に乗り込んだ。やっと涼しい場所にいると気が緩んだ。

 帽子は被っていても暑いものは暑いし、今この電車には私しかいない。

 

 

「……さん、お客さん、起きてください」

 

「えっ? 」

 

「終着駅ですよ」

 

「もうですか? 」

 

「はい、今はあなたしかいません。ご下車して下らさないと困ります」

 

「あっ、すみません」

 

 私はいつの間にか、眠ってしまっていたようだ。駅員さんに起こされ、慌てて電車を降りホームを走り改札を出た。

 

「もう夕方なのに、まだ明るい」

 

 行く宛のない私は、当然宿に泊まるお金なんて持っていなかった。また、私は目的地もなしに歩き出す。

 

 いつの間にか、住宅街にある公園の横を歩いていたようだ。子どもたちのにぎやかな声が辺りに響いている。なんだか懐かしく思えた。

 だって、私が昔いた施設の横にも公園があって、みんなで暗くなるまで遊んでいたから。

 早く帰ってこいって園長先生に怒られたっけ。

 


 この道路は白い線を引いてるだけで、歩行者と車と別れているけど危ない道だ。自転車のマナーが悪く、普通に道の真ん中で漕いでる人もいる。車通りもあるから気をつけないといけない。

 私は、公園で追いかけっこをする子たちをフェンス越しに眺めた。


 前方から一台のバイクがエンジン音とともに、こちらにやって来たその時だ。子供が公園の入口から飛び出した。


 親たちの声とブレーキの音、そして辺りには衝撃音が辺りに響く。


 

 私は子供を助けるために、気がついたら道路に飛び出していた。

 

「だ……じ……です……か?! 」

 

 誰かが、私に呼びかける。私は薄れゆく意識の中で聞こえたもう一つの声は、助けた子供だろうか、その子は元気に泣いていた。


 そして、私は目を閉じた。

 もうこのときはすでに、はっきりとは見えなくて、痛みも感じなくなっていた。 

 最期に見たのはあのさんからもらった青いとんぼ玉とビーズのネックレスで、それがキラキラと輝いていた気がする。

 

 

 

 

「怒られるかな? 」

 

 私は目を覚ますと、辺り一面に花が咲いていた。そこに私は立って呟いた。

 ここはきれいでどこまでも花と青空が広がっている。

 そして、私はもう生きるのをやめたんだと思った。こうなることに後悔なんて、絶対にないから笑った。

 

 

 

「誰が怒るんだって? 」

 

「あれ?幻聴まで聴こえる」

 

「彩香里、俺を忘れたのか」

 

「えっ? 」

 

 後ろを振り返ると、会いたかった人がスマホを持って立っていた。

 

「あのさん!! 」

 

 あの卒業式と同じように、カシャッカシャッとスマホからシャッターの音が響く。

 

「良いのが撮れた」

 

 私は嬉しさと恥ずかしさで、顔を手で隠そうとして途中でやめた。あのさんの顔が見たかったから。

 

「こっちのカメラでも撮るぞ」 

 

 あのさんはかすみ先生からもらった一眼レフカメラで、また私をカシャッカシャッと撮る。あのさんは嬉しそうに笑う。あのころと変わらない。


「良いのが撮れた」


 あのさんは、またそう言って画像を見た。その後に、カメラをしまった。カメラ越しじゃないあのさんを見て、私のテンションはかなり上がった。

 

「あのさん!あのさんだ、あのさんだ……」

 

 私はいつかのようにあのさんに飛びついた。その拍子にあのさんはバランスを崩し、一緒に花畑に倒れる。

 

「ん?彩香里、どうした? 」

 

「あのさん」

 

「ん? 」 

 

「あのさんに、会いたかったです! 」      

 

「俺も会いたかった。お揃いだな」

 

「はい! 」

 

「でも、こんなに早く会えるなんて思わなかった……」

 

「ごめんなさい」

 

「彩香里は、謝るな」

 

「前も言ってましたね」

 

「そうか? 」

 

「はい」

 

 二人でクスクスと笑い、あのさんは起き上がり私に膝枕をしてくれる。お互いの顔を見たかったから。前よりも距離感が近くなったと思って嬉しかった。 

 時々、あのさんは私の頭を優しく撫でながら話し出した。

 

「彩香里が、俺の後を追って自ら逝こうとした時は、ホントにハラハラした」

 

「見てたんですね」

 

「見てたよ。でも、そうじゃなくて良かった」

 

「はい」

 

「俺と同じだから怒らないぞ」

 

「ホントですか? 」

 

「ホントだ」

 

「ホントのホント? 」

 

「ホントのホントだ。彩香里はこれ好きだな」                 

       

「はい! 」

 

 生きていた頃と変わらずに、また二人で笑った。

 

「彩香里は、ホントにうちの高校に通っていたんだな」

 

「そうですよ。あのさん……と生未渡くんからもらったお守りのおかげです」


「そうか! 」

 

 あのさんは嬉しそうに笑う。


 私は立ち上がり、いつの間にか着ていた制服でくるりと一回転をした。その時、首元の青いとんぼ玉のネックレスが輝いていた。

 

「それ、いつもしてるんだな」

 

「青いとんぼ玉のネックレスですか? 」

 

「そうだ」

 

「これをしてると、あのさんが近くにいるって想えるんですよ」

 

「そっか……」

 

 あのさんは下を向き哀しそうに言った。私はそれを飛ばすように笑顔になって、ホントに言いたかったことを言ってみた。     

 

「やっと、出来ました! 」

 

「何が? 」

 

「あのさんと一緒に、高校の制服を着るのがですよ! 」

 

「そっか! 」

 

 あのさんも私と同じように、いつの間にか制服を着ていた。

 あのさんは、また同じ学校の制服着れていることを私と同じだとを言って喜んだ。

  

「あのさん、お名前を教えて下さい」

 

「約束してたんもな。今度、会ったら教えるって」

 

「はい」

 

「俺の名前は……」

 

 私はあのさんから名前を聞き、一度呼んでみたけど違和感でしかなかった。

 

「今まで通り、あのさんって言っていいからな」

 

「はい! 」

 

 私とあのさんは、会えなくなってからのことを笑ったり泣いたりと、生きていた時と変わらずに話した。

 

「あのさん」

 

「ん? 」  

 

「あのさん、私、生きるのやめました。それは、あのさんに会うためです」             

読んでいただき、ありがとうございます。次回は最終話となっております。

最後まで読んでいただけると嬉しく思います。

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