ソード消失マジック事件 1
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<cafe doll>という看板、それが下がったドアをわたしは開ける。
「いらっしゃい、まっせぇ~。好きなとこに座ってくれよ! 客はいねえから、テーブルの上以外ならどこ座ってもいいよ。カウンター席に座ったのなら俺の小粋な面白トークを聞けるサービス付き!」
店に入ったとたんに迎えてくれたのはやけに上機嫌な声で、それを掛けてくれたのは喫茶店のマスターって感じじゃなくて、どっちかというとクラブとかでお酒をガンガン飲んで踊ってるような恰好をした男の人だった。
ざんばらの金髪に、黒のシャツ。さらに角が鋭いサングラス。日に焼けた肌が正直言って、怖い。
「あ……えっと……ちょっと遠慮したいかなぁ~って……」
「わかってるわかってる! この店にやってくる客のお目当ては千割決まってっから! そっちのカワイコちゃんが目的なんだろ? 老若男女問わずにモテまくるもんだから羨ましいことこの上ないや! アッハッハッハッハッハ!」
「へ? ちょ、ちょっとあの! 押さないでっ!」
「ダイジョブダイジョブ! 行ってみようじゃな~い」
か弱い抗議の声は完全に無視され、金髪ヤンキーっぽい人によって、どんどん店の奥に足が進んでいく。
確かに目的はそうなんだけど、ちょっと待ってくれない!? 向こうの都合とかあるじゃない! そういうのさえも無視するのこの人!?
あっという間にわたしは、奥のテーブル席に座る女の子の前に来ていた。
人形みたいに整った顔立ちの、真っ白な肌をした十代前半ぐらいの女の子。
肌だけじゃなくて、髪も、睫毛も、たぶん産毛までも、雪のように白くて作りものみたいにきれいで、着ている装飾がふんだんに施された豪奢なドレスさえも――白い。
たった一色、全身白づくめなのに、まるで白のバラが座っているようにさえ感じる。
ううん、たった一色じゃない……唇の赤さだけは、薔薇よりも鮮やかだ。
ぼうっと、見とれてしまう。同性なのに見とれてしまうのはちょっとまずいのかもという考えが過るのだけど、美しいモノを鑑賞するならそれなりの態度ってやつがあると思う。
眼福眼福。ありがとうございます……ってそうじゃなくて!
やっと正気に戻ってきたわたしはやっと気づく。
こんなことに気づかないなんて、どんだけ動揺してたんだろう。
「……お人形?」
「そのっ通り! 看板人形のノウコちゃん! 可愛い顔しているだろ? でも見かけによらず性格悪いから気を付けたほうがいいよ。精神攻撃力たっけーから」
いつの間にか金髪ヤンキーさん(略して金ヤンさん)はマグカップを持っている。
淹れたてみたいで湯気が昇っているのだけど、わたしは注文したつもりもない。
「ああ、こりゃノウコちゃん用! これ飲ませねえとおしゃべりしてくれないんだよ。まったくお世話がやけちゃう!」
「???????」
事態を待ってく飲み込めていないわたしのことは知ったことじゃないとばかりに金ヤンさんはマグカップをお人形(ノウコさん?)の前にマグカップを置いた。
何をしてるんだろ、この人は?
ちょっと嫌な予感がしてきた。もしかして、かなりヤバい感じなのかな?
「…………世話じゃ、なくて、焼くのは手よ、こっちのほうよ羽積科錬場。私がいなかったらお前は単に口数が多いだけのコーヒーサーバーと変わらないことを自覚しなさい」
声。女の子の。冷たい、氷のような響きだけど、同時に鋭さを感じさせるそんな声。
この場にいるのは、わたしと金ヤンさんだけ。他にいるのは――。
「なぁに? 物珍しいからといってじろじろ見てもいいわけではないのよ」
さっきまで人形だった――いまも人形なんだろうけど――じゃなくて!
置かれたマグカップに細い手が伸びて持ち上げる。
運ばれた先にあるのは、唇。
優雅な動作で一口飲んで小さな息を吐きだすと、人形は、ノウコさんはわたしを一瞥しながら、
「話しなさい。あなたの抱えている『謎』を解いてあげる」
真っ白だった髪が徐々に、徐々に黒く染まっていく。
その様子を見ながら、わたしは蛇に睨まれた蛙みたいに動けない。
『謎』。それは確かに、ここ最近のわたしを悩ませていたものに違いなかった。
「マ、座りなって。このノウコちゃんに任せとけば大抵の不思議は解決してくれるぜ? 恋の悩みは俺に任せてほしいけどね!」
「その考えなしの脊髄を抉ってやったら、お前は少しは考えるのようになるのかしら、羽積科錬場」
「おいおいノウコちゃん! その程度で俺が変わると思ってるの? ちょっとみくびりすぎじゃない? あと脊髄には思考能力はないぜ☆」
「そうね。お前はそういうのだったわ。抉ってみたかたのに。残念」
……頭がおかしくなりそう。いや、もうおかしくなってるのかもしれない。
人形がいきなり動きだして、喋って、なんか毒舌で、その上にわたしが『謎』を抱えていることも見抜いて、探偵みたいに解決しようっていうんだ。
ええい! なるようになれ! 現実なら多少はすっきりするだろうし、現実じゃないならきっと夢だ! そのうちに目が覚める!
覚悟したというよりやけっぱちに近い気分でわたしはノウコさんの前の席に座る。
まっすぐに黒の瞳を見つめて、息を吐く。
熱くなってる頬を感じつつ、わたしは口を開く。
わたしの身に起きた、いや、わたし達の身に起きたなんともわけのわからない事件について。