翼なき女ども
……翌日から、アリエスの中で、始まった事がある。
それは、剣術の修行と、ランニングである。奇跡的偶然によって日本と同じ距離の単位を用いていたこの世界で、アリエスは朝起きてから三キロのランニングを始め、剣の素振りを始めた。腕立て伏せや腹筋・背筋などの筋トレも始めて、空いた時間にトレーニングをするようになっていった。
アリエスは、これまで怠ける癖を持っていたが、翌日からはそれがなくなっていたようなのだ。何しろ、“俺”の目が常にあるというのが効いている。人が見ている現状、怠けられないという意識が生まれ始めていたのだろう。
では、何故、以前の彼女を知らない俺が、彼女の怠け癖まで詳細にわかったのか。
それは簡単だ。
――そう。それから更に二週間、経ったからである。
修行開始から三日経った時、アリエスが、「筋肉痛状態での悪戯なトレーニングは運動効率的にあんまり良くないので今日は一日のんびりします」と言った。
俺は納得し、「その方がいい」と言った。……しかし、翌日も、翌日も、その翌日も、筋肉痛が消えてからも、アリエスは何もしなかった。
家事はしている。しかし、トレーニングはしていない。「他人の目」には限界があったのだ。
セラフと近くの町に買い出しに行ったり、エリサと物理的な花を摘みに行ったり、最低限の事はしつつ、後は家で休養している事が多い。最初の頃は、書物なんかを読んでいたが、今はそういう事すら減って、ただただ、ごろごろしている。
何もしないをしている。
結局、こういう事情で、毎日、朝になると俺の方が、アリエスの身体を使ってトレーニングしている。そうしないと、俺が落ち着かないからだ。
それでも、しっかりと、アリエスの身体の筋力を高めてはいたはずだった。俺は、鞄の中に幸い入っていた保健体育の教科書を参照しながら、アリエスの身体にとって無理のない範囲でのトレーニングを続けている。それによって、アリエスは、“成長”はしているはずである。
……が、やっぱり何か、色々と間違っている気がする。
いや、気がするだけじゃないだろう。間違っている。
(姫さん! 悪いが、一つだけどうしても訊きてえ事がある)
俺は、昼間からベッドに寝転がって、相変わらず“何もしていない”をしているアリエスに言った。
アリエスは、少々間を置いてから、上ずった声で返した。
「な、なんでしょう……」
(忙しいところ、すまねえ。失礼を承知で言わせてもらう。勘違いだと良いんだが、姫さん……あんたは、もしかして、“頑張るのが得意ではない”タイプの人間なんじゃねえか?)
「…………」
(確かに俺が普段、姫さんの身体でトレーニングをする事で、姫さんも何となく強くなってきてはいる……そんな気はするんだ……。しかし、こればっかりは俺にもわからねえけど、このままで良い気があんまりしねえ……)
「…………」
(いや、まあ、確かに運動効率上、別に間違ってはいねえ気がするよ。勝手に別の意識が身体を鍛えてくれるなら、それは良い事かもしれねえ。単純に筋力を鍛えるうえでは、無理に頑張る必要はないかもしれねえ。……しかし、なんだか、同じ身体の使い手として、とてつもなく不安に駆られる……すべてが終わった後、この姫さんで大丈夫なのか、と。身体の動かし方も、いなくなった後の筋肉の衰えとかも……)
思いがけず責める口調になってきたが、責める気はない。――が、なんというか、本心を言うと、もう少し自分でやれよと思わなくもない。
結局のところ、彼女が弱いのは両親が放任したのもあるのだろうが、それと同時に、彼女自身が生来の三日坊主の性格に加えて、たとえ一瞬だけ意志が強くとも、日常的にそれを持ち続けられるほどの性格ではないからなのだ。継続が絶対にできないタイプである。
……しかし、もし、これから俺がいなくなったら、この子はどうするつもりなのだろうか。自分をあんまり高く見たくはないにせよ、実際、敵が襲撃してきたら俺なしではやっていけない。
この国を治める姫として、果たしてこのままで大丈夫なのか、と怪しさを感じ始めていた。
「す、すみません……最近、どうも、別にやりたくないわけではないんですが、身体と心がそれに追いついてくれないというか……。なんというか、一人でランニングや剣術するのって、周囲の目とかが恥ずかしいですし……特に、私は立場上、『あっ、姫様が走ってる!』、『がんばってね姫様!』みたいな目を向けられて、なんか、ほんと……いたたまれないっていうか何ていうか……ちょっと外に出るのやだなぁと思ったり思わなかったり……」
(……よし、わかったよ。それが理由か。――なら、決めたっ!)
