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二重密室人形落涙 前編

「やあやあ諸君。我々オカルト研究部のより一層の発展の為に、今日は俺が(いわ)く付きの代物(しろもの)を持ってきた。……これだ!」


 我がオカルト研究会唯一の三年生にして、部長である金切(かなきり)先輩はやけにごっつい入れ物から(うやうや)しくソレを取りだした。


 ガラス製の(はこ)に入った、人形。

 見た目はやや大きめの人形という感じ。陶製人形(ビスク・ドール)というわけでもないし、曰くありげな日本人形でもない。

 どっちかというと、低年齢女子が持っているのが似合ってしまうような――悪く言えば安っぽい人形だった。


「……ついてるのは曰くじゃなくてホコリじゃないんですか?」


 思わず僕の口をついて出たのはそういう忌憚(きたん)のない意見。別名、悪口。


「こらこらこらぁ! 七咲(ななさき)君、そういう口を叩いてしまったら人形様がお怒りになって(たた)りがあるかもしれないじゃないか! 七咲君にはこの世すべての不幸を背負ってしまう覚悟があるのかもしれないけど、俺にはないんだから巻き込まないでほしいな! オカルト研究部が廃部とかになってしまったらどうするつもりなんだい?」

「現状、我がオカルト研究部は部長含めて三人しかいなくて廃部寸前なんですから特に変化ないと思いますけどね」


 ついでに僕にはそんな変な覚悟はこれっぽちも存在していない。

 なぜか、金切先輩の中ではそういうキャラ付けになっているみたいだけど。


「で、その部長の妹さんの思い出の品にしか見えない人形がどうしたんですか? 髪が伸びるんですか? それともケタケタ笑うとか?」

「そんなちゃちな代物を我々オカルト研究部が資料として納めるわけがないだろうが! この人形は呪われているわけじゃない。しかし、『泣く』んだよ」


 ……髪が伸びたり空中を飛び回ったりするのとどこが違っているのかは僕には理解できないのだけど、どうやら金切先輩の中ではきっちりと線引きがしてあるようだ。

 ガラスケースに入った人形を見る目がちょっとばかり変態チックなのであまり眺めていたいモノでもない。


「で、何をするつもりなんですか?」

「泣く所を見てみたいんだけど、条件が不明なんだ。くすぐってみるかな」


 思いっきり罰当たりだと思う。覚悟はないけど躊躇(ちゅうちょ)もないのが金切先輩だ。


 ぴん、ぽん、ぱーん。


『オカルト研究部は今すぐ生徒会室に来なさい。迅速に、道草を食わず、一心不乱に。五分以内に来ない場合、即廃部にします』


 校内放送。が、内容が物騒だ。


「……何をやったんですか? 先輩」

「心当たりが多すぎるな。逆に言えば、人々の心が狭すぎるということなんだが」

「急ぎましょう。これ以上生徒会長を怒らせてしまったら今度こそ本当に廃部にされてしまいますよ」

「ふう、せっかく今日は人形をいじり倒して楽しもうと思っていたのに。……仕方ない、生徒会長をいじり回そう」

「『反省』って言葉を知ってますか?」

「知ってる知ってる。口で言うのは簡単だけど、実行するのは最も難しく、そして研究心にとって最も敵対する概念だ」


 この人には何を言っても無駄らしい。





 一時間に及ぶ生徒会長の追求をのらりくらりと先輩は(かわ)し続け、続行が体力的に不可能になってしまったという単純な理由で僕達はやっと解放された。


「やれやれ。廃墟に侵入した疑いぐらいのことで大げさな会長さんだ。あの心配性だと大人になってからも苦労しそうだし、ハゲるね、確実に」

「ストレスの原因にそういう言われてしまっていることを知ってしまったら今度は呼び出しぐらいじゃあ済みませんよ」

「そのときはそのとき。人生はもっと楽しまないと損だよ。ちょっとぐらい叱られてしまったからと萎縮(いしゅく)してしまったら目の前の面白い事象を見逃してしまう。俺はそんなのは嫌だしね。そのために証拠隠滅とアリバイ工作には誠心誠意注力している」

「……その無駄な情熱を常識の補填に向けてくれたら周囲の精神的疲労は劇的に改善するでしょうね」

「そんなものは自分でやらせろ」


 このやりとりも何度目か。少なくとも数える気をなくすぐらいには繰り返してきた。

 そんないつもどおりのテンションで戻ってきた空き教室兼オカルト研究部の部室。


 中に誰もいなくなるときには施錠する決まりになっているので、金切先輩が鍵を開ける。

 ……言いようのない、イヤな感じがした。


 ぞわり、と僕の背筋を何かが駆け上る。


 なんとも表現しがたい感触だ。これから毛虫を見ることを予見してしまったかのような、不都合が生じることを予想してしまったかのような、そんな被害妄想にも近いような感覚。

