オカルト研究部式錬金術 1
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その日、珍しく羽積科練場は買い物兼散歩から戻ってくると同時に、湯を沸かし始めた。
上機嫌に、悪戯を考え付いた少年のように。
ドリッパーにフィルターをセットし、ゆっくりと湯を注ぐ。
かぐわしいバニラの香りが広がり店内に満ちるが、端に座る人形は動かない。この程度では起動には足りないのだ。
やがて二杯分のフレーバーコーヒーが出来上がると、迷うことなくマスコットであり看板娘でもあるノウコの前に置く。
きし、きし、きし、きし。きしきし、きしきし、きしきしきしきし。
さび付いた金具が復活するかのような奇妙な音とともに、ぎこちない手つきで人形の手が動き出す。
一見、細い少女の手に見えるが、注意深く観察してみれば硬質な物質で造られていることがわかるだろう。素人目にはまったくわからないだろうが。
「じろじろと、見るな。そういうことをするから、変態だという真実が世に知れ渡ってしまうのよ。そのうち、外出しただけで公然わいせつ罪になるわ」
「はっはっはっはっは! そうなったら俺もノウコちゃんみたいに引きこもってみるかな! この店に! 二人でラブラブしてようぜ」
「絶対にイヤ。四六時中お前と一緒になるぐらいだったら、燃えないゴミに出されてしまったほうが何千倍もましね」
「きっつぜノウコちゃ~ん」
何がおかしいのか練場はげらげらと笑う。
ノウコはそれを不機嫌そうに見つめていた。
経過した時間は三十秒ほど。
火蓋を切ったのはノウコだ。
「……で? 一体何の用? お前が用もなくわたしを動かすわけないし、どうせロクでもないことを考えているんでしょう? サル未満の浅知恵なんて使わないほうがましだけど」
「んん? いやいや何言ってるんだよノウコちゃ~ん。俺は非ッ常に摩訶不思議体験をしちまったから、それを解決してほしいと思って! 藁にもすがる思いでコーヒー淹れたっていうのにっ!」
嘘臭い。
この男がいい加減な性格であることも、本心が全く見えない言動をすることも知っているのだ。ゆえに、信用はしているが、信頼はしない。
だが、暇つぶしにはちょうどいいかもしれない。
打算である。
人形にも打算はあるのだ。
「話しなさい、とっとと。一杯で十分なんでしょう? 謎ごと飲み込んでやるわ。お前のくだらない妄想を」
「お? やるきだねぇ~! じゃあ始めるかな! まずは今日の朝飯なんだけど……」
「本題だけにしろ阿呆」
「おっけっけ。大体一時間ぐらい前から……」
羽積科練場がショッピングモールにやってきたのは買い物目的ではあったのだが、同時に、習慣にもなっている市場調査でもあった。
曲がりなりにも喫茶店をやっている以上、最近の流行りを知っておこうという魂胆である。結実するかどうかはさておき。
ぶらぶら歩いていると、耳に飛び込んできた声がある。
「うむ! これにしよう! 今度七咲君をからかう為に! ふふふ、驚くだろうなぁ……俺のセンスにひれ伏すがいいぞ!」
聞き覚えのある単語、そして、話には聞いていた尊大な口調。
声のほうに振り向いてみると、そこには手品グッズを手に高笑いをする怪しい人物がいた。
ピンときた。ゆえに、声をかける。
「おっとっと! もしかしてオカルト研究部部長の金切くんじゃね? おいおい! 偶然じゃね~の! 俺は羽積科練場! <Cafe doll>の店長な!」
声をかけられた人物――いや、金切は怪訝そうに振り返り、練場の恰好を無遠慮な視線で以て観察する。
「その怪しい風体! 話に聞いていた通りだ! 七咲君が世話になっているようだな! 握手といこう! そのうちに話を聞いてみたいと思っていたところだ!」
「いいねいいね! そういうポジティブシンキングは大好きだね! 今日から俺たちは親友だ! よっ、ブラザー!」
「おっとそういうのは辞退したい! 俺は誰のものにもならない! なぜなら俺はオカルト研究部部長にして! 唯一無二の存在だから! 常に中立!」
「だッはっはっはっはっは! オーライオーライ! 全部オッケー! それでいこうじゃないの!」
一瞬で意気投合していた。
他の買い物客からの冷たい視線などどこ吹く風とばかりに、二人の変人が。
そして――、
「いいところで出会ったものだ! 一緒に買い物に付き合ってくれ! 色々話を聞いてみたい! 今! この機会に! 一期一会! 獲物は逃さない!」
「いいよいいよぉ! いこうじゃねえの理想郷! 目的地は天竺ってか!?」
「修行は勘弁願いたいものだっ! 快楽第一主義者だからな!」
「俺もだわ~」
一般人からしてみたら意味不明な会話を繰り広げながら、二人は揃って歩き出した。
とりあえずは金切の会計を済ませるために。




