7 お揃いの指輪
「これとかいいんじゃない?」
彩乃は今、俺の服を楽しそうに決めている。俺一人だったら既に買い終わっているだろうが、これは彼女とのデートで彼女の買い物に付き合えるかを試されているんだ。それはつまり人としての器を試されているのと同義。ここは一緒に楽しんで買い物をすることこそが最良の選択。ならば、俺がとるべき行動は自ずと決まる。
「似合うかな?このTシャツなら向こうのパンツが良いかも。合わせてみよう」
それはつまり、この時間を全身全霊をもって楽しむということだ。この時間を俺は、彼女のためだけに生きた。こんな言い方は少し大げさに聞こえるかもしれないが、デートとはそうあるべきだと考える。
楽しくも疲れる買い物は終わった。この世界の物価は日本よりも少し安いらしく手持ちの現金だけで十分に足りた。良かった。
「次は彩乃の服を選ぶ?」
「ううん。私はいいよ。それよりも行きたいお店を見つけたの。そっちに行かない?」
お店に入ったときは買うとか言ってませんでしたっけ?いや、言うまい。
彩乃の行きたい場所とは俗にいう宝石店だった。訂正しよう。鍛冶屋だった。魔物の魔石を使った指輪やネックレスを主に扱っているらしい鍛冶屋だ。お店の中には正装をした店員がいた。
「ここが彩乃の行きたかった場所?」
「そう、市場にいた人の中で指輪とかブレスレットを付けている人がいてね。それでちょうどこのお店を見つけたから行ってみたいなって」
あの市場でそんなところに目を付けていたのか。これが男女の差なのかもしれない。いや、そんなこともないか。単純に魚がダメだったということも考えられる。だから、これは個人の差だ。でもおかしいな。彩乃は魚市場の臭いは苦手にしていたが、魚も貝類も好きだと話していた。やはりこれは個人の差なのだ。だって彩乃だから他人が身につけているものまで見ていた気がするから。
「それで、ね。もし良かったらお揃いのアクセサリーを買いたいなあ、なんて」
「お揃いって、俺と?」
「うん、昨日助けてもらったお礼。それから同郷の吉見ってことで、どうかな?」
俺とお揃いのアクセサリーを付けたいなんて言う人がいるとは、日本にいたころじゃ絶対にあり得ないことだろう。多分これは、この世界に連れてきた世界の管理者に感謝しなければならないことなのだろう。
これは完全に恋だ。私、この年になって恋を知りました。
「ありがとう、嬉しいよ。どんなアクセサリーがあるのか見てみようか」
「うん?どうしてレイがお礼を言うの?」
おっと、心の中で変なことを考えていたせいで要らぬことを言ってしまった。
「俺も彩乃とお揃いのアクセサリーがあれば嬉しいと思ってさ。それより早く見てみよう」
うん、と本当に嬉しそうに返事をし、アクセサリーを選び始める。
それを横目に先ほどからこちらを見ていた女性の店員さんに聞いてみた。
「ここのアクセサリーは魔石を使っているものもあるみたいだけど魔石を使うとなにか違うの?」
「これらは魔石で作られた魔術具の一種です。魔法を使う媒介になります」
魔法は何も使わずとも使えるものだが、初心者や魔法が苦手な人はこういった魔術具を媒介にすることで魔法が使いやすくなるのだという。光る魔術具のランプや水を出す魔術具が一般家庭でも普及しているのは誰もが使える魔術具があるかららしい。
当然のことのように話されたがもちろん、そんなことは知らなかった。
俺と店員のミレイユさんが話していると彩乃が話に入って来る。
「この魔術具ってスキルで作ることできないかな?」
俺とミレイユさんの話を聞いていたのだろう。ひそひそと俺にだけ聞こえる声で言ってきた。確かにスキルはメモに書いて提出することで買うことができる。稀に買うことができないものもあるが、試す価値はありそうだ。
「やってみる?そのスキルなら他にも使えそうだし俺は良いと思うよ」
「だよね。私まだスキルを買ったことがないからポイントはあるんだ。ちょっと買えるか試してみるね」
そういって彼女は少し離れ黒い端末を操作し始めた。店員に見られるといろいろと面倒なので黒い端末については極力見られないようにしているのだ。
暫くするとこちらへ帰ってくる。
「買えたよ。それでね、このブレスレットなんかどうかな?それともこっちの指輪の方がいいかな?」
スキルを買ったのにそれほど興味は無いのか。普通の金属で造られたアクセサリーを見せてくる。
彼女が持ってきたのは青い石を使ったプラチナブルーの指輪と魔物の毛皮と黄色い石を使ったブレスレットだ。
ミレイユさんの説明では、貴族の騎士達が魔術具の指輪を使うらしく、庶民はあまり指輪をしないらしい。
ミレイユさん自身、着けても邪魔なだけなのでは?と疑問に思うそうだ。なぜここで働く。
そういうわけもあってブレスレットの方が人気なのだと聞いた。ブレスレットの方が安価なので営業的には失敗だと思う。
「騎士が使う魔術具というのはどんな効果があるんですか?」
「…ごめんなさい。流石にそこまでは。でもね、冒険者の話なんだけど、私が知ってる限りだと防御魔法をする人がいるそうよ」
それでも、詳しいことは知らないらしいという。冒険者登録している俺たちが、冒険者ではないミレイユに聞くのもおかしな話だ。
全て黒い端末でスキルを管理された俺は魔法が使えるかもわからないので正直どっちつかずだ。なので性能ではなく見た目で判断してしまっていいと思う。
「彩乃の服は袖が長めだからブレスレットは隠れちゃうかもよ?それに青みがかった魔石が白い服にも合うんじゃないかな」
取り敢えず、思ったことを言ってみる。彼女の服は袖が長く袖口も開いている。これではせっかくのブレスレットがあまり見えないだろう。
「確かにそうね。じゃあ指輪にしようかな」
指輪を魔術具にするには追加料金がかかるがそれに関してはスキルで作ることになっているので安く済んだ。だが、さすがに彩乃が持っている現金だけでは足りなかったので残りは俺が出した。といっても本当に少しだ。
俺たちは指輪を互いに左手の中指に着ける。絆を強める愛の印だ。別に恋人というわけではないが大切な人ではある。彩乃がいなかったら俺は頑張って生きることもできない。
「似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます。レイもとても似合っててカッコいいと思う」
今までで一番顔を赤くし手で顔を隠す。そこには青い魔石の指輪が幸せそうに光った気がした。
彩乃の冒険者としての職業がスキルを買ったことにより魔術士になりました。