「えっ!? 何をです!? 今決めたのは、もしや、何か私に不都合な事ですか……!?」
たぶん、不都合な事ではないと思うんだが……。
とにかく、俺は決めてしまった。
(明日から、気力のある奴全員で毎朝、ランニングを習慣化し、国を守る為に楽しくトレーニングする会をやろう! いわゆる、俺たちの千葉県にあった“部活動”という制度の、もう少し気楽なバージョンをやるぞ!)
「ぶ、部活動?」
(同じ趣向や夢を持つ民たち同士で集まり、共同で技を磨き、己を高める集会だ。こいつは一歩間違えば、強制度の高い軍隊みてえにもなっちまうが、この制度を正しく使えば楽しく健全に身体を鍛える事が出来る! やる気がある奴らに少しでも集まってもらって、少しでも強くなってもらえれば、この国はきっと前に進めるに違いねえ!)
「や、やる気のある方たちですか……?」
(ああ。前にあれだけの数の人間が、武器を持って戦おうとしてくれてたんだ。――って事は、きっとみんな、いざって時はやってくれる! でも、いざって時に力が足りなきゃ逆に危ねえ! そして、何より今、俺たちはそのいざって時に、毎日どんどん近づいてきてるんだ!)
「やめてください……こうしている間にも時間が流れている事実はあまり聞きたくないです……」
(大丈夫! みんなでやれば、きっと習慣として根付いてくるさ!! 一人で走るわけじゃなけりゃ、姫さんだって、やりやすいはずだろう!!)
と、俺は、それからアリエスの身体を借りて、何人かの民に熱心に声をかけていった。
そう、百人も集まってるんだから、一緒に走って鍛えてくれる奴が、きっといる。
――――と思ったが、いなかった。
この国、“スウィート・ピィ”には、気力のある奴がいなかった……。
姫様が守ってくれるから安心だ、と善意の笑顔で言われた。見るからに元気で、身体を使う遊びかスポーツか何かをやっている奴らが、持病を理由に苦笑いで拒否した。何人は「行けたら行きます」と言っていたが、到底信用に値する言葉とは思えない。
……終わった。
この国は、百人のアリエスがいる国なのだ。上から下まで、全部、「いざ危機に直面すると立ち向かうが、日常的にそれをやるわけではない」という性格だった。
勝気なポニーテールのセラフにスポーティなイメージを勝手に投影していたが、「え? あたし? 森を歩くと三歩に一回足挫いてたけど大丈夫かな?」と言っていた。ダメに決まっていた。無理はさせられねえ……。
(伊神番長……)
(言うな。今日からは、俺一人でもやる。そういう会があると伝えたうえで、毎日やっていく姿を見せれば、きっとみんなついてくるさ)
以後、まともなトレーニングと、静養をかねたウォーキングなどを交互に行いつつ、毎日、民に見えるように一人で頑張っていたが、「アリエス姫は立派だなぁ」とニコニコ言うばかりで、実際についてくる者はいなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから、また一週間経った。
その日もまた、俺は、一人で走っていた。あれから、「ランニングに参加すればスタンプを押すスタンプカード」を作ったり、「空いている時間に出来る戦闘術の基本」を掲示板に貼って、参加しないにせよ戦い方を知ってもらうべく動こうとしたりした。
……が、それも誰も参加しなかったうえ、もうあの掲示板は新しい情報に上書きされている。というか、なんか変な絵やら、漫画やら、歌やら、物語やらが、至るところの掲示板にどんどん貼られていくのだ。
俺が必死で調べて作った剣術のイロハさえ、一瞬で上書きされて見えなくなっていた。俺も少々、参っていた。悪い奴らではないのがわかっているゆえ、少々しんどい……。久々に心が折れてしまいそうだ。
