表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生番長と、可憐なる姫(おんな)騎士  作者: 庭野 ワニ(23)
番長怒る!愛しき妹よ!お前は絶対渡さない
4/26

お守りがいっぱい




 やがて、山に芝刈りに行っていたらしい次女セラフは城に帰ってきた。

 心優し気な瞳を持っているアリエスと比べると、彼女の瞳は少々吊り上がっていて、悪戯っぽさに満ちている。どこか勝気で強そうな印象を受けた。

 彼女が単に仕事を終えて帰ってきたのかと思えば、ただそういうわけではないようだった。


「姉さま、そこの森になんか変なアイテム落ちてたんだけど、これ使えるかな?」


 彼女は何かを拾ってきたらしい。ここはファンタジックな異世界だから、ゲームみたいにして、アイテムを拾って来る事があるのかもしれない。現実と比べると変な世界だが気にしないでおこう。

 アリエスの身体が、それを確認する為に前へ前へと動いていく。俺に肉体の主導権はない。こういう時はただ車にでも乗っているように彼女の身体についていくだけだ。

 彼女が拾ったアイテムの方に近づいて行ったが――。


(!)


 ふと、心の中に目を閉じる――。

 何故か。


「あ~、もう汗びっしょり」


 そう、それは、アリエスは堂々と俺の前で汗ばんだ服を脱ぎ捨て、下着同然の恰好を晒したからだ。

 ――俺はそれを見ない。肉体の主導権がアリエスにある時にアリエスが目を開けているとしても、俺の魂が意識的に目を閉ざす事は出来るのだ。

 一応言っておく。俺は男だ。確かに、見たい物もあり、いま見られずに惜しい物はある。美少女の裸身があるのを感じながらも、目を閉じる自分を呪う心もある。

 しかし、俺の存在を知らないセラフはただ、姉の前での安心によって素肌を晒したに過ぎない。それを覗き見る事は、真の意味での漢と言えないだろう。「男だから覗いてなんぼ」というのは、男の名を借りて悪事を正当化する、男の隅に置けない甘ったれである。欲望や本能に打ち勝ち、他者の立場を優先するのもまた、漢の道。


 ……要するに、ここからは、俺には音声だけが聞こえた。音声は消せないのだ。

 アリエスの声。――彼女は、言われたアイテムを確認しているようだった。



「あら、何かしらこれ……」


「わかんないけど、中に色々入っているのを見た感じだと、カバンかな? 書物や変な紙ばっかり入ってるけど、ほとんどペラペラ。あと、なんか鉄の板が入ってる……」


 ん? セラフの言葉によると、なんだかそれに凄く似ている物を知っている。


「へぇ、それで、エリサは?」


「まだ遊んでると思うよ。もうすぐ帰って来るんじゃない?」


 などと、関係ない話を二人が始めた。――だが、俺は、ちょっと鞄の方が気になった。それと同じ物を見ているアリエスに向けて、頼んだ。


(姫さん、待ってくれ。その鞄に一体何が入ってるか、ちゃんと教えてくれねえか?)


(え? 見ての通りですけど……)


(いや、俺はいま、この目を閉ざしている。年頃の乙女の柔肌を、相手の許可なくこの目に映すのは野暮な事この上ねえからな。――セラフの姉として、そう思うだろう)


(ああ、そういえばそうですね……。ご配慮ありがとうございます。見れば、今現在トップレス状態にまで至っていますが……)


 余計に見たくなってしまうような事を言うのはやめろ。

 そう言いたいが、己の弱さを出したくはない。ただ、耐えるのみ……。


(――で、一体、何が入っている?)


(えっと、なんかうねうねした触手のようなものが挟まっているパンが透明なモノに入れられてますね……えっと、ちなみにパンっていうのは……)


(パンは俺たちの世界にもある。とにかく、それは……焼きそばパンだ……)


(焼きそばパン……?)


(ああ。俺の好物だ)


 とにかく、俺は確認した。教科書、ノート、プリント、鉄板、焼きそばパン……それは、俺の通学鞄の内容に、極めて酷似している。


(姫さん、悪いが、そのカバン、……セラフから預かってくれねえか……)


(え? なんでですか? 何かあるんですか?)


