寸刻神隠し 4
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あっさりと、何でもないことのように。
コーヒーを飲み込んだついでのように。
ノウコさんは解明を宣言し、そのままどこか悩まし気に息を漏らした。
わたしはじっと見つめる。
一体彼女が掴んだ真相はいったいどんなものなのか。
健木は一体どうやって、消え去っていたのか。
一分経過した。
ノウコさんは金髪にコーヒーのお代わりを頼んだ。
二分経過した。
一緒に運ばれてきたアップルパイが甘すぎると文句を言っていた。
五分経過した。
二杯目のコーヒーはたったの一回で半分がなくなった。
十分経過した。もう限界。
「早く教えてくれない…………!」
「なに? 解いた謎を教えて欲しかったの? 早く言いなさいな。言わなきゃわからないでしょ。黙っていても世の中が都合よく進展する可能性は低いの。知ってた?」
絞り出すような私の言葉に対して、この物言い! むかつくむかつくむかつくぅ!
なんだこの性悪人形! いや! もう性悪人形じゃなくて極悪人形って言ってやる! このバカバカバカ!
「予想はついているだろうけど、犯人は水馬健木。でも今回の謎はどうやってやったのか。その答えは吊られた男……いえ、この場合は吊られた家かしら」
沸騰したわたしの頭に冷や水を浴びせるように、『解答』が始まった。
「なぜ神隠しなんて馬鹿な結論になったのか? ”テントを畳んで張りなおすのは難しい”? 馬鹿ね。そんなことしないならいいでしょ」
「い、いや! だって! どこに隠して――」
「お前の目は……いえ、お前たちの目は節穴だったのよ。頭上に吊られていることにも気が付かなかったのだから」
頭上? テントが? どうやって? 空でも飛ぶの?
「飛ぶわけないわ。鳥じゃあるまいし。愚かね」
そりゃそうだけど! ああ、くっそ!
「テントって、杭……ペグっていうの? それで固定しているんだから、外せば動かせるのでしょう? 持ち運ぶことが前提、その上に一人用なら重量はかなり……軽い。あとは適当にロープでも結んでしまえば釣り上げることは全く問題ない」
「そんな釣り上げる場所が一体どこに!?」
「あったでしょ? 目印になるぐらいの場所に、木が」
そういえば、そうだ。
いやいや! それでも! 気づくでしょ!
「気づかなかったんでしょ。『そんな場所にいるはずがない』という固定概念に囚われて、探しもしなかった。『木の上に登っているはずがない』『テントもあるのだから』『そんなバカなことをするわけない』。なんとでも言えるわ」
上手く反論できない。
そうだ、あの時のわたし達は健木を見つけることしか考えていなかった。
テントは畳んで、どこかに持っているに違いないと思い込んでいた。
だから目の前(この場合は目の上?)にいたはずのテントと健木を見逃すことになった。
「あとは簡単ね。下の人間が適当に散ってしまったら、テントを降ろしてペグにひっかけるだけ。これだけのことだから、必要な時間は五分もないわね。あとは、残った時間で寝たふりをしておけば、間抜けなキャンプ仲間は混乱してくれるってわけ」
「………………」
納得、しがたい。
正確にいうのならば、納得したくない。
なぜ、健木はそんなことをしたの?
「それを解くのは人間の仕事。わたしはしょせん謎解き人形……そう、いまだに人形なの。だから動機なんて知ったことじゃないわ。それは人間にだけ許されている領域なのだから。推し量ることはできる。でもそれでは真実には到達できない……解けない」
冷たかったノウコさんの瞳が、黒曜石のようだったソレが、一瞬だけひどく柔らかな、外見年齢相応の、少女のような危うさを持った。
だけど、次の瞬間には戻っている。
一片の感情も感じさせない、無機質で、乾燥した、絶対の理性によって動く人形の瞳に。
きしきしきしきしきしきし。
きしきし、きしきし、きし。
きし、きし、きし、きし。
きし。
黒から白へ、漆黒に染まっていた髪が、睫毛が、眉が、瞳が、再び物言わぬ白へと戻っていく。
ほんの一分もかからずに、店内に静寂が満ちる。
停止した人形は、すでに知性の輝きを失っている。
謎だけ解いて、ノウコさんは口をつぐんでしまった。
彼女が動いていた証明は、前に置かれたコーヒーだけ。
それ以外に、『証拠』はない。
「おうおうおう! いつもながら見事なノウコちゃんの推理ショーだったぜ! どうかな? いい感じにもやもや取れたかな? 取れなかったんなら俺に相談しな! 綺麗さっぱり洗い流してやるぜ? 大人のテクニッ痛てぇ!?」
金髪の側頭部にソーサーが直撃して砕けた。
犯人は一人しかいない。完全にすっとぼけているけど。
……つーか、この状態でも動けるんだ。
「神様が怒ってるねぇ! 俺のモテっぷりに! ……おっと、これ以上は本気で怒っちまうから、いい加減にしとこう」
砕けたカップを片づけながら、金髪はキッチンへと去っていく。
それを見るわたしは、決心した。
(健木に、聞いてみよう。直接、話し合おう)
後にした<cafe doll>のことを思い出しながら、わたしは健木の番号を呼び出し、三回コールした。
「……あ、健木? 聞きたいことがあるの」




