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第32話 家族の形

 夏休みの旅行も明日で終わりだ。二度ハプニングがあったけど。有意義だった。

 

「ご飯食べたから、お墓参りに行こうか」

 

 明日歌さんは静かな声で言った。

 

「そうだな。きさきのことだ。暑いから早く水かけろーって怒鳴ってる」

 

「それは、ありえるな。お袋ならしそうだな」

 

「きさきは、暑いの苦手だからね」

 

「ジイさんも行くか? 」

 

「ワシはいつでも行けるからええわ。今回は、なかなか行けない子らが行くべきじゃ」

 

「そうだな」

 

「彩香里たちも、来たらいいからな」

 

「いいの? 」


 私よりも先に生未渡くんが反応した。

 

「鶴ケ谷も彩香里も、俺のお袋にとっても大切な人には変わりないんだ。ほんの少しだけ会ったからって、遠慮するなよ。お見舞いら葬式にも来たんだから」

 

「生未渡くん、言葉に甘えよう? 」

 

「そうだね!彩香里ちゃん、行こう」

 

「鶴ケ谷は、疲れるな」

 

「えっ、何が? 」

 

「俺と彩香里で態度変えているのがな」

 

 生未渡くんは一瞬驚いた顔をした。

 

「……アハハッ、バレた? 」  

 

「バレッバレ」

 

「そんなに? 」

 

 二人は、笑う。

 

「お線香に……とどら焼きと豆大福持ったっと……」

 

「親父」 

 

「どうしたの? 」    

 

「お線香を持っていくのは分かるけど。何でどら焼きと豆大福が今あるんだ?昨日食べただろ」

 

「実はね、きさきはどっちも好きなんだよ。それにね、こっそり取っておいてたんだ」

 

「俺だけじゃなかったのか? 」

 

「そうだよ。きさきが豆大福を食べてたら、まだ幼い君が物欲しそうにキラキラした目をしてね。きさきが渋々渡すと、おしいそうに食べるんだ。その顔が堪らなくて、きさきはより豆大福が大好きになったんだよ」   

 

 あのさんは、みんながいない方を向いて肩が震わせてしゃがみこんでいた。

 

「あのさん! 」

 

 私はあのさんの手を握って引っ張って立たした。そのまま、みんなから離れた部屋への連れ出す。

 驚くあのさんも、どこか安心したような明日歌さもを知らないフリをする。

 きっと、あのさん感情を分かっていたからだろう。

 

「あのさん、ここは誰もいません。私以外にはあのさんだけです」

 

 あのさんは、消えそうな声でありがとうを言った。そして、静かに涙を流した。私はポケットに入っていたハンカチとティッシュをあのさんに渡した。


 

 ノックとともに明日歌さんと達音さんが現れた。

 

「大丈夫? 」

 

「うん」

 

「はい」

 

「俺が墓のとこで豆大福食べたら。お袋、喜ぶかな……」      

 

「喜ぶかもだけど。まだアタシの食うのかって怒るんじゃないかな」

 

「あ〜そうかもな」 

   

「きさきなら、あり得るな」 

 

 今亡き彼女を想い、笑う三人。そして、私たちはをみんなの所に戻った。

 

「じゃあ、行こう! 」

 

「明日歌、今から行くところのテンションじゃないだろ」

 

「まぁ、いいじゃん! 」

 

「ハァー、勝手にしろ」

 

 明日歌さんと達音さんは、真逆のようでそうじゃないまるで磁石のような二人。

 

「親父と達音さんは、磁石だからな」

 

「あっ! 」

 

「ん?彩香里? 」

 

「私もそう思いました」

 

「そうか! 」

 

 あのさんは嬉しそうに笑う。

 

「ねぇ、聞いてもいい? 」 

 

「鶴ケ谷? 」

 

「何でお前は、おじになる達音さんのことを名前で呼ぶの? 」

 

「あ……それは……」

 

 あのさんは、さっきの顔からみるみると怯えてる。

 

「生未渡くん、それはね達音が悪いんだよ」

 

「そうなの? 」

 

「うん。この子がまだ小さくてよく喋れるようになったときに、「おじさん!」って、呼んだんだよね。そうしたら、達音がガンをつけてドスの利いた声で「今、何て呼んだ? 」って。それはそれはこの子は怯えておも……をするぐらいでね」

 