(っていうか、そろそろ目を開けていいか……?)


(ああ、そうですね。妹はもう暑くて服着る気ゼロなので、もうここからはもう意識的にカバンだけ凝視する事にします)


 言われて、俺は心の目を開いた。アリエスの見ている景色が映る。隣にトップレス状態の妹セラフがいる事実を考えないようにしながら、鞄を記憶と結びつける。

 ……見覚えのある黒い革のカバンだ。何度とない襲撃の後で、ボロボロになっているが、その傷跡が俺のモノだとわからせる証拠になっている。ああ、間違いない。


(やっぱり! 俺が死ぬ時に持っていた荷物だ。そうか、きっと、女神さんが俺に貸し付けてくれたんだ。……こいつはありがてえ!)


 俺は思わず歓喜に震えた。

 そいつがあるっていう事が、どれだけ心強いか。……ああ、別にこれは武器でも何でもない。しかし、俺の支えみたいな物が幾つも持ち歩かれていたのだ。

 俺は、ゆっくりとそれを開けてもらった。真っ先に取り出すアイテムは一つ。


(良かった……ちゃんと残ってたか。姫さん、見てくれよ、これが俺の妹・とし子のくれたお守りだ……)


 十個くらいのお守りが全部一つに結ばれている、お守りの束。それは、妹のとし子が俺にくれたものだった。

 妹――とし子。現在、中学一年生。


(伊神番長の妹さん、ですか……)


(ああ……血のつながりのない養子だがな……)


 俺は、かつて、とし子を養子として預かるに至った経緯を思い出す。

 これもまた、我が人生の軌跡。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 中学一年生の時に、小学三年生のとし子と……俺は出会った。

 初めて出会ったのは、コンビニでガリガリくんを買おうとしていた時の事だった。レジカウンターの前に、彼女はいた。その頃の彼女は、髪はぼさぼさで、服も薄汚れていて、誰にでも噛みつく狂犬のような姿だった。

 そんな異様な風体の少女が、コンビニの飯をたかっているのを見て、俺は驚いたのだ。彼女は明らかにまともな生活を送っている子供ではなかった。当時中学一年生の俺は、街の厳しい現実を見つめ、どうするべきか悩んでいたら、コンビニの店長は、「誰がお前のような××に飯など恵んでやるものか!」と警棒で殴り始めた。


 ――その時、俺の行動は決まった。

 俺は、咄嗟にコンビニのカウンターに向かっていき、警棒の一撃から彼女を庇った。しかし、この頃の俺には、残念ながら大人に対して成す術はなかった。「拳は弱さだ」という親父の言葉が胸に残り続けて、人を殴れないでいたのだ。結局、そのまま手を出さず、一方的に滅多打ちにされて、血まみれになり、ボロ雑巾のような見た目になった俺は、生ゴミだらけの裏路地に棄てられたのだ。ひどい思いをしたが、「あの子が逃げてくれたようなので、まあいいか」と、思っていた。

 ……だが、そこに、俺を見下すように、とし子がいた。冷たい目で俺を見るとし子は、「ばかみたい」と一言、言った。すぐに「助けたつもり?」と続けられて、すぐ逃げられた。この子がそんな事を言う意図はわからなかった。

 それでもう二度と会わない通りすがりの子だとばかり思っていた。


 しかし、俺はまた、何度か、奇妙な巡り合わせで、とし子と会う事になった。

 ある時、とし子は、地元の不良高校生たちに「××は人間じゃないから何をしてもいい」などと言われ、オートバイで追い回されていた。俺は思わず助けに行ってオートバイに轢かれたが、とし子はそんな俺を冷たい瞳で見て逃げた。

 ある時は、ちゃらけた若者の集団に捕まって縛り上げられ、遊び半分で頭から泥水をかけられていた。俺は助けに行って、泥や汚物まみれにされたが、とし子はただ何も言わずにそこから逃げて行った。

 ある時は、パン屋のばあちゃんが、とし子に食パンを売っていた。とし子は「え? 売ってくれるの?」と驚いていたが、パン屋のばあちゃんは「うちはパン屋だからねぇ」と笑顔で返していた。ただ、お礼も言わずに、ちゃんとお代だけは払って出て行ったとし子を、俺は近くの電柱の陰からそっと見ていた。