 だけど、それは妄想でも何でもなかった。


 教室に置いたままにしていた人形。


 それが、涙を流していたのだから。





 涙。間違いなく涙だろう。

 人形の頬を伝い、下に小さな水たまりを作っている液体が涙じゃなかったら何だという話だ。


「……な、なにが……」

「ふうんむ。七崎君、校庭側の窓の施錠を確認しろ。俺は廊下側を確認する――――いや、どっちもキミにやってもらおう。俺はガラスケースを調べる」


 言うが早いか金切先輩は迷うことなく人形に接近していく。

 僕は正直、一刻も早くこの場から立ち去りたかったのだけど、そうもいかない。

 常識的に考えるのならば、僕達がいない間に何者かが侵入し、人形に細工をしたと考えるのが正解だ。


 もし、それが間違いだったのならば、この人形はホンモノということになる。 

 高校生程度の手に負える代物じゃない。

 まるで貫通するような視線で以てガラスケースの検分を始めた先輩の後ろ姿を見ながら、どうしたものかという逡巡はあった。


 結局、僕は言われたとおりに窓の施錠をチェックすることにしたのだけど。





 結論から言って、窓の施錠は完璧だった。

 鍵はしっかりとかかっていたし、こじ開けられたような形跡もない。


「……そっちはどうだったんですか、先輩?」

「お手上げだね。このガラスケース、開けるには四つのビスを外さないといけないんだけど、この通りだ」


 示されたケースの四隅を留めるビスはしっかりとはまっている上に、ご丁寧にも接着剤か何かで固めであった。


「これは?」

「俺がやっていたんだよ。逃げられてしまっても困るからね。少なくともこの接着剤を綺麗に剥がしてその上ビスを外し、人形に細工して再び元通りにする、っていうのはちょっとばかり人間離れしてる」


 僕達が生徒会長に拘束されていたのは一時間程度。

 もし、誰かがやったのだとしたら、時間的にも、場所的にも――――。

 はっとした。


 そう、だ。

 窓もドアも施錠されていたこの教室は、密室だったのだ。 

 誰も侵入できないはずの密室内で人形が涙を流した。

 開けられないはずのガラスケースと、入れないはずの教室。


「二重、密室……」


 おいおい、僕はミステリー研究部じゃないんだけど。





 なんとも暗澹とした気分で僕は街を歩く。


 結局、誰がどんな目的であんなことをやったのかは分からなかった。

 もやもやとした気分だけが残る。

 当然、そんな精神状態だと足取りも重くなるし、とてもじゃないけど足取りも軽くとはいかなかった。

 そんな状態だったからなのか、それとも何かの偶然だったからなのか、僕は普段は見もしない脇道に視線をやった。


 ごちゃごちゃとした小道。その中の看板の一つ。


 〈Cafe doll〉


 コーヒー人形。もしくは喫茶『人形』。

 どっちにしても今の僕には因縁を感じてしまう。

 だけど問題なのはそれじゃなかった。


 多分、客であろう人物。

 着ているのはゴスロリ、と表現すべきようなゴテゴテした装飾だらけの服。それだけならば、ちょっと変わった感性の女子というカテゴリに分けていた。そう、僕にだってそのぐらいの分別はある。

 問題だったのは、彼女が今まで出会ったどの人物よりも綺麗だったことだ。

 遠目にもわかるぐらいに、まるで光り輝いているかのように。

 闇のような黒の衣装に、シルクのような純白の髪。だけど、その混ざり得ない二色を纏った彼女はとても、とても綺麗だった。


 きっと、平常の精神をしていたのならば、僕はなんとか自省できていたのだろう。

 だけど、ちょっとばかり参ってしまっていた僕は、少しでも彼女に近づきたいと思った。思ってしまった。

 自然に足は〈Cafe doll〉の方へと向かっていた。






 ドアを開けると、からんという涼やかな音がした。


「お、めっずらしいねぇ。いらっしゃい、少年。好きな席に座りなよ。まあ、選ぶほど席はねえんだけどッ! ぎゃはははははっ!」


 僕を迎えた第一声はそんなハイテンション。

 カウンターの向こう側にいるからには店員なのだろうけど、はっきり言おう。


 チンピラじゃねえか!


 げらげら笑いながらカウンターで僕を迎えた人物は素肌に派手な柄のシャツを着ており、あまつさえ前のボタンを全開にしているガタイのいい金髪男性だった。

 しかも、やけに鋭利な形状のサングラスをしてるものだから、一見しても、よくよく見てもまともな人物には見えない。少なくとも喫茶店のマスターには見えない。っていうか、飲食店の人間としては落第点どころか試験会場からの即時退席を求められるような身なりだった。

 今すぐ(きびす)を返してダッシュでここから脱出すべきという本能的な考えと、人を見た目で判断してはいけないという良識的な部分が多少の葛藤(かっとう)を繰り広げたのだけど、僕は後者の意見を採用した。


