寸刻神隠し 1
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<cafe doll>
直訳したら、『喫茶人形』、もしくは『コーヒー人形』。
よくありそうで、よくはない店名。
当然だと思う。
なにせ、この店が多少なりとも名を知られているのは、料理のおいしさでもなく、雰囲気の良さでもなく、なんならコーヒーの香りでもない。
この店には探偵がいるのだ。
本人は否定するかもしれないけど、探偵だ。
謎を解く――――――人形の。
「らっしゃいしゃい! 今日はなんにいたしやしょう! 活きのいい豆が入ってるぜ! おすすめは鰊のパイな! メチャウマ!」
「…………えっと…………用事はそっちじゃなくて」
「わぁーってる! わぁーてるのよ、そんなことは! なぜならウチの看板娘に用事ある人しかこねえからね! 一番奥の席に座った座った!」
圧倒される。
喫茶店のはずなのに、なぜか迎えてくれたのは金髪で法被にねじり鉢巻き、更にはぼさぼさの金髪と――明らかすぎるほどにヤンキー。
関わり合いになりたくないけど、コミュニケーションは大事だと思う。
「では遠慮なく」
「そうそう、遠慮することねぇよ。遠慮して得するのは病気貰う時ぐらいだよっ!」
「…………」
「無視されると悲しいねえ!」
やかましいので無視だ無視。
お祭りさんはハンカチを振りながら見送ってくれる。店の奥に向かう私を。
わずか十歩。そこに目的の人物は座っていた。
人物じゃない。”まだ”人形だ。
だけど知っている。”彼女”は人形だけど、人形じゃない。
先鋭なる思考の刃を以て謎を断つ、探偵にして、人形。
バラ色の唇と頬、そして纏っているドレス以外全てが真っ白。化外の美しさ。
人形の専門店だっていうのなら、きっととんでもない高値が付くだろうけど、生憎ここは喫茶店。そして、わたしの用事もそっちじゃない。
目を閉じたまま、静寂とともに座っている彼女の対面に陣取る。
動かない。
聞いている話なら、当然だ。条件がある。
そして、それはすぐに――。
「くるんだなぁ、これが! 俺のコーヒーは迅速にお届けするのっ! なぜならばっ! 俺はできる男で、パーフェクト! からは程遠いけどね!」
うっさい。
外観から想像できないほどにうるさい、この店。
とはいえ、謎を解決してもらうにはコーヒーが必要になってくるんだから致し方ないこと。ここはぐっと我慢をしておくべし。
私の前と、白の人形の前に一杯ずつ。
始まるはずだ。
――――きし。
――――きし、きし。
――――きしきしきしきしきしきしきし。
革が擦れるような、石がきしむような奇怪な音が始まる。
ぎこちない動作で人形の手が、彫刻作品のような指がカップに絡みつき、ゆっくりと持ち上げ、薔薇の花弁に漆黒の液体を送りこむ。
数秒の間があった。
私の目の前の人形の髪はすでに黒に染まり、黒曜石のような瞳は開かれ、まっすぐに私の目をみていた。
そして、人形は口を、
「なぁに? 散歩の途中でほかの犬に噛まれた小型犬みたいな顔して。そんなに悩ましいことがあるのなら、行き先はここじゃなくて病院かカウンセラーのところよ」
開いて毒舌を浴びせてきた。
話には聞いていたけれど、なかなかの破壊力。それで怯むと思ったら大間違いだけど。
「解いてほしい謎があります」
「嫌よ。他を当たりなさい」
嫌ぁ!? 何言ってるんだコイツ! 言うに事欠いて! 謎解き人形を自称しておきながら役割を拒否するの!? 信じられないっ!
かっとなりそうな頭を無理矢理冷静にしつつ、深呼吸。落ち着け落ち着け。
すぅー、はぁー。すぅーはぁー。すぅー! はぁー! 逆に怒りがこみ上げてきた!
「そうヘソ曲げるなよノウコちゃぁ~ん。わざわざ当店までお越しくださったからには満足しておかえりいただくのが客商売ってもんじゃね? その点どう思う?」
「知らないわ。勝手に喫茶店なんて初めて、勝手に店に置いてるのはお前でしょう? だったらこっちも勝手にするわ」
どうやら金髪は嫌われているらしい。ざまーみろ。
しかし、なかなか精神的にはタフなようで、なおも食い下がっていく。
「ノウコちゃんノウコちゃん。ノウコちゃんよぉ~。謎を解くのがお仕事だろ? なら解かなきゃなァ、謎。違うかい?」
「…………一理、いえ、十分の一理程度はあるわね。いいわ。話しなさい。開陳しなさい。解いてあげるわ、謎を。貴女の抱える―――――」
ゆっくりと人形、いやノウコさんはカップを持っているほうとは反対の、白魚のような、それでいて、無機物の固さを持った指を突きつける。
「貴女の謎は、なに?」
「…………神隠し。しかも、ほんの十分にも満たない、奇妙な神隠し」




