8 細剣と銃と強化
鍛冶屋から出て昼食を食べた後は彩乃と別れ、俺は一人町はずれの森に来ている。指輪は彩乃に渡し魔術具にしてもらう予定だ。
ここに来た目的はスキル<強化>を使うのに慣れるためだ。魔物の居場所がわかる探知魔法のような機能があれば進行方向も決まるのだがポイントで買うことが出来なかった。ポイント不足なのではなく、購入不可だった。そんな商品ないよ、と言われた。嘘だけど。
魔物がどこにいるかわからないがここは、スキル<強化>を使うのに慣れるためにも自分で魔物探しをすることにする。
しかし失敗した。冒険者ギルドに行って依頼を受けてくれば良かった。それも今では、後の祭り。次は依頼を受けることにする。
取り敢えず、まだこの森の地図が完成していないので地図が埋まっていない部分に向けて走り出した。地図が埋まれば帰り道もわかるかもしれない。気付いたらこの森にいたのだからこの森のことを知れば帰り道を見つけることもできるだろう。入り口専用でなければの話だが。
強化を使用中は脚力がすごい。全力で踏み込んだときは死ぬかと思ったほど怖くもあった。
森で探索を始めて三〇分ほどが経過した。強化は一度で五分間しか使えない。たまにスキルを使わずに歩く。
すでに四匹のウルフと三匹のゴブリンを討伐している。森が深くなればなるほど魔物を見かけるようになっていた。
さらに前方右側にゴブリン二体、左側にも二体見つけた。
「さすがに、遠いか」
ここからでは銃は届かないだろう。今日は強化を使いこなすための訓練だ。そしてすでに四回、二〇分は強化状態で森を走っている。
そろそろ第二ラウンド。強化状態で細剣を使うときが来たかもしれない。今までは全て銃で脳天必勝を勝ち取ってきたが、細剣を振ったことは終ぞなかった。
それをしてしまえばどうなるのか、大体予想がつく。でもやる。
黒い端末を操作し<強化>と一緒に細剣スキル<高周波>を使う。そしてアイテム袋から刀身が黒い細剣を抜き取れば右側にいるゴブリンの元へ一直線に駆け出した。
数秒後、俺はゴブリンの後ろにいた。振り向けばすでにゴブリンは首を落として倒れている。死体をアイテム袋に入れ、もう一方のゴブリンの元へ走り出す。こちらは俺の存在に気付いたがゴブリンの脆弱な体では高周波を纏い身体強化した俺の剣は防げない。死体をアイテム袋に入れ、その場を去った。撤退すること風の如し。
冒険者として致命的な欠陥があったことを俺は今日知ってしまった。いや、それは元から知っていたことだった。
魔物と言えど死体を見ているのは堪える。ギルド職員のカレラさんはランクが低い冒険者こそ自分で解体までやってから素材を売る人が多いと言っていたが俺は無理そうだ。解体についてはそうそうに諦めることにする。そもそも初めからやるつもりなんてないけれど。
さらに森を進み地図を埋めていくと洞窟が見えてきた。その前にはゴブリンが多数いる。数は一六。アイテム袋から銃を出し細剣と銃を構えた。これで誰も逃がさない準備は完了、ではなかった。
銃を出しただけでは何もできない。これがこのめんどくさいところだ。俺は改めて黒い端末を操作し<強化><高周波><実弾><命中補正>を使用する。黒い端末を仕舞い、両手には武器を持ってゴブリンどものところへ向かう。こんにちは。
右側にいるゴブリンへ向けて走りながら銃で左側のゴブリンを倒していく。いくら命中補正付きだからといって全てが当たるわけではなかった。確実に数は減らせたが銃での攻撃はここで止め、細剣を持つ手に力を籠める。
「とりゃぁぁ」
右上から斜めに振り下ろし返す刀で向かってきたゴブリンを二つに分ける。左手を上げ洞窟の中に入っていこうとするゴブリンを撃つ。残り七体。足に力を入れゴブリン目掛けて細剣を振り下ろしながら進む。二体を切り裂き、一体は突きで心臓を貫いていた。
