ある探索者のメモ
このメモを読んでいるということは、きみはもう、引き返すことができない。壁に刻んだ目印の地点を境として、直線通路がループしているからだ。嘘だと思うなら今来た道を戻ってみろ。しばらく歩けば、きみはふたたびこのメモ帳と、私の骸とを見つけるだろう。いつまで歩き続けても繰り返し見つけるだろう。私はループの内側に閉じ込められてしまって、きみがここへ踏み込む前に危険を知らせることができなかった。私の骸がきみの興味を引いたのなら、すまない。
きみは書籍の末尾で“参考文献”のページを見たことがあるだろうか?参考文献や引用文献は常に過去の文献だから、そのページを頼りに原典の原典を辿ろうとする読者は過去へ過去へと遡ってゆくわけだが、私はこう考えたことがある。もしも未来の文献を引用する書籍があったなら、未来の読者は堂々巡りに陥るのではないか、と。この通路をループさせているのも、おそらくそのような理屈に基づく魔法だろうが、罠に気づいてから私に残された時間をすべて費やしても、魔法を解く手がかりすら掴めなかった。
その代わり……と言っては何だが、迷宮の奥を可能な限り探索し、通路の構造を地図にまとめておいた。しかし見れば分かるとおり、この階層の終端はすべて下り階段だった。それぞれの階段の先にある下階の終端も、やはりすべてが下り階段で終わっている。私がそこまでで探索を打ち切ったのは、未知の通路の先に別の出口を求めてさまようよりも、すでに分かっている脱出ルートへ復帰するため、魔法の解除に注力するほうがいいと判断したからだ。だがきみには、迷宮の奥を探索するほうをおすすめする。意識の続く限り魔法を解こうとした結果が、きみの足元に横たわる骸だ。
好奇心は我々をさまざまな深淵へといざなうが、結末はいつも同じだ。迷宮の奥には、私と同じように力尽きた先人達の骸があるだろう。深層ではその者達のメモを頼れ。そして、どうしても上り階段を見つけられそうにない場合は、きみ自身がメモを残し、あとから来る者達の礎となれ。広大な迷宮の中では、ひとりの力でできることには限界がある。ひょっとしたら、この迷宮は宝物を守るためのものではなく、通路の奥がどこまで続いているか分からないという希望を逆手に取った牢獄、あるいは処刑場なのかもしれない。しかし、そうかもしれなくても、生きている限りは諦めるな。ひとりひとりが一歩でも先へ進んでおけば、いつの日か、誰かが出口を見つけられるはずだ。
さあ、灯火と食糧を無駄にするな。健闘を祈る。