(どうして、みんなあんな、鍛えてくれねえんだ……。まさか本気で自国の姫様一人に戦いを任せる気なのか……)
(――あの。伊神番長。この国は、元々、文化による発展を目指していた国で、運動や戦いよりかは、芸術を極めたい人が多いんです。しかも、前線で戦っていた人たちも全員氷漬けにされたので、そういう方面でやる気のある人がいないんです)
やる気のない人筆頭のアリエスが、走っている俺の頭の中で言った。
俺は、熱心に走り込んではいる。しかし、少々ふてくされない気持ちもなくもないながら、番長として、それはできない。民がついて来ないのは、きっと俺が至らないからに違いないのだ……。俺はアリエスに応えた。
(そ、それは別に人それぞれで良いと思うが……しかし、今は言っていられる状況じゃねえと、俺は思う……。そもそも、あんたやセラフは一応、普段、炊事や洗濯など生活必需の仕事をしていて、エリサは子供だから、まだ良い……。しかし、一国の姫が毎日仕事をしているにも関わらず、普段から絵を描いたり歌歌ったりして働かねえ奴が多いのは何なんだ!?)
(ええ。それは……まあ、スウィート・ピィのお国柄です。本当にごめんなさい。良くも悪くも、おおらかで、のんびり屋が多いので、好きな事以外で頑張るのを忘れているんです。それに――私も恥ずかしながら、歌を作って聞かせる事を尊しとした一人です。ずっと、剣術の修行もせず、音楽を生業としようと考えていました。いや、今も実は、ちょっと本気で歌の夢を追っています。そのため、彼らのような芸術家志望を責める事はまったくできません……)
(歌……? あんた、歌が好きなのか?)
そんな夢まったく聞いていないし、かれこれ数週間くらいここにいる(正直時間が経ちすぎて内心かなり焦っている……)が、彼女の歌を聞いた事はさっぱりない。
……まあ、国が置かれている状況が状況なので、色々言いたい事はあるにせよ、夢があるのは良い事だ。姫という枠に囚われぬ大志があるのは、なかなかに素晴らしい。まして、当然世継ぎになるというレールに乗るだけでなく、自分自身の道を往き、実力勝負の世界へ踏み出したいと考えていたらしいのだ。立派な事この上ない。
とりあえず、ただ頭の中で女子と話しながら走っているのも退屈なので、聞いてみたい。
(……一応訊く。どんな歌だ? いま、走りながらでも聞かせてもらえるか?)
(……いや、恥ずかしいですし。伊神番長に聞かれるのが、その……ちょっと嫌だから、今まで、あんまり歌わなかったんです)
(なっ!? 姫さん、あんた他人に聞かせるのが恥ずかしいのに、歌を生業にしようとしていたのか? これだけはあんたの為に言わせてもらうが、流石に世の中はそんなに甘くはいかねえと思うぞ……!)
戦いの方はまだ、良い。当面は俺が何とかできるからだ。
しかし、彼女の夢は彼女だけの物。それに対して中途半端なままで良い筈がない。俺は、走りながら、思わずアリエスに説教をしたくなったが、
(わ、わかりましたよ……。そ、そこまで言うなら、聞いてください。聞かせますから! 笑わないでくださいね! ……あ、やっぱり、反応ないと寂しいので、笑ってくれてもいいですよ!)
アリエスが折れた。
それから、俺は、アリエスの意識が紡ぐ歌を聞く事にした。
なんというか、アカペラであれ、ランニングしながら歌を聞くというのがこの世界で出来るのは、少々乙な物かもしれない。
アリエスは、すぅ、と息を吸った。
(ワタクシ、狂い咲き、アリエ太夫でございます……アリエ日記をどうぞお聞きください……)
しかし、早速、歌いだしから嫌な予感だ。
(あ、それチャン……チャカ、チャンチャン……チャチャンチャ……チャンチャン……チャン、チャカチャンチャン、チャチャンチャチャンチャン……聖なる剣を手に入れたと思ったら~、お父様の髭でした~……コンニャロー!)