残り四…?数が増えている。洞窟の中からゴブリンどもが出てきているのだ。数は現在進行形で増加中。
「おいおい、一体どんだけいるんだよ」
近くにいたゴブリンは強化した全力の疾走で悉く切り捨てる。高周波を纏うことでさほど力を入れなくとも切れるので強化した状態ならば疲れを知らない。
既に三〇は切った。残りはざっと見、二〇体。後ろには他のゴブリンよりも体格が大きい個体が三体いるのが気になるが、その前にいるゴブリンを左から順に切っていった。
一度の突きで三体倒し、思い切り横に振って突き刺さっていたゴブリンをどかす。
そのとき、今まで後ろで待ち構えていた大きいゴブリンがこちらに走ってきた。俺は銃口をそいつの鼻上を狙って撃つ。
「ん。今の反応するの?」
今までのゴブリンより強い。先ほどの実弾も致命傷を避けられた。俺は全力で地面を踏み込みそのまま居合切り首を落とす。勢いを殺さず残りのゴブリンも剣の錆となり、残るはちょっと大きいゴブリンが二体。やつらはしばしの間を置き、洞窟内へ走り出した。
「戦いの最中に敵に背を向けるとは感心しないぞ!」
走っているゴブリン目掛けて四発実弾を撃つ。魔力で作られるこの実弾は時間制限があるものの数の制限はない。魔力に関しても黒い端末によって最適化された魔力効率では無駄なく銃弾を作ることができるのだ。けれどさすがに使いすぎたのか、体力的にくるものがある。
外にいるゴブリンは全部倒した。まだ洞窟内にいるかもしれないが今回は討伐依頼を受けたわけでもない。無駄な殺生は控えることにする。俺はアイテム袋にゴブリンをまとめて収納し町に戻ることにした。
「ちょっと血生臭いな」
今までは離れた距離から銃で倒していたので血を浴びることもなかった。今回初めて剣を使ったことでもろに血を浴びてしまった。森から出た当たりで黒い端末を操作する。
足元に白黒の光が描かれゆるりと上がっていけば黒い戦闘用の服から白い部屋着に変わる。これで汚れに関しては問題ないだろう。ただ部屋着だから外を歩くのは感心しない。血がついているものよりはだいぶマシなので着替える。それだけであった。
森を歩いたので汚れがないことを確認したあと門へ行き街に入っていった。
めっちゃ部屋着で恥ずかしいけど、臭いよりマシ。ちょっと人目が気になるけど血の匂いほどじゃない。
「それにしても、ゴブリンか。あんなに沢山いると最悪だな。滅びてしまえ」
とぼとぼと歩きながら先程の戦いを振り返っていると少し気分が悪くなり口が悪くなっていく。
「身体強化のスピードには確かに慣れたけど」
速さは戦いでとても重要なのではないかと思う。早く動けたらその分だけ離れていても助けに向かえるし逃げやすい。
「でも……うっ…」
ゴブリンが血を流して倒れている姿。腕だけ首だけ半身になって転がる光景はショッキング以外の何物でもない。
「クッソ」
思わず毒づいた。最悪な気分だ。
「冒険者か。……いつか絶対辞めーーぅっっ!!!」
急な吐き気が込み上げてきて、堪えきれずに吐いた。魔物でも生き物だ。
それが死ぬ瞬間なんて見ていられない。死んだ光景なんて地獄絵図すら超えて世界の終わりだ。
「はあ。これは、彩乃には内緒。みっともない」
本当にこの世界で生きていけるのか。二日目にしてそんな疑問が頭を過ぎる。
帰ろう、彩乃の隣に。あの子の隣なら少しはこの最悪な気分も晴れるかもしれないから。帰ろう、彩乃の側に。あの子の隣に立てば、どれだけ脆弱な虚勢でも精一杯張ることができるから。
みっともない姿は見せたくない。かっこいい姿が好きだ。
本格的な戦闘はこれが初めてですね