寸刻神隠し 3
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消えているのは、健木のテントだ。帆高のはちゃんとある。
なにかの勘違い、という可能性も考えてもう一度ぐるりと見回しても、見えるのはキャンプ場の風景と、目印にした太い木ぐらいなもの。
あのつかみどころのない男が寝ているはずのテントは影も形もない。
叫びそうになるのをぐっと堪えて、ゆっくりとテントに戻り――重の頬を張った。
「いったぁ!?」
「おきて! 重! 大変! テントが消えてる!」
「…………はぁ?」
「健木が行方不明! 犯人は正体不明! 緊急事態! SOS!」
「葵、落ち着いてよ」
結局、わたしは動転していた。
そこからしっかりと事情を説明できたのは、十分ほど経ってからのことだったりする。
「うわホントないじゃん。どこ行ったのアイツ」
「なんでそんなに平気なの!?」
一緒になくなったテントを確認した(変な表現だけどそうとしか言いようがない)重はやけに落ち着いたまま帆高のテントに入り、ぐっすりと寝ている帆高を引きずり出してきた。
そのまま容赦なく蹴りを入れる。狂暴性が高い。
「痛い! とても! 例えるならば脇腹に蹴りを食らっているかのように!」
「大丈夫ぅ、それ現実」
「現実っ!? なぜそんな状況に! はっ!? 外! そして健木のテントがない! アイツ返ったのか!? 歩いて!」
寝付きのいい男は寝起きもいいらしい。
ついでに状況把握も早くて助かる。
「どこ行ったんだと思う?」
「わからん! 全然わからん! でも探そう! どこかで迷子になって震えてるかもしれない!」
「おっけ~。んじゃあたしらは炊事場とかみてくるから、帆高はどっかその辺」
「了解!」
寝袋から抜け出した帆高は軽い準備体操をして、そのまま駆けだす。
あっけにとられたまま、わたしは重に引かれるまま歩き出す。
…………テントとか、気にしないの?
炊事場にもトイレにも健木はいなかった。
まだ五分ぐらいしか経過してないのだけど、すでに重は飽きてるみたいでケータイを取り出して帆高に電話をしていた。
「うんー、こっちにはいない。もう戻ってるんじゃない? っていうか、放っとこうよ。お腹空いたら帰ってくるっしょ」
そんな犬じゃないんだから。
まあ、そんな気はする。
どうやら帆高も同じ意見だったみたいで、わたし達は一旦戻ることになった。
健木が戻ってきてても、せいぜい帆高のテントに潜り込んでいるぐらいの認識だった。
でも、そうじゃなかった。
消えたはずの健木のテントは、消えていたことが嘘のように、しっかりと存在していた。
その上、中にいた健木はぐっすりと眠っていたのだ。
もちろん、たたき起こした。
「いやー……何怒ってるの? 俺、なんかした?」
してる! してるに決まってる! どうやってやったのかは知らないけどさ!
「どこにいたんだ! 探したんだぞ!?」
「? ずっと寝てたけど」
「そんなはずがない! テントごと行方不明になっていたぞ!」
「なんでだよ。ずっと俺が中で寝てたのにか?」
「む」
なぜか一旦帆高は追及の手を止めた。
「健木ゥ~、アンタ本当に寝てたってわけぇ? あたしら三人のほうが幻覚見てたっていうのぉ?」
「じゃね? だって、テント消えてたんなら、どうやって張りなおしたんだよ」
はっとした。
わたし達がこの場を離れてから戻ってくるまで十分少々。それで一からテントを張りなおすのは無理がある。
そもそも、解体するのさえ音が出るし、それで誰かが起きてきたら一発で発覚してしまう。
帆高の顔を見る。
めずらしく深く考えているようで、眉間にしわが寄っていた。
「どっかに仲間でも潜んでるんじゃないのぉ? もしくはその辺の誰かに協力してもらったとか」
「そのお仲間とやらはどこ行ったんだよ?」
「ん~確かに」
なんとも気持ちが悪い。
たぶん、犯人は健木なんだろう。
だけど、どうやってやったのかがわからない。
帆高はいつの間にか木に寄りかかっていた。
でも、その顔はなにかを閃いたかのように、ぱぁっと明るくなり――、
「そうか! 神隠しだ! しかも超短いやつ!」
変なコトを言った。
そしてわたしは風の噂に聞いた<cafe doll>へとやってきた。
このもやもやした気持ちをどうにかしてほしくて。
だから、この人形――――ノウコさんに話した。
わたし達が遭遇した、わけのわからない事件を。
ずっと話を聞いていた人形の探偵は、金髪が持ってきた新しいコーヒーに口をつける。
なんとも優雅で、ほれぼれしてしまうほどの上品さだったのだけど、そんなことよりも今は! 今は、だ! 謎が解けたのかが知りたい!
岩は無理でも障子紙程度なら貫通しそうなほどの視線を送る。
それでも、黒のドレスに身を包んだ彼女はちっとも動じない。
交響楽団の演奏に耳を傾ける淑女然として静かにカップを置いただけ。
いや、その切れ長の目はすでに空になってしまったカップを見ている。
じっと、なにかを惜しむように、悲しむように――――そして、愉快そうに。
だけど、わずかに表出したその感情はすぐに消えてしまう。
入れ替わるように出現したのは、退屈。
おもちゃがすぐに壊れてしまったかのような、少女の風貌には似つかわしくない老成した感情だった。
「杯は干されて、謎も解された」
つまらなさそうな言葉は、なぜかひどく脆く感じた。




