11話 隠したかった気持ち
ピンポーンピンポーンピンポーン
生未渡くんはあのさんのアパートに行ってチャイムを鳴らす。
「はい」
「俺だよ」
「鶴ケ谷か」
「そうだよ」
「今、開けるからな」
「はーい! 」
あのさんはガチャガチャと鍵を開けて、生未渡くんを招き入れる。
「おじゃまします」
「声、小さくしなくていいぞ」
「えっ?お父さんは? 」
「調子がいいみたいで買い物に行ってる」
「大丈夫なの? 」
「ギャンブルはしないからな。スーパーでしか使えないカードだけ財布に突っ込んでカバンに入れてやってる。親父にはスマホとその財布ぐらいしか入れさせてないからな。あとは買って欲しい物リストだな」
「すごいね」
「親父も色々あるみたいだからな。調子良いときは、ある程度の会話が出来てな。向こうからこうして欲しいって頼まれてることをしてる。主に俺がお金の管理をしてお袋が稼ぐ。親父は療養するって、決めたからな」
「フーン」
「暴れることは減ってるから大丈夫だからな」
「別にアンタのこと、心配してないからね」
「ハイハイ」
「今日、なんでアンタの家に来たこと聞かないんだな」
「鶴ケ谷は、何で家に来たんだ? 」
「いつもの先生からお前に渡せってさ」
生未渡くんは、カバンからあのさんの担任に渡された物を取り出して渡した。
「ありがとう」
「うん」
「なんか他にも言いたいこと、あるんじゃないのか? 」
「彩香里ちゃんのことなんけどさ」
「彩香里になんかあったのか?! 」
「アンタのせいだからね! 」
「何が? 」
「何がって。彩香里ちゃんが学校に行けなくなったの! 」
「えっ?なんでもっと早く言ってくれなかったんだ? 」
「言ったら、アンタは何かしてくれるの? 」
「……それは」
「今のアンタには無理じゃん」
「……」
「アンタに出会ってから彩香里ちゃん、変わったんだ。前よりも明るくなって、学校に行くようにもなった。自分と向き合うようにもなって。それはいいことなんだけど。でも何か嫌!俺のほうがアンタよりも十年一緒にいるのに……」
生未渡くんは珍しく声を荒げた。
「鶴ケ谷? 」
「アンタのせいで、俺が知らない間に彩香里ちゃんは変わっていく。ふざけんなよ」
「鶴ケ谷」
「なんだよ? 」
「お前は、ヤキモチ焼いてんだな」
「ハァ? 」
「鶴ケ谷は彩香里と十年一緒に暮らしてるだろ」
「そうだよ」
「自分のほうが付き合いが長いのに、俺が彩香里の前に突然やってきて、変わったことが良く思えない。自分のほうがよく知っているのに、自分以外で変わっていくのが嫌なんだろ」
「うるさい! 」
「俺が彩香里と話してんのも嫌なんだろ」
「黙れよ」
「……」
「そんなのわかってんだよ! 」
「彩香里のこと好きなのか? 」
「聞くな」
「ハイハイ」
「好きに決まってる!彩香里ちゃんは、俺が最初に見つけたんだから。あの子のおかげで俺は……」
生未渡くんは下を向いて、ポタッポタッと涙を降らす。あのさんは結局言うのかという言葉を飲み込んだ。
「鶴ケ谷、ほら」
あのさんはハンカチを渡そうとしたが、生未渡くんがその手を払いのける。
「自分の持ってるからいらないよ」
「そっか」
「彩香里ちゃんをこれ以上苦しめないで」
「会うなってことか? 」
「何でそうなるんだ! 」
「いいのか? 」
「当たり前だよ。もう彩香里ちゃんを悲しませないで。隣でいてやってよ」
「分かった。鶴ケ谷ありがとう」
「フンッ」
「日曜日はどうなった? 」
「俺と行くよ」
「頼みたいことがあるんだけどいいか? 」
「なんか偉そうだね」
「鶴ケ谷さんに、頼みたいことがあります。お願いします」
「いいよ」
「ありがとうございます」
あのさんは、頼み事を生未渡くんに伝える。
「アンタと彩香里ちゃんは、それ約束してたんでしょ」
「はい」
「彩香里ちゃんと俺が公園に行くことになったけど。せめてその約束は守りたいんでしょ」
「はい」
「いいよ」
「ありがとうございます」
「一つ聞いていい? 」
「うん? 」
「アンタは彩香里ちゃんのこと、どう思ってんの? 」
「どういう意味だ」
「友情として好きなのか、異性として好きなのかってこと」
「彩香里は俺にはもったいない人って思っている」
「答えになってないよ」
「今はそれしか言えない」
「分かった。今度聞かせてもらうからね」
「……」
「俺はそろそろ帰るね」
「気をつけて帰れよ」
「はーい! 」
生未渡くんはまた明るく言って、あのさんの家を出て行った。
「彩香里ちゃんを……」
生未渡くんの声は、横を通った車の音にかき消された。
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