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幕間2 不可思議コーヒー


「ははん! ふふん! なるほど! つまり! その人形とやらが探偵というわけだっ! つまり、練場(れんば)さんは助手役ということ! 引き立て役だなっ! これは大笑い! 失笑をプレゼントしよう! うははははははっ!」

「失笑ってレベルじゃないねぇ! 大笑いだねぇ!」

「これは失笑である! なぜならば、人のことを”助手役”だの”引き立て役”だのと言って笑いものにしているのだから! 失礼な笑いだッ! つまりは失笑!」

「そいつは確かに失笑だぁわっ! じゃあ爆笑は爆発すんかい!?」


 <Cafe doll>店内。

 特に用はないのだが、オカルト研究部部長、金切(かなきり)愛生(あき)はやってきていた。

 運動部と違って、彼女が所属するオカルト研究部は時間的な拘束が(ゆる)い。

 そのうえに、部長なのだから、活動を早めに切り上げるのも自由なのだ。

 ちなみに、七咲(ななさき)は早退している。


「爆笑は……すぐそばに爆弾がしかけてあって、どうしようもなくなった時に漏れてくる笑いだ。別名、絶望の笑み。(うつ)になるタイプの映画によくあるやつ」

「初めて知った! こんど辞書に書いとく! 言葉の意味は変わるもんだからね! ノウコちゃんにも教えとこっと!」


 カウンターの中にいる練場はそんなことを言うが、当の本人は沈黙したままだ。

 当然だろう。燃料になるコーヒーをまったく用意していないのだから。

 

「それにしても不思議だ。人形が動き出すとはッ! 是非(ぜひ)ともこの目で見たい! 動かすにはどうしたらいいんだ!? 呪いの品とか持ってきたら戦ったりしないかなっ! もしくは霊能力者でも連れてくるか! 何人か知っている! 全員インチキだけど!」

「だっはっはっはっはっ! そりゃあ困ったねっ! ”ホンモノ”に会ったことないわけだ! もっともっ! ノウコちゃんは悪霊じゃねえからそれじゃ動かせねえけどっ!」

「ならばどうやって? 七咲君の時は動いたそうだが?」

「”謎”が必要なのさ。ノウコちゃんに必要なのはコーヒーと謎。人間だってそうだろ? パンだけじゃあ退屈で死んじまう。パンの代わりのコーヒー。そしてサーカスの代わりに謎さ」


 金切は目の前のグラスを(はじ)く。

 入っているのは炭酸飲料で、コーヒーの代わりにはならないだろう。

 だったら注文すればいいだけなのだろうが。


「それがそうもいかなかったり、いったりきたりの風来坊(ふうらいぼう)! それだけじゃあだめさ! ノウコちゃんとお喋りするには、ちゃんとお土産(みやげ)持ってこないとな! そう! 謎っていう、お土産を!」


 思考する。

 どうにかして、あの人形を起動してみたいものだと。

 そして、あわよくば解体して調査したい。

 何の仕掛けもなく動く人形。それは現代科学からしてみたら常識外れもいいところだ。そんな存在の(たぐい)に接触してみたくて自分はオカルト研究部なんぞを設立したのだから。


 さきほど、観察した時に知ったことがある。

 『ノウコ』には足がない。

 いざというときに逃走される可能性はかなり低い。

 しかも、コーヒーが無くては動けないのだという。

 (さら)う側からしてみたら、この上ない好条件だ。


 そう。攫った後に関しては問題ない。

 問題があるとすれば――。


「俺の顔になんかついてる? それとも俺に惚れちゃったかな!? いいぜっ! これも色男の宿命ってやつだァね! モテちまって困るなァ! 俺に()れると低体温症になるぜ☆」