 ――とし子が学校にも行かずに、T川近くにテントを立てて空き缶を拾い生活しているらしいのを知って、俺は会いに行った。

 奇妙な縁を経て、俺は、とし子と話す事にしたのだ。何故、親や学校がないのかと知りたかった。何度も話す事を拒否され続けたが、何度も頼む俺に思うところがあったのか、とし子はあらゆる経緯を俺に教えた。

 彼女は去年、親に棄てられたらしい。それから孤児院に行くも、恐るべき悪徳孤児院であり、そのまま人身売買組織に競売にかけられ奴隷にされそうになってしまっていた。売られる前に、命からがら脱走して以来、どこへ逃げても匿っても貰えず、罵声を浴びせられたり、また売られかけたりして、この世のすべてを信じられなくなったのだ。この世は欲と裏切りと悪が跋扈する地獄だと悟ったらしい。

 それならばその中で、悪魔となって、汚い手を使ってでも生き抜くのだと、彼女は言った。

 普通の家で恵まれ生きてきた俺は、彼女の言葉に反論する事は出来なかった。何も知らないのに無責任な返答をかける事などできない。「世の中は綺麗なところもある」「温かい人も知っている」と言ってやりたかったが、俺は言えなかった。

 しかし、言葉を紡いでいく彼女が、徐々に泣いていくのを見た。――その意味は、すぐにわかった。彼女は、本当は自分を捨てた親や、出会う他人を信じたいのに……いや、いつもちゃんと信じているからこそ裏切られ続けてしまうのだと、俺は知ったのだ。


 俺は、以来、何度でも、とし子に会った。雨が降れば傘を持っていった。給食を残して、彼女に持っていった。読み書きを一緒に勉強した。欲しいと言っていた服を、なんとかお年玉を使って買ってみせた。恵んでやったつもりはない。彼女が綺麗な服を着るの見て、笑顔を見たかったから渡したのだ。……尤も、俺の前で笑顔なんて見せなかったが。


 そして、やがて俺は決意した。

 家に来い、と誘おうと。――その決意と同時に、俺の口はそう言っていた。彼女は、人を信じたかったのだろう。泣きながら頷いた。

 俺の両親は、最初は「我が家は並より貧しく、彼女にとっては施設に入るより可哀想であるかもしれない」と、迎え入れるのを躊躇ったが、結局、決死の土下座によって事情を説明し続ける俺を前に折れてしまい、とし子は我が家の一員となった。

 感謝している。


 家なき少女は、俺の妹になった。

 あの頃、笑えなかった少女は、いま、俺の家で毎日、何気ない事で笑っている。親父を「お父さん」、御袋を「お母さん」と呼び慕う。本当の家族である。

 彼女はそれまで知らなかった読み書きを覚え、すぐに学年トップにまで上り詰め、勉学や園芸を愛する子になった。彼女の育てた野菜は世界で一番美味い。あのままもし、人々が見捨て続けたのなら、そんなこの子の可能性は一生閉ざされていたのだろう。

 そんなとし子は、いつも危ない事に首を突っ込む俺の為に、神社に行くたびにお守りを買ってきて……それが、こうして、束になっている。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ……と、思い出話が長くなったが、とりあえず、荷物を確認しているだけなので、そちらに戻る。

 これだけ長々と話したので、その間に、アリエスもセラフもとっくに自室に戻っていた。


(それがとし子が妹になった経緯さ……)


(なんだかチバケンって随分恐ろしいところですね……。しかし、血の繋がりがない方も受け入れる度量、流石伊神番長の御家です……)


(ああ。だが、今となっては、血の繋がりなんて関係ねえ。俺にとって、とし子は血縁以上の大事な妹さ……)


 思い出す。――結局、妹の想いには答えられず、俺は死んじまったのだ。

 いつも危険な目に遭う俺を想って、いつもお守りを俺の為に買ってきてくれているというのに、その願いは意味を成さなかったのだろうか。


(ん?)


 ……いや。見た。

 お守りの中に、一つ、――


(どうかしたんですか?)