「親父」

 

 あのさんは、明日歌さんを睨みつける。まさか自分の失態をみんなの前でほとんど言われたのだから。

 

「ごめんね」

 

「……」

 

「それは達音さんが悪いね」

 

「でしょ!それで達音はびっくりして、小さい声で優しく「達音さんって呼べよ」って言うんだ。これがまたかわ……痛っ!! 」    

 

 明日歌さんは、隣に座る達音さんに何かされたのかもしれない。      

             

「達音、つねらないで!赤くなってる!痛い!!やめて!! 」

 

「そんだけ、しゃべれるならまだ余裕だな? 」

 

「ええ〜、しゃべりで痛みを誤魔化してるのに! 」

 

「だからコイツは達音さんに怯えるし、それから達音さん呼びなんだね。そういうことなのかな? 」

 

 生未渡くんはなぜか私に聞いてくる。

 

「私と達音さんが初めてあった時も、自分から『達音さん』って呼んでって言われたよ」

 

「なるほど」

 

「えっ?何が? 」

 

「アイツが達音さんと会ったのは小さい時でしょ。その時は達音さんは若かったし、きさきさんと明日歌さんと同い年だからおじさんは嫌だったんだよきっとね」

 

「生未渡くん、()()()は余計だ」

 

「ごめんなさい。で、今も気持ちは変わらないんだね」

 

「生未渡くん、後で話をしようか」

 

「なんの話? 」

 

「……とぼけんじゃねぇよ? 」

 

「達音、抑えて。生未渡くんはまだ子供だよ。手を出したら、達音を誰も庇わないからね」 

 

「明日歌、それは酷くないか? 」

 

「そう? 」

 

「ハァー。今回は、おこちゃまに甘えて話をしないことにする。でもな、今度いい加減なこと言ったら分かってるな? 」

 

「は~い」

 

 生未渡くんは分かってるのか、どうか分からない反応をする。そして彼は、ふらっと居間から出ていく。

 

「き生未渡くん!? 」

 

「鶴ケ谷」               

 

 生未渡くんの行動に私たちは驚いた。私は、生未渡くんを追いかけようとした。

 

「彩香里ちゃん、行くならもう少し後にしてあげなさい」

 

 オジイさんは、優しく言った。

 

「分かりました」

 

「生未渡くんは、家族の存在憧れてるんじゃ。言い方は悪いが彩香里ちゃんと生未渡くんのような子たちは、血の繋がりのある家族と長いこと暮らしておらん」


 オジイさんは私を気遣ってくれる。


「さっきのこの子と達音のような小さい時の思い出も、家族に対する呼び方をあまりしてないんじゃろう。だから、憧れてる。さっきの生未渡は、それを隠すために出た表現だと思うんじゃ」

 

 オジイさんは私の目を真っ直ぐ見つめる。それに合わせて他のみんなも私に視線を向ける。

 

「そうですね。生未渡くんは、私よりも前に施設に入ったって聞きました。彼は実の親を親の役割で呼びたい。でもそう出来ない自分に苦しんでるんです。だいたいの人はお父さんやお母さんや名前で呼ぶって人もいます。おじさんやおばさんは、名前呼びでいいとは思います。でも、うまく言えないんですけど、そうじゃないっていうか……」

 

「彩香里ちゃん、大丈夫じゃ! 」

 

 私はどう言ったらいいのか分からなくて、言葉に詰まってしまった。

 でもオジイさんは明るく言ってくれたので、ホッとした。     

 

「何度も言うが、生未渡は家族が羨ましい。この子が達を「達音」と名前で呼ぶ。家族がいるから親戚での呼び方でしたらいいのに、それをしないのが変なんじゃろうな」

 

 オジイさんなりに、私の言葉を代弁してくれた。

 

「達音にとってのオジさんはオッサン扱いされてるように感じるんだよね。僕はまだまだ若いって思ってるんだと思ってるんだ」

 

 明日歌さんは、達音の気持ちを代弁した。

 

「ややこしいですよね。オジさんと伯父さんの違いが……」  

 

「彩香里さん、ありがとう」

 

 言葉に詰まる私に、達音さんは礼を言った。たぶん私なりのフォローを分かってくれたのだろう。

 

 少ししてから、生未渡くんが縁側から戻ってきた。

 

「えっ?生未渡くん何でびしょ濡れなの? 」

 

