111. 犬人は御嫌いですワン?
スカウトの人の話を要約すると、《雪椿の会》というのは「冬場のお金持ちの暇潰しとして、舞台や賭場を開く地域互助会」ということらしい。地域互助会とは一体……?
「お客様が来るのは夜からになるから、夕方から準備があるの。
それまで雰囲気とか見てってね。案内はこのコレットを付けるわ」
「コレットですワン。宜しくお願いしますですワン」
犬人の子、コレットさんがぺこりと頭を下げる。
服はスカウトの人と同じ、全身朱染めだ。制服なのかな?
と、不意にコレットさんがぴくりと耳を動かし、侍の人の方を窺った。
僕もそちらに視線を向けると、侍の人が眉根を寄せてコレットさんを凝視している。
「すみませんですワン。もしかして、犬人は御嫌いですワン?」
「……いや、すまぬ。純血の犬人は、この国では珍しいと思ったまで。他意はござらん」
不安そうだったコレットさんは、侍の人の言葉で安心したように笑顔を浮かべた。
ああ、言われてみれば。
商国は他種族の国だけど、純血に近い獣人は珍しいかも知れない。
王国からこっちに来る時に馬車で乗り合わせた、ネコを飼ってた猫人の人が純血っぽかったけど、後は鱗人の人が何人かいたくらいかな?
犬人や猫人は大体は別の人族……というか、人間やそれに近い姿の獣人との混血で、人間に犬耳が生えたような人とか、猫っぽいけど髪の毛が生えたような人とか、体毛はないけどマズルがある人とか、そういうのだった。
王国では純血に近い人も結構いたんだけど。人間の国だから、逆に獣人だけのコミュニティで固まっていたのかも知れない。
コレットさんはもうあれだよ、直立した犬が服を着ている感じだよ。
犬種的には何て言ったっけ、茶色いサモエドみたいなやつ。それは茶色いサモエドだなぁ。
「それでは、一通りご案内いたしますですワン!」
スカウトの人(コレットさん曰く課長らしい)と別れ、僕と侍の人はコレットさんの案内で施設内を回ることになった。
「課長さんに概要だけ聞いたんですが、これって結局どういう集まりなんです?」
「この町が観光地なのはご存知ですワン?」
「はい、ほとんど通年で花が咲くんですよね」
「そうですワン! 観光客の人も、町の人も、お花が大好きなんですワン!」
僕の質問に答えるコレットさんの尻尾が左右に揺れている。
たぶん、この人も例に漏れず花が好きなんだろう。
「でも、吹雪の月は雪でお花畑が埋まって、お花が咲かなくなってしまいますですワン。
その1ヶ月間、町の人を楽しませるために《雪椿の会》は色んな催しをしてるんですワン」
なるほど。言ってる内容は課長の人と同じだけど、言う人が違うだけで印象が変わるなぁ。
侍の人もふむふむと頷いている。
「雪に閉ざされてしまえば、何もすることはないでござるからなぁ」
「この辺の人はスキーとかソリ遊びとかしないんです?」
僕もどちらかと言えばインドア派だけど、アウトドアも好きな人は多い。
布団代わりにできるくらいふわふわの雪が毎日積もるんだし、流行りそうなものだけどな?
商国は旅行文化もあるようだから、雪の季節はそういうのでお客が呼べるかも。
「スキーですワン? ソリ遊びですワン?」
「ソリで遊ぶとは、遠乗りか何かにござるか?」
と思ったけど、どうもそういうのは無いようだ。
話を聞けば、ソリと言うとウマ系の魔物が引く馬橇か、人族が引く人橇くらいしかなく、坂を滑って遊ぶようなのは、この辺りでも侍の人の地元でも見たことがないんだとか。
そもそも、一般の人が雪原で遊んでいたら、雪に足を取られた間にオコジョやライチョウに襲われて死んでしまうらしい。
「冒険者じゃないんですし、一般人に命懸けでアクティビティを楽しむ人はいませんですワン」
「冒険者の護衛でも付けたらどうでしょう」
「護衛を付けてまで子供のような遊びをする者がいるでござろうか?」
そう言われると納得感もあるなぁ。
侍の人はオコジョ程度なら余裕で叩き切れると思うけど、あんまり興味はなさそうだ。
やれば楽しいと思うんだけど……確かに、魔物が溢れる環境じゃ間口が狭い。
大して所縁もない町を現代知識チート(?)で町興しするのも変な話なので、その内、1人でやってみることにした。
「ここが賭場ですワン!」
「おお、なかなか広いでござるな」
コレットさんに案内された賭場は、賭場というよりカジノという雰囲気の部屋だった。
「ここはどんなギャンブルがあるんです?」
「通常営業の日はカードとか、ルーレットとか、オコジョレースとかですワン」
「オコジョレース」
言われてみれば、それっぽいコースが部屋の真ん中にある。これが場所を取るから広いのか。
たぶんドッグレースみたいなものだとは思うけど、一般の人が襲われたら死ぬ様な獣でレースをするのはどうなんだろう?
「となると、拙者や《隻腕》殿の仕事は賭場の用心棒か、オコジョの生捕り辺りでござるかな?」
「ディーラーを未経験でやるのも難しいですし、ギャンブルを仕事と言い張るのもあれですしね」
侍の人の予想に相槌を打つと、コレットさんは耳をぺたんと寝かせて首を横に振る。
「えぇと、用心棒はプロの警備員の人達がやってくれますですワン。オコジョも数は足りてますですワン」
そう言って、申し訳なさそうに鼻を鳴らす。
見ているとジャーキーでもあげたくなってくるけど、あいにくそんな物は手持ちになかった。
「じゃあ、ここには何で来たんです?」
「《雪椿の会》で働いている人は、ここで遊んでもらうことができますですワン。
希望すれば賭場用のコインも支給されますですワン」
「ふむ、そういうことでござったか」
コレットさんの説明で侍の人は納得し、僕もなんとなく理解した。
つまり、今は職場の魅力をアピールする時間なのか。
仕事内容より先に魅力をアピールするのは物凄く胡散臭いけど、普段来ない場所を見られるのはなかなか楽しいので、もう少し付き合おう。
「課長さんは舞台と賭場って言ってましたけど、舞台の方はどんなことするんです?」
「舞台の方は、お芝居とか音楽とか、講談とか、大道芸とかで、とっても楽しいですワン!
演者の皆さんはすごいんですワン。私は賭場より、こっちの方が好きですワン!」
話題が変わったことで、コレットさんもちょっと元気になる。
「自慢ではないが拙者、人前で話も歌も何もできぬでござるよ」
そこへ侍の人が水を差す。
「あ、す、すみませんですワン!
舞台の方は専門の人のお仕事で、お兄さん方にはできないと思いますですワン!」
途端に目に見えて慌て出す。
申し訳ないけど、ちょっと笑ってしまった。
「まあでも、そうですよね」
「素人には難しいでござろうなぁ……」
「あ、えぇと、そういうことじゃなくて……そうだ、今から演者の人達にご挨拶にいきますですワン!」
慌てたり困ったり笑顔になったり、忙しい人だなぁ。
そんなことを考えつつコレットさんについて行く。
次に案内されたのは、長屋というか1階建アパートというか、横長の建物に玄関がたくさん並んだ、宿舎みたいな場所だった。




