180. 教皇からの声がかかり、僕達は揃って顔を上げた
女神の勇者パーティのミーティング後、僕とコレットさんは宿に戻った。
聖城への宿泊許可は出てないし、荷物も宿に置いたままだし。
コレットさんは長時間緊張していたのか、もう自分のベッドに転がってぐったり伏せている。そのまますぐに寝息が聞こえて来た。
僕の方は、今日はダンジョンに潜った訳でもないし、それほど疲れていない。ので、折角だからラムダ様に質問させていただこう。
「教皇ってどんな人なんですか?」
前に立って喋るのは僕じゃないけど、ちょっとは台詞もある予定だし。
何にしても、人物像の予習は大切だからね。
〈そうですね……〉
と、少し考えるような間が開いて、ラムダ様は仰る。
〈まず、種族はご存知の通りドラゴンです。
両親共に龍王の眷属の一族で、ダンジョン産の上位種を除けば、現存する唯一の純血ドラゴンですね〉
「はい、それは伺いました。
こちらとしてはドラゴンの火力が欲しいのと、親世代が神様と直接関わっていたから、他国のトップより魔王の危険性が伝わりやすいのではないか……みたいな話ですよね」
〈ですです。良いですよ、情報は記憶してこそ利用できますからね〉
褒められた。
とはいえ、ここまでは単なる復習だ。僕は続けて質問する。
「教皇個人の好きな物とか、性格ってどんな感じです?」
〈好きな物は金貨と異種族との交配。
金貨の種類は問いませんし、純血ドラゴンは両性具有ですので交配相手の性別も問いません〉
「んんん、なるほど」
〈性格は簡単に言えば傲慢、強欲、陰湿、好色です〉
「あんまり会いたくないんですけど」
聞く限り、人格面では良い所が1つもない気がするぞ。
何となく厄介な人だろうなとは薄々勘付いてたし、ドリルツーノ枢機卿にあれだけ嫌われていたなら、何かしら問題があるとは思ってたけど。
ラムダ様も、これでは流石に良いとこ無しの説明だったと思ったのか、
〈貯金が好きなのは経済に明るい証拠だと言いますし、交配が好きなのは生命を愛する表れかもしれませんよ〉
と、フォローのために適当なことを言い始めた。
もう少し何かないでしょうか。
〈……ええと、そうですね。
好みがはっきりしている分、上手く扱えれば対応は比較的容易だと思いますよ。
山本が女神の勇者に認められたのも、異世界人という種族の物珍しさからですので〉
人格評価は上がりませんけど、交渉相手としてはやりやすい、ということでしょうか。
僕はラムダ様にお礼を告げて、ベッドに倒れ込んだ。
今の話でドッと疲れがきたので、よく眠れると思う。
それから3日後、教皇との謁見の日。
僕とコレットさんは、この日のために用意したちょっとフォーマルな衣装に身を包み、その上に鎧等を装備する。冒険者の正装とはこういうものだ、と冒険者ギルドの礼法アドバイス担当司祭(謁見料30万G、アドバイス料10万G)が言ってた。
僕の装備はほぼ竹製なので、スーツっぽい衣装とは合わない気もするんだけど、プロが言うならそうなんだろう。
コレットさんは、僕の衣装の倍ほどの値段のドレスを纏い、ドロップアイテムやガチャアイテムをその下に装備。尻尾にはお気に入りの尾飾りを付け、竹刀と真剣の2振りを腰に差している。
普段つけている竹の手甲はドレスに合わないので、僕が預かって付けることになった。スーツにも会わないと思うし、余計に竹度が増えたね。
〈良いですね。2人共、よく似合っていますよ〉
と、ラムダ様からも合格評価をいただいたので、文化的、礼法的な問題はないはずだ。
それなら良いかということで、僕達は宿を出て聖城へ向かった。
〈そういえば、御存知でしたか? 今日は貴方達がこの世界に転移をして来て、ちょうど1周年の記念日ですよ〉
「え、そうなんですか? 今日が確か百花の月の、23日でしたっけ」
「おめでたい日ですワン?」
「おめでたさは無いかなぁ」
