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転生番長と、可憐なる姫(おんな)騎士  作者: 庭野 ワニ(23)
龍の魔法を持つ少女!番長、戦闘不能!
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ドラゴン幻想




「――スウィート・ピィの皆さん……今更、多くは語りません。私、姫騎士アリエスと伊神番長は、今日よりこの場所を立ち、悪女アクィナの討伐と故国奪還へと赴きます。しかし、その背には多くの民がいる。皆さんのお陰で、私はここまで戦って来られた。――たとえ、この身は一つでも、これから先の旅は皆さんも一緒です。――行ってきます」




 セラフ、エリサ、ガム……それにゴンゾウ……大勢の民たちに見送られながら、俺たちは馬に乗って旅に出た。食料に、俺の通学鞄、ハンカチ、ティッシュ、新品同然なアリエスの剣、その他諸々……持てる物と必要な物は全部持って、トイレも済ませた。

 ただ、アリエスにとって、一番の持ち物は――二人分の魂だった。それさえあれば良いとさえ思っている。それは決してはぐれる事なく、戦いが終わるまでずっとついていくだろう。

 馬の背に揺られ、俺たちはスウィート・ピィのキャンプは遠く離れていく……。俺は馬に乗った事がなく、その勝手もわからないので、お姫様に動かしてもらうしかないのだ。見たところ木々ばっかりで、まるで茨城の山ん中から舗装された道を消したみたいなイセ界を、俺たちは走った。

 ……ここからしばらくは、俺と二人だけの時間だった。


「伊神番長……これからは、私も戦います。だから、ずっと見ていてください」


 アリエスは言う。


(ああ、勿論。いつでも見てるさ)


 俺はそう返す。これからは、たとえ、アリエスが裸一貫で戦ったとしても、その時にだって俺は目を瞑らない。これからは、どんな時だって見届ける。いまは、その覚悟がある。


「――じゃあ、これも、見てください」


 ……そう考えていた時、アリエスは、ふと、荷物の中から、十のお守りの束を取り出した。俺が、現世でとし子から貰っていたお守りだった。いま、アリエスの視線がそのお守りをじっと見つめてていた。――そういえば、「俺がそれを取り出して見つめる頻度が減った」と、アリエスには言われた気がする。


(…………)


 俺は、それを眺めた瞬間、嫌が応にも意識の中に妹の顔が浮かんだ。――まだ鮮明に思い出せたし、とし子は今も俺が生きるか死ぬか決まるまで止まった時間の中から出られないという事実を思い出す。

 一方、アリエスは、そこに誓うようにしながら、俺に言った。


「伊神番長……私が死ねば、あなたも同じです。……あなたは、これから家族のもとへ帰れなくなるかもしれません」


(今更、何言ってんだよ……そんなの当たり前だろ?)


「ええ。――だけど、それでも……今は、最後まで一緒にいてくれると誓ってほしい……」


 アリエスの言葉は、不安げで悲しげだった。俺は、それを少し感じた。

 俺がお守りの中にある日常を惜しまないか、賭けたのかもしれない。

 それでも俺がアリエスに全てを託せると、それを見ても誓えるのか改めて聞いたに違いない。

 だけど、俺は、本当に何の気なしに「当たり前だ」と答えたのだ。どう念を押されたって、俺は迷わない。


(……だから、当たり前だって言ってるだろ。あんただって何度も俺に身体を託してくれた。……たとえ、ここであんたが負けて帰れなくなったとしても、それはそれ、これはこれ。俺は、一人の男として、あんたを信じ、あんたに賭ける――そう誓うさ)


「本当ですか? ……魔法以外に力のない私でも?」


(ああ。……それで、もし、運悪くあんたが負けちまったら、そん時はそん時だ。何も悔いる事はねえし、それに、信じてる以上に……今、あんたに“託したい”って思うから託すんだ。何だって託せる相手としては……俺には、あんたしかいないと思う)


 ……勿論、とし子のくれたお守りの中に込められた想いは、俺にとっては絶対裏切れない代物だ。だが、人間は場合によっちゃ簡単に死ぬし、絶対勝てると断言できるほど戦いは都合良く出来ていない。絶対勝つという意気込みを持って挑んで強くなる事も出来るかもしれないが、そういう意気込みを無理に背負って勝手に潰れて弱くなってしまう生き物でもある――。

 それを認めるのもまた、番長だ……――と、今回もそう言いたいが、いや、考えてみるとやっぱりそうじゃないな。俺も誰だって認められるわけじゃないし、誰にだって命を賭けられるわけじゃないな。

