踊らされ子
アリエスは、セラフと手分けをしてエリサを捜す事にした。
しばらく、エリサが行っていたらしい近くの花畑を捜していたが、どうもその近くはいなかった。
ここからのくだりは少々だけ省くが、しばらく探しても妹が見つからず、不安と焦燥に包まれるアリエスを見ていて、俺は耐えられなくなった。泣きそうな声で森を探し続け、走り回り、エリサを呼ぶアリエス、徐々に真剣な顔になっていくセラフ……。
「……どうしよう、エリサに何かあったら私のせいだわ……私が一人で遊びに行かせたから……」
(姫さん……)
また何度も手分けして探して、一時間くらい経った頃には、アリエスは憔悴しきっていた。
アリエスは、姉として自分を責めている。何故、一人にしてやってしまったのかと。
俺は訊いた。
(姫さん、エリサちゃんってのはどんな子だ?)
(……普通の可愛い子です。無口だけど、丁寧で……森に行って遊んだり、花や野菜を育てたり、黙ってお芝居を見たりするのが好きな子なんです……)
(そうか……じゃあ、絶対見つけねえとダメだな!)
俺の中で――アリエスが妹を心配する気持ちがどんどん重なって来ていた。
そんな時だった、セラフが聞き込んで情報を持ってきたのは。
「姉様、大変だ! 村人Aが、“エリサが見知らぬ男に連れていかれるのを見た”って!」
「えっ!? それはもしかして連れ去り……!?」
俺は背筋が凍った。――まさか、あのエリサという幼い妹は、目撃証言によると、誰かに誘拐されていったらしい。この世界でもそういう事件があるのだ。やはり、俺も、幼い少女を一人で外に出すのを放置するべきじゃなかった……俺とした事が迂闊だ。
更に必死になって捜し始め、俺たちは捜索範囲を広めた。民たちも、勿論の事ながら協力してくれる。ここからは山狩り同然だ。
とりあえず、森の方はセラフと民に任せ、アリエスは最寄りの町まで走り出した。
それは、俺の指示だった。
スウィート・ピィの難民キャンプのもとにいないというのなら、近くの町を探し出せば良い。謎の男に歩いて手を引かれていたなら、そう遠くには行けないだろうと思ったのだ。この町の人間の仕業ならば家に連れ込まれているし、宿を借りられているかもしれない。
隣の町で、聞き込みをしていくと、やはりご名答のようだった。幼いエリサが、変な小太りの男に手を繋がれて、歩いていたのを目撃した声をちらほら聞いたのだ。
聞き込みが有効そうな町の情報通っぽい奴を、俺は嗅ぎ分ける事が出来る。
「あっ……!」
順々にその行先を追って行くとすぐに、町の広場のベンチで座りぼけーっとしているその男と、何も言えず震えているエリサが見つかった。
捜索開始から、かれこれ二時間経った頃合いである。初動捜査を見誤らなかったのが功を奏した。先にこちらに気づいたのは、隣に座らされているエリサの方だった。
「……あ、姉上!」
「エリサ! あ、あなたは、一体、何をしているんですか!?」
と、アリエスが叫ぶと、小太りの男はこちらを見た。髭面で、どことなく不健康そうな容姿の男だ。俺は、その瞳が曇っているのが何となくわかった。
世の中の小太りには二通りのタイプがある。社交的な奴と、そうでない奴だ。見た感じでは、明らかに、後者だった。なんだか話しかけづらい、世の中そのものを睨むような顔立ちをしていた。
「ん? なんだおめえ」
「私は、その子の姉です!」
アリエスの語調はとても強い。やはり、ひ弱な姫騎士とは思えぬほどだ。
「がははっ! ああ、この子の姉ちゃんか。じゃあ、オイラはただの旅人だよ! しかし、言っておくが、ただの旅人といっても、職業においてただの旅人なだけで、性格や能力の面においては、あんまりただの旅人じゃないぜ? 何しろ、オイラはア界で一番の鎖鎌の使い手の旅人なんだ!!」
男が笑いだすと、幼児性の抜けきれない性格が、その口調や声から何となく伝わった。
……そして、確かにその手に、漆黒の鎌を持っていた。鎌といっても、彼の言う通り、死神が持っているようなタイプの巨大な鎌ではなく、野菜を抜くのに使うような小さな鎌だが、その持ち手には鎖分銅がついている。遠距離からの投擲武器として使っているらしい。かつて、東京で出会ったカラーギャングの武器と同じだった。