こっちに来てから良いことも悪いこともあったけど、記念日をお祝いするほどめでたさは無いと思う。
聖城に着いたらまっすぐ山本さん達の部屋に向かった。ミーティング兼交流会ということで、僕とコレットさんはこの3日間は毎日この部屋に通っていたので、ラムダ様のナビがなくても迷わず辿り着ける。
早めに一旦合流して、ちょうど良い時間になったら謁見の間に向かう予定だ。
「お待たせ」
「お待たせしましたですワン」
ラヴィズさんの開いたドアの奥へ案内に従って進み、部屋の中に入る。
「大丈夫、少し早いくらいよ」
そう答えた山本さんも、ドレスの上に強そうな鎧を装備している。
ラヴィズさん、コナさんはメイド服の上に武装している。
大体僕達と似たような方向性の格好だ。
「コレットちゃん、おはよ~」
「おはようございますですワン」
コレットさんとコナさんは年も近い(※実年齢4歳と2歳)からか、この数日で仲良くなった。というかコナさんがコレットさんに懐いているのかな。年下相手ということもあり、大人しく抱き着かれている。
現在ラヴィズさんとコナさんは、山本さんの従者ということになっている。プロのメイドのラヴィズさんが、コナさんにメイド心得を伝授している最中なんだとか。
コナさん曰く「手に職をつけるんです!」とのことで、僕も陰ながら応援することにした。
「そろそろ謁見の間に向かうわ」
山本さんの号令に銘々が返事をし、ぞろぞろ廊下へ向かおうとすると、そこへラヴィズさんの制止が入る。
〈津埜乃様、先頭へどうぞ。貴様は半歩下がれ〉
この人にメイド心得を教わるのも若干不安なので、コナさんにはもっと良い師匠を探してあげようと思っている。
居住エリアを抜け、行政エリアを横目に、共用エリアを通って、典礼エリアの奥の、教皇エリアへ。
教皇エリアって何だろ……と思いながらついていくと、そこは教皇エリアというか、ドラゴンエリアだった。
大体なんでもサイズが大きいんだよね。ドアとか家具とか。
謁見の間は壁をぶち抜いた華美な大部屋で、中央奥にドラゴンサイズの椅子。ずらりと並んだ兵士の人達(※すごい多い)は人間サイズの龍人だけど、部屋の奥からこちらを見下ろす教皇は、その辺の小屋よりも大きなドラゴンだった。
僕は以前もっと大きいドラゴン(の上位種)を見たことがあるので、思ったよりも小さいなぁ程度の感想。
僕の前を歩く山本さんは一瞬肩を震わせたけど、大きな反応は見せずに絨毯の上を進んだ。
隣を歩くコレットさんを横目で見ると……わりといつも通りの表情だ。
〈「山本さんの方が怖いですワン」〉
えー。だってほら、そこそこ大きいし、角の数とか5本くらいあるよ。
〈ステータスも教皇の方が高いはずなのですが〉
ラムダ様も不思議そうな反応だけど。
〈「あのドラゴンなら、逃げ回れば殺されませんですワン。山本さんは逃げても追いつかれて死にますですワン」……ああ、なるほど。それはそうでしょうね〉
よくわからないけど、相性の問題とかですかね。
ところで、後ろの2人は僕からだと見えないんですが、大丈夫でしょうか。
〈コナは多少表情は引き攣り、身体も震えていますが、まっすぐ歩けてはいますね。
ラヴィズは顔がないので表情は判りません〉
でしょうねぇ。
僕達3人がいつもの調子でのんびり話している内に、一行はそれなりの距離を歩き(何せ部屋が広いので)、山本さんが立ち止まって膝をつく。僕とコレットさん、後ろのメイド組も同じように膝をついて頭を下げる。
まだ10メートルほどは距離があるのに、教皇の鼻息がかかる。生暖かくて気持ち悪い。
っと、あ、すみませんラムダ様、ここって【読心】スキルの持ち主とかいますか……?
〈ドリルツーノがいますが、今の心境はコレットにも送っていないので問題ありませんよ〉
ドリルツーノ枢機卿もいるんですね。後で挨拶しとこう。
そんなことを考えながらぼんやり床を見つめていると。
「面を上げるゴン」
教皇からの声がかかり、僕達は揃って顔を上げた。