そして、嫌な予感が全く以て的中した。
恐るべき偶然だ。ここまで似通ったメロディと、歌詞と、ノリと、声色の曲があるとは。……いや、曲なのかはわからないが、俺は元の世界でこれによく似たモノを、稀に家のテレビで見ていた気がする。少なくとも、俺の世界で、それは、“歌”ではなく、“ネタ”だった。
とにかく、アリエスが歌と主張するそれは、またしばらく続いた。
(チャンチャカチャンチャン、チャチャンチャチャンチャン……チャンチャカチャンチャン、チャチャンチャチャンチャン……)
(モンスターを退治したと思ったら~、野菜でした~……コンニャロー!)
(歌や文化の国を治めたら~、滅びました~……コンニャロー!)
(炎の魔法で戦おうと思ったら~、山火事になりかけて断念しました~……実話コンニャロー!)
――――俺は、しばらく無になった。一瞬、心が消えそうになった。しかし、何とか持っていかれる前に心を取り戻した。
アリエスも、しばらくちょっと恥ずかしそうだったが、まあ、披露してくれた事は勇気の要る事だっただろう。そこは礼を言いたい。
しかし、とにかくここに夢をかけている彼女に対して、中途半端なおべっかで全部を褒める事は難しい。嘘はつけない。残念だが、一応、正直な感想を述べる。
(あ、ありがとう、姫さん。ちょっと気はまぎれた。しかし、すまねえ……別に、目の付け所は悪くはねえと思う。野菜のくだりは笑いかけたが、後の部分は、部外者の俺が笑っていいのかわからねえし……それに、仮にも一国の姫として生きているあんたが、そういう悲劇的な事象を、自虐の笑いに変えていく必要は、別にねえと思うんだ……。――できれば、アリエ太夫以外にないか?)
(えっと……それが、一応もう一つあるんです……)
(そっちを聞かせてくれ)
良かった、これで歌の夢を追うと言うのなら、「考え直せ」という冷たい言葉を吐くしかなかった。
アリエスは相変わらず恥ずかしそうだった。
(これこそ、伊神番長の前では、その……もっと、本気で恥ずかしいんですけど……)
(恥ずかしがるなよ。俺は、いつでもあんたの味方だ)
(わかりました……)
俺は聞いてみたかった。というより、アリエ太夫を一度頭から消したかった。まさか、また歌じゃなくてネタが提供されるのかと思ったが、こう言うと、ちょっと雰囲気が変わった。
アリエスは、言葉の全てが濁音のデスボイスを発しだしたのだ。
(Ah~~~!! 転がる死体 滅びる時代 DEATH DEATH DEATH DEATH!! 無明を彷徨うゾンビ ゾンビ ゾンビ!! 見世物小屋のドブネズミ 妖しく嗤う ××××病院!! 廃墟で重なる×××の集団!! 首を撥ねた肉塊の狂乱!! Ah~~~!!)
(――ストップ!!)
(はい)
(……悪くねえ。一介の不良としては、正直、そこまで嫌いじゃねえ。――が、二つ聞いたところ、どうしても疑問が湧いてしまった。そう、音楽の方向性がわからねえんだ。あんたは、一体、どっちを目指しているのか?)