(いや、なんでもねえよ……)


 ああ。そうか……因果な物だ。あいつがくれたお守りの一つは、あの女神の着物の模様と全く同じじゃないか。だから、俺はあの女神の目に留まり、転生の機会を得たというわけだ。今更そんな事に気づくなんて。

 ……ありがとよ、とし子。お前の想いが、俺にチャンスを与えてくれた。このチャンスはもう無駄にはしねえ。




 ……まあ、それは置いておいて、俺は、もう一度、別の道具を見る事にした。

 通学鞄には、他にも、色々と便利な道具が入っている。

 グローブ。テーピング用のテープ。筆箱。ハンカチ。ティッシュ。櫛。ワックス。財布。

 多少所持品にヤンキー性がある以外は一般的に持ち歩かれる物と変わらない。生徒に貸し出されるロッカーに入りきらない教科書やノートを入れているに過ぎないので、ほとんどその辺りの紙っぺらは使っていなかった。


(そして、こいつが俺の生徒手帳だ……)


 ……ああ、これも入っていたのか。

 そいつは、俺が誇りある千葉県立御弥高校の生徒である事を証明する小さな手帳だ。校則やメモが残っている。昔は俺ととし子のプリクラが貼られていたが、「俺が万が一抗争でこいつを落としてとし子まで命を狙われないように」と、それを剥がした痕がある。

 そして、表紙には――俺の写真がある。


「え!? まさか、この方があなた?」


 アリエスが驚いていた。

 そこに映っているのは、黒く長い髪をすべて後ろにやって、睨むような表情を決めている俺の生前の姿だった。――尤も、映りはあまり気に入っていない。

 徹夜明けだったうえに、目を細めてしまったせいで、どことなく不細工なのだ。……いや、鏡で映った時だって、こんな顔はしていなかった筈だ。


(ああ……)


「こういう言い方は失礼かもしれないけど、上げすぎた想像のハードルよりやや下ながらも、まあ、比較的顔立ちが整っていて、ええ、たぶん、許容範囲です……」


 失礼かもしれない、ではなく、失礼だろう。微妙な空気になってしまった。

 先ほどの撮影失敗の話をしようと思ったが……下手な言い訳は男らしくないのでやめよう。それに、アリエスの感想だ。それを口にしていいかはともかく、個人の感想は仕方がない。それをとやかく責めるのも忍びない。

 しかし、それはさておき、なんだか外も暗くなってきた頃合いで、少々気になる事がある。


(――それにしても、随分時間が経つが、下の妹さんはまだ帰ってこねえのか?)


 俺は訊いた。あんな小さい女の子が、これだけ暗くなっても帰って来ないという事があり得るだろうか?

 いや、この世界の常識と俺の世界の常識は少々異なるのかもしれない。


「そうね、パンザマストが鳴ったにも関わらず帰って来ないなんて変だわ……」


(パンザマスト!?)


 パンザマスト――という単語に耳を疑う。そいつは久々に聞いた単語だ。

 千葉県北西部の位置する、とある市だけが、夕方に鳴る「そろそろ暗くなるから帰れよ」という合図の音楽をそう呼んでいる。何故かは知らない。

 彼女たちがそれを指す言葉が、偶然にも千葉県某市の言葉と同じらしい……。偶然とは恐ろしいものだ。

 そんな偶然あるのか、と思ったが、考えてみると、俺の通う高校には過去六十回に渡って旅行先で偶然殺人事件に巻き込まれ、毎回その事件を解決したという伝説の名探偵がいる。……ならば、断じていい。およそ起こり得ない偶然とは、現実に起こる事もあるのだ。


(いつもは、すぐ帰って来るのか?)


「ええ……少なくとも、もう帰ってきてもおかしくない頃ですけど」


(なんだ、そりゃあとてつもなく嫌な予感がするな……)


 俺は思った。

 予感違いだと良いが……。


「嫌な予感、などと言われると……私もそんな気がしてきました! このままじゃ怖いわ……行きましょう!!」


 と、俺が頼むまでもなく、アリエスは部屋を飛び出し、走り出した。

 突然の行動に驚くが、思い切りの良い時は思い切りが良いようなところは、なんだかちょっと俺に似ているし、嫌いになれない。

 とにかく、俺たちはそれからすぐ、三女エリサを探すべく、外に出た。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