男がそれを取り出した瞬間、エリサはひどく怯えた表情になった。――アリエスも、それを見てかなり動揺する。
「りゅ、留意しましょう……しかし、あなたは、一体何なんです! 何故、そんな武器を持ってエリサを連れているんです!」
アリエスが無理に毅然とした声で言うと、エリサが震えた声で返そうとした。
「そ、それは……こいつがエリサに突然声をかけて……――」
エリサの強い恐怖と、姉への信頼が伝わろうとしたが、それをこの小太りの誘拐犯は、遮るように言った。
「――オイラが教えてやるよ! オイラの目的は、寂しい一人旅のお供として、子供を連れて歩く事だ! ただの旅の連れが欲しいだけであって、別に変な事や酷い事をするつもりはねえよ! そこは安心しな、お姉ちゃん!」
「何ですって!?」
頭の上で、誘拐野郎は突如、鎖鎌を振り回し始めていた。――こいつ、明言こそしていないが、エリサを取り戻そうとすればすぐにでも、何かやる気のようだ。キレやすい性格らしい。明らかにそのキレた後の表情だ。エリサもアリエスも、怯えて一瞬言葉を失っていた。
奴は、近寄らせる気がない。このまま、たまたまそこらで出会った子供を連れて行き、そいつを永久に帰させない気なんだ。
「オイラはな、これからの長旅のお供として、花畑で遊んでいたこの子を連れていく事にしたんだよ! じゃあ、何故どうしても“子供”を連れて歩きたいのか! ――それはな、子連れの旅人になる事では、次のようなメリットがあるからだ! その一、疲れた時や心が折れそうになった時に純粋さに癒される! その二、金や宿を借りる時などに同情や社会的信用を得やすい! その三、育てれば将来的にオイラを介護する労働力になる! バカなオイラでも、子供の使い方くらい覚えてるぜ!!」
「……で、でも、その子は、私の大事な妹なんです! 返してください!」
「やだね! だって、きっと、この子もオイラについていった方が良いし、結果的に嬉しいと思うってわかってるからね!」
「どうして!」
「オイラの実体験として語るが、旅ってのは楽しく、そこで見る景色は何者にも代えがたいもんなんだ! まだ見ぬ景色を見て感動できて、行く先々で色んな人と触れ合える! そんな普通の生き方じゃ経験できない喜びを経験できるのは、オイラがこれから彼女を連れていくからだ!! この子も、オイラに選ばれたのをありがたく思うべきだね! 社会に従うだけのつまらない人生と違って、充実した人生になるからさ!」
「そんな自分勝手な……!」
ああ……確かに、この男の中にはあんまり悪意はなさそうだ。良かれと思っている。だが、悪意がないから悪じゃねえという道理はねえ。俺は、どうにもカチンと来た。
魑魅魍魎跋扈するこのイセ界。突如として、幼女を攫ったこの怪人物。見たところ、黒々と髭も生えていて――実際どうなのかは知らないが、見たところの齢は、三十程度だろう。少なくとも大人ってのは、すぐわかる。
その大人が、道理を遮ってまで子供に、無理矢理にまで自分の楽しみを押し付けようなんてのは、どうにも許せねえ……。こいつには、明らかに怯えているエリサの瞳が見えねえのか? こんな怯えている子供を仲間だ供だと言って、連れまわし続けるつもりなのか……? 震えてる子供を、これから先、ペット感覚でずっと連れ歩く気か? 大人ってのは、もっと他人を思いやれる経験をしてからなるべきもんじゃねえのか?
ふと、俺が、過去に見た、“ある男”の言い分を――思い出す。
俺はアリエスに言う。
(姫さん……こいつ、エリサちゃんを渡す気がなさそうだ。マジで、このふざけた理屈で誘拐するつもりだぜ……!)
(え、ええ……そうみたいです……)
(悪ぃが、身体、使っていいか? こいつに言いてえ事が山ほど浮かぶ)
(――勿論。むしろ……無力な私に代わって、お願いします!!)
……わかった! 許可を得たなら借りさせてもらうぜ!