 冷えてどうする。しかも死にそうじゃないか。

 突っ込みたいだのが、ぐっと我慢した。

 なるべく、自分は何も考えていないような馬鹿だと思ってもらっていたほうがいい。

 そのほうが、寝首を()きやすい。


「ふふふふふっ! ハンサムは(つら)いようだっ! 俺も女子からのファンレターがひっきりなしに届いて困る! そろそろ下駄箱の増築を提案してみようかと思っているぐらいに! けち臭くて常識的な生徒会長が許可してくれるとは思えないが!」

「あ~やっぱ? 俺の通ってた学校にも居たよ、頭がタングステンで出来てるに違いないのがっ! どこにもいるもんだわっ! もしくは生徒会長になったら頭が固くなるウイルスに感染しちまうかっ! 消毒しないとなァ!」


 意味のない会話をしながらも、金切は店内を素早く観察している。

 見た目からは、個人経営の喫茶店だという以上の情報はない。

 怪しげな水晶玉があったり、グロテスクな干し首が吊るされていたりはしない。

 メニューも平凡で――、

 

「……この、特製リンゴバナナキウイコーヒーというのは?」


 なかった。

 メニューの(すみ)に記載された耳慣れない単語の繋がり。

 フルーツとコーヒーが結びつかない。


「ああ! それは俺のオリジナル! 本当は大人気になるはずだったんだけど、ノウコちゃん『産業廃棄物(ゴミ)をメニューに乗せるな』ってうるさいから隅っこに移動してもらったってワケ! 自信作なのによぉ!」

「なるほど……練場は自信があるということか」

「当然っ! だって俺が作るんだぜ!? びっくりして飛び上がっちまう! あ、天井にぶつかるのは勘弁(かんべん)してな?」

「それなら、一杯頼もう。そんなに美味いのなら!」

「毎度アリストテレス! ちょいと待ってねぇ!」


 チャンスだ。

 ノウコと練場で評価が分かれているというのが大きい。

 最初は些細(ささい)なことから練場に取り入る。

 そののちに、ノウコ側に少しずつ寄っていくのだ。

 人は啓蒙(けいもう)したがる生物。ならば、考えが変わっていくのを目の当たりにしていくと、自然と情がわいてくる。

 あとは、練場に対して不信感を(つの)らせていったらいい。

 ノウコが悩みを打ち明けてくるようになったら勝ったようなもの。攫う必要すらないかもしれない。


「ふふ、ふふふ、ふふふふっ!」


 自然と笑みがこぼれた。

 とはいえ、あまり不自然な態度はとらないほうがいいだろう。

 あくまで自然に距離を詰めるのだ。

 そのために、自信作をほめちぎってやろう。これが最初の二人の溝になる。


「お待たせっ☆ 特製バナナイチゴカリフラワーコーヒー!」

「待っていた! ……ん? なんか変じゃないか? なんて言った? カリフラワー?」

「ああ! 特製メロンアンコイワシコーヒー!」

「待て待て待て待て! 更におかしくなった!」

「おかしくねえぜ! はいよ!」

「ぐっ!? ……あれ? 普通」

「コーヒーだもん!」


 金切の前に差し出されたのは、ごく普通のコーヒーに見えるものだった。

 というか、バナナもイチゴも、ましてやイワシなどはかけらも見当たらない。

 カップに注がれた漆黒の液体。それだけだ。


「これが?」

「そう! 特製ニンニクアブラカラメマシマシマシコーヒー!」

「…………そう、か」


 練場の言葉を聞かないことにした。

 多分、冗談の(たぐ)いなのだろう。

 大げさにいって、興味を引くためにへんちくりんな名前をつけた。その実態は、普通のコーヒーというわけだ。


(小細工はこの程度か! 羽積科(うつみしら)練場、底が見えた!)


