袴田みなも《はかまだみなも》の日記 総括
私は――これまで読んできた4冊の日記に付着した血液を、まじまじと眺め回した。
A氏は、言った。この血痕は、袴田みなもの血なのだと。彼女が殺されたとき、これらの日記は彼女の手中にあった。そして刺されたときに噴き出た血が、4冊の日記をドロドロに汚してしまったのだ、と。
コーヒーはとっくになくなっていた。
夜が近い。喫茶店の中に残ったのは、もう私とA氏、ただふたりだけとなっていた。
「いかがでしたか、先生」
A氏は静かに口を開いた。
「これで、2001年に起きた連続殺人事件――いえ、1980年から続いていた指風鈴の連続事件について記された日記帳はおしまいです。これ以上の日記帳はありませんし、また、これ以降、指風鈴の事件は二度と起こることはありませんでした」
「…………」
「私は……私はこの日記を手に入れ、何度も何度も読み返しました。しかし事件の謎はけっきょく分からない。天ヶ瀬たちを殺したのは誰なのか。1980年から続く事件の真相はどういうものなのか。想像さえできないのです。だからこそ、私は先生にこの日記を託し、事件のことを広く世間に知ってもらい、そして謎を読者の皆様に解明してほしいと思ったのです」
「……そうでしたね」
「ところで、どうですか、先生。先生ご自身は、4冊の日記を読んで、なにか気付かれることがありましたか?」
「……ひとつだけ」
私は、言った。
「ひとつだけ、気付いたことがあります」
「ほう、それはいったい?」
「この日記の、時おり現れるマジックの黒塗り。……あれがなされたのは、袴田みなもの死後、ということです」
そう言うと、A氏は、ぴくりと片眉を上げた。
「なぜかというと、天ヶ瀬日記などに散見されるマジックの黒塗りについて、袴田みなもは日記の中で一言も触れていないからです。彼女の性格から考えて、マジックの黒塗りが2001年当時からあれば、きっとそのことを記したはずなのです。例えば『天ヶ瀬くんの日記の一部はマジックで黒塗りされていた』とかそういうふうに……。しかし袴田はそのことについてまったく日記で触れていない。これは袴田みなもの死後、日記を手に入れた誰かが、その部分だけ黒塗りしたことを示している」
「…………」
私の指摘に、A氏は黙りこくる。
「Aさん。マジックの黒塗りがされている部分は、基本的に、『ある人物』に関する文章のところのみに限られている。ということは、黒塗りをしたのはその『ある人物』だと考えるほうが自然だ。そしてその『ある人物』とは――」
私は、わずかに間を置いて――
目の前にいる人物を指さして、告げたのだ。
「ずばり、あなたです。AguraShiduruこと、A氏。……安愚楽士弦さん」
「………………………………………………………………………………」
A氏は――
いや、安愚楽氏は、三十路とは思えないほど端麗な顔立ちをわずかに歪める。
泣いていた。
彼は、涙を流していた。
喫茶店の古時計が、鐘を高らかに鳴らし始めた。
午後6時だ。閉店の時間だ。――長い一日が終わった。