「裏庭の池を見てたら、足が滑って落ちて苔臭くなって。庭のホースで水を浴びたらこうなっちゃった。アハハッ!」

  

「えっ?鶴ケ谷、おっちょこちょいなのか? 」 

 

「お前の顔でそれ言うのなんか面白いね」

 

「ハァ?」


「二人共やめてください。生未渡くんとりあえずバスタオル借りたから。これで拭いて」

 

「うん、分かった」

 

 生未渡くんは、涙を隠すためにびしょ濡れになったのかもしれない。

 なぜか私はそう思った。 でも、この家には池はあったのかな。

 

「生未渡、夏だからって甘く見るんじゃない。風邪をひくから早く風呂に入りなさい」

 

「わかったよ、オジイちゃん」

 

 生未渡くんは笑い、バスタオルで身体を拭いて縁側から上がった。

 そして離れに向かい、服を取って風呂場に行った。

 

 

 生未渡くんがお風呂から上がってから、私たちはきさきさんが眠るお墓に参りに車で行った。

 この寺ではプラスティックのバケツとひしゃくを貸し出している。水道の蛇口をひねり、ドバドバと暑さに熱された水がバケツに溜まる。

 それを明日歌が力を入れて持とうとするのを、必死にあのさんと達音さんが止めた。

 

「明日歌は、お供物とバケツ以外の道具を持て。僕がバケツを持つから」

 

「え〜」

 

「そんな、おこちゃまな顔をするな」

 

「はいはい」

 

「変に話を終わらすのやめろ。もういい、さっさと行くぞ」     

 

 達音さんは水が入った重いバケツを軽々と持って、ホントにさっさと歩き出した。

 私はあまり行ったことのないお墓は、まるで迷路のように感じた。

 

「彩香里、ここはお墓の数が多いから通り道が狭いし、複雑だからゆっくりでいいから一緒に行くぞ」

 

「お前、何カッコづけてんの? 」 

 

 なぜかバケツとひしゃくを持った生未渡くんがひょこっと横から現れた。

 

「うるさい」          

 

 生未渡くんに言われて、あのさんの顔と耳は紅くなった。暑いからなのか、恥ずかしくなったのからなのかその理由は分からない。

 

「ほら、三人とも早くおいで。達音が一人で始めてしまう前にね」

 

「「「はーい」」」

 

 少し離れたところで明日歌さんに呼ばれ、私たちは駆け足で追いかけた。 

 

「ここに、お袋がいる」

 

 あのさんは、少し震える声で呟くように言った。私よりも少し前にいるから、表情は見えなかった。

 たぶん、まだ現実を受け容れないのだろう。私と違い、十五年近く一緒に暮らした母親が突然の病で亡くなったのだから。

 

「こーら。そんな顔をしてたらきさきに怒られて、顔を横にビョーンって伸ばされるよ」 

 

 明日歌さんが、優しくあのさんの背中をポンっと叩き茶化すように元気づける。

 

「そうだな。お袋ならやりかねないな」 

 

 あのさんは笑った。それを見た明日歌さんも達音さんも笑った。

 

「まぁ、見ての通りお墓はきれいだ。ジイさんたちが念入りに掃除をしてくれてるからな」 

 

「そうだね。ありがたいね」

 

「彩香里ちゃんと水をかけてやってくれ」 

 

「分かった」 

 

 達音さんはバケツを生未渡くんはひしゃくをあのさんに渡した。私たちがお墓に水をかけて終わると、ふと生未渡くんの姿が見えなくなった。 

 

「あれ?生未渡くんはどこに行ったですか? 」 

 

「明日歌と一緒にもう一つのお墓に行ったよ。僕が頼んだんだ。中途半端だと思うが、これにも理由があるんだ」 

    

 達音さんはその理由をチャッカマンでお線香に火をつけながら、私とあのさんに教えてくれた。

 明日歌さんの両親が火事ではないが、家に放火をされた日に亡くなった。

 家が燃えていくのを見て、ショックで倒れた明日歌さんの為に急いで帰った時に交通事故に遭った。

 それから、明日歌さんの中では火で何が燃えてるのに恐怖感じるようになった。

 

「ホントなら明日歌のご両親のお墓にも、お線香に火をつけるべきなんだがな。明日歌が怖がるし、直接的ではないが火事で三人の運命が変わったから。それをしたくないんだ。たとえ、弔いだとしてもな」 