俺は、即座に乗り移ったようにしてアリエスの肉体の主導権を得る。
肉体に感覚が生まれる。額にかかる前髪をすべてかき上げてオールバックにする。気合充填。姫様のか細い指を握り込む。
そして、俺は目の前の小太り誘拐犯野郎を睨みつけ、怒鳴り声をあげた。
「――てめえ、エリサちゃんを返しやがれ!!!!!!」
それは、先ほどまでのアリエス自身の声と違って、やたら大きく響いた。
全員が、姫の様子が変わったのに気付いたらしい。
「と、突然……なんて口の利き方の女だよ……どんな教育を受けてきたんだ!?」
流石のこの小太り野郎も、どこかビビったような風にそう告げた。
……エリサもなんだかこちらを見る瞳が、どうにも不安気ではあった。姉の人格が変わったら普通不安になるだろう。……まあ、悪いけど、しばらく耐えてくれ、嬢ちゃん。用が済んだらちゃんと、アリエスに姉の役目を返すつもりだからな。
とにかく、俺は、この小太り野郎の開き直りっぷりにイラついていた。先ほどまでのアリエスのおしとやかな口ぶりを変えて、俺は俺の口でコイツに説教してやる。でないと、俺が乗り移った意味がない。
「粗暴な女、お里が知れてるな!」
あと、加えて言うが、コイツはどうやらアリエスやエリサが、一国の姫様だって事は気づいていないらしい。
「――ふん。俺も別に褒められた生き方はしてねえが、他人様の妹に手を出すほど堕ちちゃいねえ! まして、てめえの勝手な考えに、子供を巻き込むほどにはなっ!!」
「何ぃっ!?」
「いいか、よく聞け! 子供ってのはな、ぬいぐるみでも、印籠でも、たまごっちでもねえんだ! 何が使い方だ! 何がメリットだ! 自分の目の前にいるのが人間だってわからねえやつに、子供と触れ合う資格も……旅のお供だ、仲間だ、なんだを作る資格もねえ!」
俺は、こいつの言葉は、まるで子供を単なる道具としか見てねえようで、とにかくイラついたのだ。他にも無数の事柄についてイラついていたので、ここからしばらくは、なんだかんだの口論になる。しばらくは、拳より口だ。
「でも、この子はオイラが連れまわしても文句ひとつ言わなかったぞ! これは明らかに、客観的に見て、オイラが別に年下に説教されるような事をしていない証だ!」
「――じゃあ訊くが、てめえ何歳だ!」
「来月で三十二だ! 明らかにおまえよりずっと年上だな! 偉いだろぉっ!? 世間の年功序列社会において、年上っていうのは、年下に比べて、無条件で偉いからなぁっ!!」
「だが、ただ年を重ねた大人なんざ偉くもねえっ! わかんねえのか!? てめえくらいのトシの男に声をかけられ、連れまわされ、抵抗できる女の子はいると思うのか!?」
「……え?」
「もし、いざとなったら力で押えこまれるかもしれない……、そう思ったら、抵抗なんざ出来ねえんだよ! 今すぐ一度、その子の気持ちになってみろ!」
「こ、この子の気持ち……?」
「ああ、今、お前は幼女だ! 幼女になれ! 心だけ幼女になり、同じ状況を想定し、恐怖に打ち震え、更正してみろ!!」
「がははははははっ!! おめえ、さてはバカだな!! オイラのような典型的クズが幼女の気持ちを想像したところで、自分の都合の良い思考の幼女を心の内に生み出し自己を正当化するだけに決まっているだろうがっ! 他人の気持ちなんて所詮想像でしかねえんだよ! バーカ! バーカ! バーカ! ――――ごふっ!」
気づけば、俺は本能的にグローブを装着して、この男の顔面にパンチをしていた。
間合いに入るまでのスピードは、一秒未満ゼロ秒以上。
「――わかったぜ。言葉が通じず、他人の気持ちがわからねえ奴が相手なら、その時は、拳の出番だ……!」
悪いが、また、拳の出番だ。話の通じねえ奴、愛を知らねえ奴はいる。なら、そういう時の最後の手段はこの拳。あいつだって、痛みは通じるし、殴られる恐怖は知っている。
――自分に妹ができて、それを守り抜くと決めた時、俺はそれに気づいたのだ。それ以外の解決策がないのなら、それを知らせてやるしかないと。
「が、がははっ! その程度のパンチかい……女の子の一撃などたかが知れてるねっ!」
しかし、相手はこう見えて鎌の達人。旅の最中、あらゆる困難をその鎌一つで切り抜けてきた強者に違いない。今の程度の一撃は、その脂肪に吸収されてしまう。そうか、その為に体型を小太りにしていやがったのか……(※ただの体質です)。
この小太り誘拐犯は、キレてエリサを放り捨てるように放した。エリサが「きゃっ!」と倒れる。俺はその姿を見てイラつきつつ、エリサを心配した。
(エリサちゃん……!)
