隣の小人
ーー………カチャカチャカチャ、金属か陶器の様なものが打つかる音がする。
ガヤガヤ、ガヤガヤ…賑やかな声が周りを取り巻いている。
「〜〜〜はぁっ!!?」
失神していたらしく、其の場で盛大に飛び起きた。
周囲が一度驚いて青年を見た。…が、また直ぐに賑やかな先程の光景に戻る。
「……………………」青年は何事なのか全く理解出来ずに辺りを見回した。此処は何だろう。人が沢山居る。皆楽しそうだ。
知己と楽しく語り合う者達に、酒を飲んで歌い踊る者達、給仕の女性達の笑顔、活気ある光景。
途中に立ち寄った傭兵や冒険者と思わしき者達も、初顔合わせである筈なのに親しい友との出会いの様に振る舞っていた。
どれもが青年の目には新鮮に映った。
種族も全くの他人と見知った者との境目も其処には無く、賑やかに交わり栄えている。
まるで一つの都の様に。
「おめざめかい」
青年の隣から何だか場にそぐわぬ声が聞こえた。子供の様な、舌っ足らずの、高めなのに抑揚の差の少ない不思議な声。
(えっなに)多分、自分の事を指したのであろう言葉を発した声の主の正体を一目見ようとぐるんと首を回す。
すると隣に、驚く位小さな人物が座っていた。
「……………………」
青年をまじまじと見詰める其の目は例えるならばーー私達が知る少女誌に見られる様な大きくつぶらな瞳で、「まるで貼り付けたかの様に」真顔だった。( ˙-˙ )…そうだ、こんな感じだ。ポーカーフェイス…とでも言ったら良いのか。
対して身体はとても小さく、恐らく赤子と何ら変わらない体格だろう。
何処と無く人形や縫いぐるみの様な感じであった。だからなのか、真顔であっても不思議と怖いものでは無く、何故か妙に可愛い。『真顔可愛い』と形容すべきか。其れとも小動物を見ている様だと形容した方が良いのか。
「……………………」青年がぼうっと見詰め返していると、痺れを切らしたのか小人の単純な眉間に此れまた簡素な皺が寄った気がして、次には青年をバシバシと引っ叩き始めた。
「おめざめかって、いってんの、おきたんでしょ、なにかいってね!!!!!」
小柄な癖に力は常人位はあるのか、叩かれている所が痛い。
「いたたいたいた!!!痛い痛い!!!!!ちょっと!!分かりましたもうお目覚めです!!!!!叩かないで!!!!!!!!」
何て酷い話なのか、誰がこんな定めを与え給う。
某有名なネタ宜しくありのまま起こった事を話すと、空腹で草原のど真ん中で倒れていたと思ったら失神していた。気が付いた時青年は何処かの街の建物の中に居たが、隣に何故か座っていた小人に盛大に叩かれた。
何を言っているのか分からないが取り敢えず青年の視点では恐らくそういう感じなのでは無いかと思われる。
「そっ。ならよろしい」ふむふん、と謎の踏ん反り返りで小さな腕を組んだ其の小人は、ふと思い出した様に何かが乗せられている皿をそっと青年の方へ押し出した。
ーーきらきらと、緑色の粒が明かりを反射していた。ホウホウと蒸気を上げる其れは、きっと出来たてなのだろう。
「…………あの」青年が言葉に詰まっていると、小人は「たべてもいいのよ」と一言だけを言った。
「……………………っ!!」青年はぱっと傍にあったスプーンを取り掬って食べ始めると、あっという間に平らげてしまった。
「おなか、すいてたんでしょ?それ、ストラのだいすきな、ごはん。まめごはんっていうのよ」
曰くーー
「ファタ豆」と呼ばれる緑色ののぷっくりした豆をホワイトスープストーク少々と料理酒少しを入れて沢山茹で上げ、予め炒めた「シュガーキャロット」なるものをごろりと入れ混ぜ合わせて塩胡椒で少し味を付けて皿に盛った、至極簡素であっさりとしているものである。
隣の小人によると「とっても安上がりの癖に上手いし色んなオーダーが利く」らしい。
(…質素だけど、美味しいなこれ……!!)