「……好きに、座って良いんですか?」

「いーよいーよ。どーせ客なんぞ来ねえんだから。『客』はね、『客』は」


 意味ありげにサングラスで照明を反射しながらチンピラっぽい男性は言う。


 ……なら、好きにさせてもらおう。


 『彼女』は窓際の席に座っているはずだ。


 予想通りに、『彼女』はそこにいた。

 まるで時間が静止しているかのように、その美しさは永遠だと主張しているかのように。

 なるべく近い席に座ろうと思って、僕はその隣のボックス席に座ろうと――――。


「おいおい少年。そっちの可愛いのに用があるんじゃねえの? だったらそんなシャイな振る舞いじゃなくって、もっと近くに行きなよ」


 何を言っているんだこの人は? 確かに、『彼女』は一人だけど、いきなり隣なんかに座ってしまったら不審者一直線じゃないか。僕は健全な男子学生であって、決して変態なんかじゃない。


「ままま、そう固くならずに、サ。座りなって」

「ちょ、ちょ、ちょっ!」


 強引に背中を押されて僕は『彼女』が座っているボックス席に無理矢理着かされる。


「ちょーっと待ってなよ。今すぐ何か持ってくるから」


 やけに軽やかな調子でチンピラは去って行った。

 ……え、おい。ちょっとどうすんだこれ?

 前に視線を持っていく事が出来ない。


 あんまりにも予想外過ぎる事態にパニックを通り越して、脳内はフリーズ状態だ。

 だけど、だけどだけど! いきなり対面に座ってきた上に何も言わないなんて失礼千万。下手したら痴漢扱いを受ける可能性だって生じてくる。

 多少無理があっても、ここは申し開きをしないといけないだろう。


「……えっと、あの……突然こんなことしちゃいましたけど、僕としては不本意というか、物の弾みって言うか、いやいや、元を正せばあの店員さんが悪いんですけど……と、とにかく! ごめんなさい!」


 責任転嫁を試みた末に耐えられなくなって僕は謝罪してしまった。

 沈黙。

 そりゃそうだろう。いきなり知らない人間が対面に座って、その上でへどもどしながら最終的に謝罪してしまったら誰だって混乱する。僕だってそうなる自信がある。

 しかし、反応は気になってしまう。 


 恐る恐る、僕は顔を上げて『彼女』の様子を観察してみる。

 微動だにしていなかった。

 それどころか、僕を気にしているようなそぶりもない。


 いや、これは――――。


「……人形?」


 そう、『彼女』は人形だった。

 等身大の人形。

 この上なく精巧に造られてはいるが、生きてはいない。


「その通り! うちのマスコット! その名も『ノウコ』! 見た目はいいだろ?」

「は、はあ……」


 いつの間にかトレイを持ってチンピラが戻ってきていた。

 上にはカップが……三つ?

 え、なんだそれ? 僕三杯も飲まないといけないのか? ココってそういう感じのぼったくりなのか? 

 優雅な動作でチンピラさんは僕の前、人形の『彼女』の前、そして自分の前にカップを置く。

 ついでに、隣の席から自分用の椅子を持ってきて腰を下ろす。


 は?


「ほんじゃ、いってみようじゃないの」


 なにを?


「ぎゃははははっ! 『ワケわかんねえ』ってツラしてるけど、こっちはわかってんの、サ。少年が『謎』を抱えているって事がねッ!」


 なんで知ってるんだ⁉

 チンピラさんはおかしくてたまらないという様子で大口を開けて笑い続けているけど、僕はすでに気味が悪くなってきた。

 等身大の人形をわざわざ座らせていることと言い、格好と言い、あまりにも普通とはかけ離れてしまっている。

 ここに居続けていると、僕はおかしくなってしまうのかもしれない。


「あ、あの……僕はもうそろそろ失礼しま……」

「ごちゃごちゃ言ってないでとっとと『謎』をさらけ出しなさい。貴方(あなた)はそのためにこの場所に来たんだから」


 涼やかなようで、しかしながら逆らうことを許容しない声が僕の動きを止めた。

 誰の声だ? いま店内にいるのは僕とチンピラさんの二人だけ。そのはずだ。

 だって、他に存在しているのは――――。


「なぁに? 聞こえなかったの? だったらもう一度だけ言ってあげるわ。さっさと、謎を、私に、提示しなさい、愚図(ぐず)


 視線を前に向ける。


 さっきまで確かに人形だった。僕の前に座っているのは等身大の人形だった。そのはずだ。

 だけど、今現在その人形は、カップを手に持ち、注がれている黒い液体を口腔内に流し込んでいる真っ最中だった。


 シルクのように真っ白だった髪が、徐々に、徐々に黒へと変化していく。

 やがて、毛先まで漆黒に染まると『彼女』、いや、ノウコさんはやっとカップを置いた。


「解いてあげるわ。貴方の抱える謎を。だってそれが私の存在手段なのだから」


 紅を引いたように真っ赤な唇が、まるで弓のように曲がった。


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