(悪いが、このまま戦う!)
(え、ええ……わかりました。戦いを続行して、その後で妹をお願いします。この身は傷ついたとしても構いません!)
(すまねえ! エリサちゃんは後にして、追撃するッ!)
見れば、殴られた小太りの誘拐犯は、目の前で堪忍袋を切らしているようだった。
「しかし、おめえはオイラを殴ったな……。考えてみれば、死ぬほど腹が立つなぁ……。折角、この子と友達になって、これから、各地で楽しい思い出を作ってあげようとしたのに、邪魔しやがってよぉ……!!」
どこまでも身勝手な奴だ。
さっき語ったが、俺はかつて、こいつと同じような奴を見ている。
今回の回想は、別に俺の人生に直接かかわるようなもんでもないのでちょっと短いが……あの時の怒りは忘れない!
――かつて、俺は犯罪心理や社会事件事情に興味を持ち、一度裁判に傍聴に行き、被告人であるストーカー・M氏の言い分を聞いた事があった。
スーパーのアルバイトの女子大生に何度も言いより、仕事中にも関わらず手紙を渡し、果てはその子の自宅アパートを突き止め、アポなしで訪問、日常的に贈り物を寄越し、最終的に拒絶されて逆ギレ……自宅前に座り込んだり職場に居座ったりという迷惑行為を続けて捕まった男。
そいつの裁判所での「相手が喜ぶと思ったから」という手前勝手な動機を聞いた時、俺はたまらずに傍聴席を飛び出して被告人の胸倉を掴んだ。そして、俺はすぐに自分がやっている事のやばさに気づいて、その手を放した……。そのまま係官に連れられて以来、俺はその地方裁判所から出禁を食らっている……。
あの時、俺の言いたかった事は、「裁判」という信託された公務員や裁判員による公正なる判断の地では言えねえ。
が、今なら言える。――あの野郎と同じようなこの男に!
「クズが……てめえには、他人に踏み込む自由は、与えねえっ!! 悪意なく悪事ができる心に生まれ育っちまったのは、心の底から可哀想だが、今すぐ歯を食いしばりなっ!!」
そう、俺は、あの時、あの野郎にこう言いたかった!
あの野郎ではなく、この野郎に言ってしまうのは八つ当たりっぽく感じなくもないが、たぶん八つ当たりにはあたらないだろう!
と、同時にパンチ! だが、また脂肪に吸収される!
「ああっ!? お前はオイラの自由を踏みにじるつもりなのか……! 子供を誘拐して連れまわす自由があって、一体何が悪い!!」
「悪いさ……どう考えたって悪いに決まってる!」
言いながら、俺はコイツの腹を殴り続ける!
「俺は、人の自由が好きだ! 運動が好きな奴は運動だけやりゃあいい……歌が好きな奴は歌を歌えばいい……学業で成功したければそうすればいい……全部立派だ、自由ってのはそういう事だ……だがな! そんな俺でも、誰かの自由を奪う自由だけは、許しておけねえんだよ!!」
「がははっ! だまれ……! だまれだまれだまれぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
バク転で後方へと下がり、鎌を振り回し、俺の腕に向けて放つ誘拐野郎。
その鎌は、俺の右腕に向かって投げられる。戦慄。しかし、斬りはしなかった。俺の右腕に鎖を巻きつけたのだ。――俺の動きを封じるつもりだ。
なるほど、その為の鎖鎌か……。右手が鎖で固く結ばれる。
「でりゃあっ!!」
だが、俺とアリエスの身体の相性は悪くない!
俺は思い切り、その右腕を引き寄せた。力の動きさえわかれば、相手の力を利用し、鎖で縛られても相手の体重をこちらに引っ張る事が出来る!