(正直、私にもわかりません……。アリエ太夫の時は、“自分は一体何を歌っているんだろう”と思いながら、歌っていました……。しかし、それまで普通の歌を歌ったら、姫という威光を利用してさえも誰も聞いてくれず、あまりに悲しくてたびたび夜泣きしていたので、インパクトがあってトゲのあるモノを作ろうと思ったのです……そこで生み出されたのが、アリエ太夫と、二曲目の“臓物スプリンクラー”です)
(わかる。気持ちはわかる。確かに、最初に見てもらうのは大事な事だ。努力も認める。いや、出来も悪くないと俺は思う。俺も歌は詳しくねえが、なかなかの歌唱力ではあるはずだ。下手なプロと比べてみると、ずっと上手いだろう。ざっと聞いた感じでは並な物じゃねえ……)
(そうですか……)
(いや、俺ももっと手放しに、褒めたいんだ。そう、凄くハートは感じる。それに、やっぱり、後者はかなり嫌いじゃねえ。ただ、正直、アリエ太夫は歌と別ジャンルなんだ。……というか、これは俺の元の世界での経験を踏まえてどうしても出てしまう感想であって、あんたは悪くねえと思うんだけど、あっちは“パクリ”に聞こえる)
しかも滑り芸のパクリだ。
(そう、ですよね……。わかりました、アリエ太夫については、たとえ殺害を仄めかして脅されたとしても二度と歌いません……)
(――というか、姫さんは、もっと、自分らしい歌で良いんじゃないか?)
(自分らしい歌……?)
(ああ、やっぱり、一番はもっと自分の歌いたい歌や、ストレートな気持ちが籠った歌だよ)
(わ、わかりました……。これからは、臓物スプリンクラーの路線を、ガンガン作って極めます)
……今は、やっぱりそういうが本心に近いのか。まあ、悪くねえ。
姫というのも、なかなかにストレスのある日々なのだろう。あんな歌が紡がれるほどの鬱憤が蓄積されたなら、好きなように吐き出せば良い。迷惑被る奴はどこにもいない。
さて、もう一度、俺の中で歌詞を噛みしめよう。本人はもう歌わないと言っているが、もう一度歌詞の内容を考えてみれば、アリエ太夫にも何かもっと良いところが見つかるかもしれない。
……ん。ちょっと待て。
(待て、姫さん。さっき、“アリエ太夫”の方で、炎の魔法が使える、と歌っていたな?)
(ええ……一応)
(一応?)
(私の魔法力と、母から授かった指輪があれば、炎を発する事が出来ます。ただ、前述の通り、山火事を起こしかけたので、もう使うのはやめてしましたけど)
(そうか……まあいいや。危ねえ事は、しねえに越した事はねえ)
とりあえず、炎の魔法については心に留めておいた。
アリエスも、山火事を起こしたり、人を傷つけたりするような危ない真似はしたくないのだろう。――しかし、俺は両手を見た。
(で、指輪は? 今までもそんなものつけてた様子はねえみてえだが……)
(えっと……たぶん、私の健康保険証と一緒に保管してあると思うんですが……)
(……わかった。もういい)
確かに、アリエスが指輪をしているところなど、俺は一度たりとも見た事がない。しかし、そんな大事な指輪を完全に持ち歩いてすらいないなど、色々と不安である。
……とにかく、ここしばらくでわかったのは、ピンチにない時のアリエスは、ただの一人の怠けがちなニート姫だという事だ。
普段、凄く丁寧な言葉遣いをしているし、心根も優しいが、反面では、周囲に悪く見られるのが嫌で、それをやっている節もある。そいつは、肚の内を吐き出す歌がDEATHとゾンビと××××病院な時点でよくわかる。
しかも、この姫は、性格が悪くないだけに、追及しづらく、活を入れづらいオーラがあるのだ。というか、やっぱり、この国の残りの人間、全員がそうだ。悪意はないが、長期的に見て全員が危ない時でも、誰も協力もしてくれない。
(よし!)
――が、俺はもう、アリエスの夢を聞いてしまったのだ。彼女は、歌を作り、歌いたいと。
ならば……。
少なくとも俺は、アリエスに対して、心を鬼にする覚悟を持つ事を決めた。
明日からは、もう、遠くの森まで走った後で肉体の主導権をアリエスに返して戻らせたり、ひたすらトレーニングを促すように言ったり、「もし動かなければ、もし花を摘みに行っても意識を残す」と脅したりしよう。そうだ。そうでなきゃ、この国は変わらない。
もし、このまま本当に俺がいなくなっちまったら、その時……この国は本当に終わっちまうからだ。
そうしたら、どんなに歌いたくたって歌えなくなってしまうし、この姫の心にどんなに強い物があるとしてもそいつが見えないまま終わっちまうんだ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