幕間 外出カフェドール 2
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辺りを見渡してみても、ノウコさんの姿はなし。
「どこを見ているの? お前の耳は音がするかしないか程度の機能しか有していないの? だったら、片耳しか使えていないわ。両方使いなさい」
「声はすれども姿は見えず……はっ! 後ろだっ!」
振り向いても当然そこには誰もいない。こういうパターンでいたためしがないけど。
「どこを見ているの。下をみなさい」
下? 地面しかありませんがなにか?
あいや、違う。
テーブルの下には、でかいスーツケースが置いてあった。
かなり大き目。小学生ぐらいなら入れるんじゃないんだろうか?
そこから、にゅるりと白い腕が滑りだす。
「…………ッ!?」
マジモノホラーをいきなり目撃して心臓が停止しそうになった。っていうか一瞬止まった。
腕の次はドレスに包まれた肩が。
その次には頭が、髪が、胸が、腰が。
そうして、ノウコさんの上半身がスーツケースから出てきた。
何やってんだろう、この人は?
「まったく、せまっ苦しい場所。二度と御免ね」
文句を言いつつ、金ヤンに抱えあげられてノウコさんは椅子に座る――いや、今気づいたのだけど、ノウコさんには足がなかった。
破損したのか、それとも最初からないのか知らないけど、だからこそなんだ。
だからこそ、ノウコさんは<Cafe doll>にずっといるんだ。
「なにをじろじろ見ているの。わたしを見つめても、お前の残念な性格が改善されることはないわ。当然だけど」
「まーそうですよねー……じゃない! なんでそんな評価になってるんですか⁉ ひどくない? 残念美人とか!」
「残念美人とは言っていないわ。『残念』と言ったの」
「ショック!」
「勝手に受けてなさい。その程度で動揺していたらこの先もたないだろうけど」
容赦のない追撃! 婉曲的に顔面ディスられてない?
でもこの毒舌がちょっと癖になってきそうな自分がいたりもする。
危ない扉かな? 当人が満足してるならいいと思います。
「ぎゃははははっ! ノウコちゃんがお外に出たいっていうもんだから仕方なくよ!」
「余計なことを言ってると、歯を全部抜くわよ?
「拷問だぁ! ノウコちゃんにはできねーだろうけどっ!」
「やるわ。そこの呆けた顔をしている女が」
うーん、こっちに飛び火してきた。
「ノウコさんのご命令とあらば喜んで!」
「よろしい」
「最近の女子は狂暴だねぇ!」
大口開けて笑う金ヤンの歯は真っ白でとても頑丈そうだ。引っこ抜くには苦労しそう。だけどこれは命令だから仕方ない。諦めてフガフガしてしまえ!
「あ、そういえば、ノウコさんってコーヒー無くても動けるんですか?」
以前は一杯で数分しか動けなかったと思う。
だけど、スーツケースの中に潜んでいたのはその程度じゃないだろう。
「その秘密はこれ! じゃーん!」
嬉々として金ヤンがスーツケースの中を見せてくる。
「なにこれ?」
「内臓式コーヒー供給マシーン! このストローでちゅうちゅう吸えるってわけ!」
内側に張り付いていたのは透明のパック。
その中には黒々とした液体が入っていた。
ついでに伸びてるストローにはご丁寧にキャップまでついてる。なるほど、逆流防止策もあるってわけだ。
…………そこまでして出かけたかったのか。
「ずっと啜りながら歩いているのも面倒だわ。移動は練場に任せているの」
まるで上流階級のお言葉みたいだけど、物理的に足がないのだから任せるしかない気がする。例え車いすに乗ったとしても、ドレスなんて着ていたら非常に目立つだろうし。
「はあ、大変なんですね」
「別に。わたしは謎解き人形だもの。お散歩人形ではないわ」
それはそれで見てみたい気もする。する? しないかも。
「それで? 何の用なの?」
「? 用なんてありませんけど」
「じゃあ消えなさい」
「なんでッ!?」
「わたしはお前に用はない。いてもいなくても困らないけど、いると目ざわり」
「ひどくないですか!?」
ノウコさんはため息。
まるで、『こいつは単細胞生物並みに察する能力が低いな』とでも言いたいぐらいの冷たい視線をミックスして。
「練場、埃が舞ってるわ。ドレスが汚れるから帰る」
「はいよっと!」
再びノウコさんを”収納”した金ヤンはスーツケースを持って立ち上がる。
ついでのようにわたしの分のお金も置いて。
「んじゃねッ! ばいば~い! また店に来てくれよ!」
少なくとも、十キロ以上はありそうな荷物を軽々と抱えて、金ヤンは去っていた。
<Cafe doll>に帰るんだろう。
帰って何するんだろう?
謎を解くのか、それとも……謎を解くのか。
どっちも同じか。