そう、あんまり具体的な説明はしないが、俺は長年の戦いで鍛え上げた勘によって、非力なアリエスの身体にあっても、こういう状況で、敵の力の動きを利用できるのだ!
俺が力の流れを見切りながら右腕を引き寄せた事で、誘拐野郎の身体は、対抗できず、こちらに猛スピードで突っ込んできた。そう、あいつの身体はもう自由が効かないしブレーキもかけられない。どんなに抵抗しようとも、このまま、俺が思い切り振るう拳に一直線だ。
「何っ! なんていうバカ力だ!」
「バカ力じゃねえ! こいつは、何度も強敵との戦いに挑み続けた俺の勘が成す技だ!」
「何だとぉっ……!?」
「喰らえっ! これが子供と自由を愛する大人の強さだっ!!」
叫ぶなり、グローブをはめた俺のパンチが、誘拐野郎の顔面にめり込んだ。
スピードと勢いが乗った一撃は、もはや身体の脂肪の量で受け流す事が出来ないレベルにまで達している。たとえるならば、それはもはや、金属のバットで顔を殴られるような一撃に違いない。
――そう。悪いが、時に怒りを込めた拳が、人を殴らねばならない時がある。
それが、この時だった。
「がはっ……!! な、何故、鎖鎌の腕がア界一のこの俺が……!!」
瞬間、誘拐野郎は二度と攻撃ができない大ダメージを負った……。俺は、力のない鎖鎌をその腕から外す。力が籠っていなければ、こんな鎖はXLサイズのTシャツ同然だ。
誘拐野郎は、膝から崩れ落ちる。それを見下した。
「――確かにてめえは、鎌においてア界で一番だったかもしれねえが、すべての武器は常に、“自由を愛する者の怒り”より下にランク付けされるものと知りやがれ……」
「そ、そんな……」
「……今の痛みを噛みしめたなら、もう二度と、誰かに悪さするんじゃねえぞ……」
「……が、がはっ……! た、確かに……こいつは、二度と、味わいたく…………」
そう言い残し、誘拐野郎は、もう動かなくなった。言葉の途中だが、意識を失ったに違いない。
こいつへの裁きが、今の一撃で充分かはわからない。しかし、こいつの顔面に刷り込まれた痛みは、きっと確かなものだろう。……ぶん殴るというやり方は、悪いやり方に違いない。わかってはいるが、それしかないのも俺だ。
そう、本当に悪いがな……。
エリサは、先ほど地面に放り捨てられて身体に砂をつけつつも、こちらを見て、半泣きになっていた。……よし、もう役目は終わった。アリエスに身体を返そう。
(悪い、姫さん。あんたの身体を借りて、俺の言いたい事を代弁しすぎちまった。他人を借りて言う事じゃねえ。身体、返すぜ……)
(え、ええ……ありがとう……。ほぼほぼ私の言いたい事と同じだったから、むしろ私的にはスカッとしましたし、そこはご安心ください。というか、何なら言わせてしまってごめんなさい……。それに、本当に、良かったわ……エリサが無事で……)
(ああ、やっぱり、あんたはまぎれもねえ一人の戦士だよ。妹の為に立ち向かった。――いいんだよ。たとえ、力がなくとも、その胸に愛があればよ……)
俺は、そう言うと、身体の主導権を放した。
その瞬間だった。エリサが飛びついて、アリエスに抱き着いてきたのは。
――彼女は、その溢れん涙を姉の胸で拭った。抱き着かれる感触は俺には通じないが、しかし、その二人の間に流れる温かみを、俺は確かに心で感じている。
「あ、姉上……! あ、あてえ……――あてえ、怖かったです! あの男に抵抗すれば、殺されるかと思ったです!! 遠いところに連れていかれて、もう二度と姉上たちと会えねえかと思ったです!!」
「大丈夫? 怖かったね……エリサ」
「もう一人で出かけねえです! ……心配かけて、すみませんです!! あねうえぇ……」
「もう大丈夫よ、お姉ちゃんと一緒に帰りましょう……私も、これからは、エリサを一人で出かけさせたりしないわ……」
二人が手を繋ぎ帰って行く姿に、俺は、とし子を連れて、俺の家に帰り、家族の契りを結んだ日の事を思い出す。
それに、エリサ。お前の事も、今、少しだけ、俺の妹の一人のように感じている。――そう思っては、いけないだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