えっ嘘だろ…と言いたげな様子で驚く青年を横目に隣に座る小人はどうやらおかわりをしていた。
「でっしょー、たくさんつくれるから、おかわりだってできちゃう」小人はスプーンをふりふりと振りながら青年に話した。その後直ぐにおかわりを要求している。何て早さだ。
「あっ…ありがとう……えっと」
「ストレリチア。それがストラのなまえ。ストラはあいしょう」
小人は恐ろしいスピードで豆ご飯を食べているが、大凡何皿目だろうか、其れが最後の一皿だったのだろう、食べ終えるや「おかんじょ、ください」と言い、店主へ金銭を支払ってから青年を連れ出して外へ出た。
一歩出れば其処は賑やかな場所。花売りが歌いながら花を買う者へ優しく花を渡し、人々が笑い、先程居た場所とはまた違う意味で賑やかで楽しそうだった。
そして先程居た場所へ振り返る。振り返った先の建物にはナイフとフォーク、一枚の皿の絵が描かれていた。
きっと食堂だったのだろう。どうりで活気の良い所だったのだ。多くの人に愛され続けているからこそなのかもしれない。
「…聞きたい事があるんですけど」
青年の一言に小人はぴたりと足を止め、青年の方へ振り返った。
「…どうして、自分は此処に居るのか、目覚めた時彼処に居たのか、君は何なのか。教えて欲しいんだ」
妙に自信無さ気な様子に近い声音で、恐る恐る小人に訊ねた。
「うーん」
青年の言葉に小人は腕を組みながら少しだけ考え込み、そして事の次第を打ち明けた。
「まず、きみはそーげんのなかでたおれてたんだ。おなかをすかせてね。そんななさけないきみがいたたまれなくなっちゃったので、ストラがよーくかようしょくどうさんへ、つれてった。わかる?きみはストラによってたすけられたんだー」
小人はあどけない声音で淡々と経緯を話してゆく。
「そしてきみはストラのことをこびとさんだとおもってるみたいだけど、ようせいのこともしらんのか。まーったくこれだからせけんしらずのはこいりぼっちゃまってやつは。ストラはれっきとしたようせいさんだよ」
目の前の小人は、自分の事を"妖精"と言った。
……妖精といったら、小さな身体に透明な虫の翅、愛嬌のある容姿、そういったものではないかと普通は思うだろう。残念ながらそんな事は無い。
目の前の小人ーーもといストレリチアという名の妖精には、皆が知る様な心象の通りの要素は殆ど感じられない。美しい虫の翅なんて無いし、容姿は小人の様で可愛らしい其れなのだが、どうも手に乗る程の小ささなんかでは無く赤子位の大きさだ。
そして普通に歩いている。飛んだりしていない。
「……………………」
「ようせい、はじめて、みる?」
ストレリチアが小首を傾げて青年を見て、はっとした青年が慌てて言葉を紡いだ。
「あっ、あっ、すまん、ごめん、あの、妖精って知らなかったから」
「えっ、えー???ようせいのことをしらんとは」
ストレリチアは眉間に簡素な皺を寄せて怒っているらしい。
はた、と目の前を歩いていたストレリチアがぴたりと動きを止めた。
「…????」青年が酷く戸惑っていると、ストレリチアは何かを思い付いた様子で、勝手に駆け出して行ってしまった。
しかも青年に何も言わず、追い剥ぎの如く外套を持ち去って。
「あっ…あーっ!!ちょっと!!!!それ!!!返して!!!!!!!!」
青年が走り去ったストレリチアの後を慌てて追い掛け始めた時、彼は後を追う勢いで茂みの中に入り込んでしまったのだった。




