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指風鈴連続殺人事件 ~恋するカナリアと血獄の日記帳~  作者: 須崎正太郎
天ヶ瀬佑樹《あまがせゆうき》の日記
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2001年8月2日(木)

 なにがなんだか、もう分からない。

 誰か俺を助けてほしい。いま自分になにが起こっているのか理解できないんだ。




 まず俺は、午前中、長谷川の家に出かけた。

 昨日、電話を折り返しもしてくれなかったやつだけど、それはなにかの間違いだ、きっと長谷川本人に、俺から電話が来たことが伝わっていなかったんだと思ったんだ。


 だが長谷川は自宅にいなかった。

 俺に対応してくれたのは、昨日電話に出てくれた、長谷川のお母さんだった。

 そのお母さんは言ったのだ。「幸平、電話をかけなかったの? ちゃんと伝えたけどねえ。天ヶ瀬くんから電話があったわよって」と。――さらにお母さんは、続けて言った。「幸平なら、学校でやってるっていう夏の補習に行ったけど、天ヶ瀬くんは行かないの?」と。




 夏の補習。

 そんなものは、ない。




 長谷川は、母親に嘘をついて、外出したことになる。

 なんのために? 俺を避けていることや、若菜の事件となにか関係があるのか?


 恐ろしく嫌な予感がした。

 長谷川は、あいつはいま、なにをしているんだ?

 とにかく俺は、長谷川のお母さんにお礼を言ってから、次はみなもの家に向かい始めた。


 携帯電話に出なかったみなも。携帯には、電話をかけると着信履歴ってのが残るそうだから、俺の家から電話がかかってきたことは知っているはずなのに、長谷川同様に折り返しの電話をかけてくれなかったみなも。……あの優しくて真面目なみなもが、なぜ、そういう行動に出たのか。長谷川と同じように俺との関係を断とうとしているのか。俺にはさっぱり分からない。




 その後、みなもの家に着いた。相変わらずの大豪邸。

 だが、インターホンを何回押しても、中から人が出てくることはなかった。

 みなもの家は新興住宅街の中にある。周囲は真新しく綺麗な一戸建てばかりだ。

 だがそれなのに、今日の俺にはその光景が、やけに不気味なものに感じられた。


 だって、その住宅街には、誰も歩いていないんだぜ? いくらクソ暑い夏とはいえ、どうしてこんなに人の気配がしないんだ?


 ――7年前、地下室の埋め立て工事を担当していた会社は、袴田工務店だよ……。


 安愚楽の言葉を思い出す。みなもの家の正門に、掲げられた表札が。『袴田』の二文字が、やけに薄気味悪く感じられた。




 蝉時雨だけがむなしく響く。

 俺はもう一度、みなもの家のインターホンを押してから、「みなもーっ、天ヶ瀬だーっ」と叫んでみた。




 やっぱり反応はなかった。




 なぜだ。

 どうしてみんな、俺の前から消えていく?

 世界にたったひとりぼっちになったような、そんな感覚さえ覚えてしまう。


 たった1か月前には、みんなでカラオケに行っていたのに。若菜とカフェに行っていたのに。ビーチバレーをしていたのに。それがなぜ、こんなことに?


 蝉の鳴き声が、ぐにゃぐにゃと歪んで聞こえた。

 ノイズ混じりのテープのような、不気味なBGMが、脳内にせわしなく鳴り響いている。




 いや、まだだ。

 キキラがいる。あいつがいる。

 3番目の事件の被害者のイトコだというあいつ。

 だけど普段は明るくて、ノリがよくて、楽しい女の子なあいつ。


 キキラに会いたい。会いたかった。

 俺はキキラの家に出向いた。実は家の中に行ったことはないし、家族とも会ったことはないけれど、住所は聞いていた。俺はいったん家に帰って、地図を確認してから、キキラの家に自転車で向かった。




 異様なことは、一目で分かった。

 キキラの家は、お世辞にも美しいとはいえない、薄汚れた木造の平屋建てで、家の前には雑草が生えまくった植木鉢がやたら大量に放置されている、正直に言ってやや不気味な家屋だったんだが――その家の前で、数人の大人たちが腕組みをしていたのだ。


「すみません、なにかあったんですか?」


 俺がそう尋ねると、大人たちは「さあ……」と、要領を得ない回答をした。

 やがて、大人たちのうちのひとり、中年のおばさんが俺に目を向けて口を開く。


「いやね、実はさっき、山本さんの家の中から、すごい悲鳴が聞こえたんだよ。人でも殺されたんじゃないかっていう風な、ものすごい叫び声が……。それで――あたしたちは近所のもんだけどね、みんなでこうして集まってきたら、山本さんの娘さんが――キキラちゃんが家の中から出てきて――『大丈夫です』『大丈夫です』って繰り返しながら、どこかへフラフラと歩いていっちゃったわけさ」


「……キキラが……フラフラと……?」


「そうだよ。どこに行くんだい、さっきの悲鳴はなんだいって引き留めたんだけどねえ、キキラちゃん、ものすごい力で、おばちゃんの手を振り払って――どこかに走っていっちゃったよ。なにがあったんだろうねえ。山本さんのお父さんもお母さんも、家の中にはいないみたいだし……。……あんた、キキラちゃんの友達かい?」


「は、はい。まあ……」


「そうかい。だったら、キキラちゃんになにがあったか知らないかい? ここ最近、あの子、ちょっといつもとは違う様子だったからさ。そりゃ、通っていた高校であんな事件があれば、ショックを受けるのは当然だけど……」


 キキラが、最近様子がおかしかった?

 若菜の事件や過去の事件と関係があるのか?

 謎の悲鳴……。キキラの両親の行方不明……。


 それから俺は、キキラが家の近くにいないか、ずいぶん探し回ったけれど、見つけることはできなかった。




 事件が起きた。

 若菜は殺され、仲間たちは消えた。

 いったいなにがどうなっているんだ。仲間たちも殺されるのか?(あるいはもう、殺されている?)


 なにがなんだか、もう本当に分からない。

 俺は、どうしていま、こんな世界に迷い込んでいるんだ? 俺がいったいなにをした? もしかして本当に、病院の祟りか呪いかに、かかってしまったんじゃないだろうか……? 若菜は亡霊に祟り殺され、長谷川たちもおかしくなり、そしてこの俺も……?


 冗談じゃない。

 殺されてたまるか。

 若菜の仇も絶対に討ってやる。


 たとえ相手が幽霊だろうが呪いだろうが、あいつを殺した相手ならば、俺が必ずブッ倒してやる。絶対に、絶対に、そうしてやる。 絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に

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