 

 達音さんは大切な心友を思って、泣きそうな顔を一瞬していた。

 

「あぁ……だから俺の家はガスコンロじゃないんだな」 

 

「そうだな。燃えるものは極力少なくしてるからな」 

 

 達音さんは、チャッカマンだけは自分のカバンの中に入れていた。

 

「お墓に手を合わせるのは血縁者順だからな。今は明日歌がいない。僕のあとは分かってるよな? 」  

 

「俺だろ」 

 

「そうだな」 

 

 達音さんは目を閉じて、手を合わせてきさきさんを想った。少ししてから目を開けて、あのさんの肩にポンと手を置いた。

 あのさんは頷き、達音さんにならって同じことをした。そして次はどうしようかなった時に、少し離れたところから二人分の足音が聞こえた。

 

「次は俺の番かな」

 

「ちょうど来たな」  

 

「うん」

 

 明日歌さんと生未渡くんが戻ってきた。

 

「あっ、豆大福とどら焼き置き忘れてたね。ごめんね、きさき、許してくれる。そうか、ありがとう」 

 

 明日歌さんはきさきさんに語りかけて、また順番に彼女を想った。 

 

「じゃあ、俺の両親のとこに行こうか。生未渡くんは2回目だけどね」 

 

「お前な、コンビニに行くノリで言うなよな」 

 

「そうだね」 

 

 明日歌さんを先頭に、彼のご両親のお墓に行きそして参った。

 

 お墓参りの帰り道、達音さんは車でエアコンをガンガン効かせていた。

 

「死ぬほど、暑かった」 

 

「だね」 

 

 明日歌さんは、うちわで達音さんを扇いであげていた。

 

「ねっ!今更な話してもいい? 」 

 

「鶴ケ谷、突然どうした? 」 

 

「だって、今更だけど気になったからね」 

 

「なんだ、言ってみろよ」 

 

「何で、お前の両親はお互いに名前呼びで、お前は親に対する呼び方なの? 」 

 

「ホントに今更だな」 

 

 運転席と助手席に座る達音さんと明日歌さんは笑った。

 

「それはね、生未渡くん簡単な話だよ。ねっ、達音? 」 

 

「あぁ、そうだな。きさきが言ったんだよ」

 

『子供が生まれたからって呼び方変えるの面倒いし、子供には親として呼び方で呼ばれたらいいと思ってんだよね』

 

「なんか、色々すごいね」 

 

「そうだよね! 」 

 

 明日歌さんの表情は見えなくても、笑顔なのは分かった。

 

「家族はね、当たり前だけどそれぞれの形があるんだよ。生未渡くんが言ったような呼び方だったり関係性だったりね」 

 

「そうだな。僕の両親は海外で暮らしてるが、いつも心配してくれていた。きさきが亡くなった時は一時帰国をしたけど。すぐには戻ったが、ちゃんと一緒に泣いてくれたよ」 

 

「家族は、不思議なものだよ。最初は分からなかったことがあとになってね。大切なかけがえのないことを教えてくれるんだよ」 

 

 二人はきさきさんとの想い出話してくれた。そして、家族と暮らした経験が少ない私と生未渡くんのために、その存在について教えてくれた。

 

「彩香里ちゃん、いつか俺にも分かる時が来るかな? 」

 

「うん!生未渡くんなら分かるよ! 」  

 

 私はホントに素直に生未渡くんなら、家族がどんな存在なのか分かると思った。

 

「あっ、お墓の前で豆大福とどら焼きを食べるの忘れた……。お袋が怒りながらでも、喜ぶと思ってたのに……」 


「明日歌、お前の息子頭良いのに時々バカだな」


「そういうとこも、かわいいでしょ! 」


「いや、ただの食いしん坊だ。持って帰ったそれらによだれを垂らすぐらいに見てるぞ」


 達音さんはミラー越しにあのさんを見た。


「豆大福だけは食べたらダメだよ。」


「何で? 」


「きさきが食べたからだよ。どら焼きは賞味期限が大丈夫だから食べても平気だよ」


 誰も明日歌さんの前半部分には、触れようとはしなかった。そうしたらいけない気がしたから。

家族の形は、家族の分だけ違うのです。


読んでいただき、ありがとうございます。

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