 口には出さないが、内心勝ち誇る。

 器で勝利したのならば、大局的に勝利するのも自分だ。

 練場を飲み干すような気持ちで、特製コーヒーを一気に口腔内に流し込む。


 コーヒーとは何だろう。

 一口目で思ったのはそんなことだ。

 ある種、哲学(てつがく)的な命題かもしれない。

 どういう条件を満たしたらコーヒーなのか。

 コーヒー豆に熱湯を注いだらそうなのか? だとしたら、今飲んでいる液体はコーヒーだ。間違いない。

 とはいえ、それを全力で拒否したい。


 豆の香りの後に、生魚の風味(ふうみ)がするのだから。


(なんだこれは!? いや、ほんとに何だコレ!?)


 フルーツの甘さが広がるが、生魚の磯臭(いそくさ)さと合体して最悪だ。

 腐乱(ふらん)したフルーツが海から上陸してきたかのような緊迫感が(ただよ)う。

 熱によってではなく、肉体の拒否反応によって脂汗が吹き出す。

 痛みはなく、ただの反射的な拒絶によって。


(うぐああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ! ただの拷問だコレ!)


 心中は洗濯機の中のごとく滅茶苦茶になっているが、表には出さない。

 長年、内心を悟らせないように振舞ってきた成果でもあるが、今はやせ我慢を無駄に続行するだけの結果になる。


 鼻の奥に突き刺さっているのは獣臭(けものしゅう)。濃厚な豚骨スープを個体になるまで煮詰めたかのような匂いが焙煎(ばいせん)された豆の香りを全て殺し、鼻の奥の細胞さえも滅亡させようとしてくる。

 

「こ、これはなかなか……練場さんも、飲んでみたら、どうか、な?」

「モッチロン! 自分の分も作ってるぜ! 一緒に!」


 言うが早いか、練場は持っていたマグカップを一気に飲み干した。

 

「ぷぁっ! 俺ってもしかして天才!? 他の誰にも淹れらんねえよ、これは!」

(こんなものを客に出すような人間が他にいてたまるかっ!)


 内心ではあらん限りの罵倒(ばとう)を尽くしながら、金切はどうやって逃げようかということを考える。

 体調は最悪。下手したらこれまでの人生で一番かもしれない。

 もはや取り入るのは不可能だ。口を開いたら罵声(ばせい)を浴びせるか、反吐(へど)をぶちまけるかの二択しかない。


(このっ! 味覚障害めっ!)

「そろそろ失礼しようかな……こう見えて、色々とやることもあるから、な!」


 あくまで表面上の余裕は崩さずに。

 取り乱した状態を(さら)してしまうのは得策ではない。


「え、帰んの? 七咲君によろっしくぅ! ノウコちゃんがまた謎を持ってきてくれるのをまってるからよ!」

「……伝えておこう」


 残りに口をつけることなく会計を終え、金切()う這うの(てい)で逃げ出す。

 知っている人間がいたら困惑するだろう。

 世にも珍しい、顔を青くした金切が見れたのだから。


 少女が去ってしまった店内で、練場は一人片づける。

 その顔には薄く笑みが浮かんでおり、上機嫌なことを示している。


「……いたいけな女子高校生に、ひどい仕打ちをする男……通報したらどうなるかしら?」

「そりゃあ決まってるぜ! …………どうなるんだ?」


 店内に漂うコーヒーの香りで辛うじて起動したノウコはため息をつく。

 この男に聞いたのが馬鹿だった。そう思いながら。


「そう…………死になさい」

「そりゃあ無理だわ! 少なくともノウコちゃんがくたばるまでは!」

「………………無理よ、お前には。だって、わたしは……」

「ノウコちゃんはノウコちゃん! それ以外にはいらないね!」


 憂鬱(ゆううつ)そうなノウコは言葉を止める。

 何を言っても無駄なのだ、この男には。


「…………お前は、阿呆(あほう)ね」

「阿呆で結構(けっこう)結構! コケッコッコーはコケ(おど)し! ぎゃははははははっ!」


 食器が洗われる音を聞きながら、ノウコは再び物言わぬ人形へと戻る。

 その眼前に、謎が提供される時を待ちながら。







 

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