 今、それを託せる相手は、このアリエスだけだ。俺は、そう思う。

 託せるっていうか、託したいくらい、俺はアリエスが好きだから……。


「……ありがとう、伊神番長。あなたと出会えた事は、何よりの私の宝です。……もし、別の誰かが来ていたのなら、きっと、これほど心強い気持ちなんて湧かない。他の誰かと比較しなくても、あなたが一番の、最高のゴーストだった……なんだか、それが確信できるんです。伊神番長となら――これから負けて……二人で死んでしまっても良いと、そう思えるんです」


 そいつは俺の台詞だろ。……その台詞は奪われてしまったようだ。俺もアリエスと会えた事を誇りに思うし、他にいないって確信している。

 ……ただ、一つだけ、このやり取りは、番長である俺にしても、少しどこか引っかかった。いや、かつては命を張って来た俺も、こんな台詞に引っかかるようになっていた。死ぬ前なら俺が言っている言葉だったかもしれないのに。

 ――アリエスはまるで、この戦いで「死んでも良い」というような事を言っている。

 そこがどうにも引っかかった。アリエスの中に、変な覚悟が生まれてないかと、想ってしまった。

 俺は、たまらずに言った。


(……やっぱり、俺も、ちょっと、もう一つだけ、あんたに言っておきてえ事がある)


「なんでしょう」


(アリエス姫。……もし、ここから先で、“死ぬかも”って思ったら、その時は別に諦めたって良いし、折れたって良いぜ。無理に突っ込んで、死んじまったら、やっぱ全部終わりだ。人生は二度目がある時はあるかもしれねえけど、ねえ時にはねえ)


「…………」


 俺は言った。それはアリエスを信じてないっていうわけじゃない。


(だから、“死ぬかもしれない覚悟”っていうのはともかく、“死んでもいいって覚悟”は、番長でも、姫でも絶対持ってちゃならねえ事だ)


 俺は、ここに来る時に女神にそう気づかされて、この世界で目の前でそれを知って、前に進んできた。だから云える。


(――あんたは本当に強くなったんだよ。これまで見えなかった強さも俺にはたくさんわかった。それはどれだけ誇ったっていい。……だけど、だからって、“強がる”必要はどこにもねえ。いくら強くたって、出来る事も出来ねえ事もあるし、人はどんな事にだって全部に強いわけじゃねえ……俺は拳が使えて魔法がねえし、あんたは魔法があって拳がねえ)


「…………」


(無理な戦いを強いられた時は、迷わず逃げろ。俺も逃げる。……弱音を吐いたとしても……逃げたり、任せたり、頼ったりする勇気ってのも絶対ある。――それでも、これから挑もうとするあんたの心の嘘はねえからさ……それは、ずっと近くであんたと成長してきた俺が、誰より知ってる)


 アリエスは、青い空を見てぼんやり何かを考えて、答えた。


「……そうですね」


 嬉しそうだった。心が軽くなったようだ。俺も嬉しかった。

 何より、俺の口からそんな言葉が出た事が喜ばしかったのかもしれない。

 アリエスは、自分の中の二つの意識に言い聞かせるようにして、続けた。


「立ち向かうだけが強さじゃない。……“逃げる勇気”、“強がらない勇気”、それも心にとどめます。だけど、もし負けて、逃げて、何かが折れそうになったって……私はまた何度だって挑みますよ。あなたと一緒に――」


(……ああ、そうだ。それが良い。一緒に過ごしている時間が少なかったとしても、俺にとってあんたやスウィート・ピィの仲間は、かけがえのねえ仲間だからさ……絶対、死なせねえ)


 俺たちは、そうやって行った。

 アクィナの牙城、そして、アリエスたちの故郷に、馬は進んでいく。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ――数時間、経った。

 深々とした森を経て、俺たちはだんだんと引き返せなくなっていくのを感じていた。過ぎた町は次々に遠ざかっていく。

 だが、この果てに、本当のスウィート・ピィはある。

 俺は、それを信じて突き進んでいた。そして、アリエスも、今、こう言っていた。


「――この近く、間違いありません。以前、家族や親衛隊とでピクニックに来た事がある場所です」


 この場所の特徴といえば、巨大なモミの木が生えていて、その周囲が広々と芝生になっている事だ。そこに夕陽がかぶさる光景は、誇張された絵本みたいな、わかりやすい美しさを持っていた。日本ではもう、僻地でさえ目にかかれない情景だった。

 何より、アリエスは、間違いなく、この場所を認識していた。ありし日の家族を回想しているのかもしれない。言葉の通り、アリエスにとってもこの辺りの地理は見覚えのある物だったらしく、馬を止めてその光景をじっと眺めていた。

 周囲は、すっかり暗くなりつつある。日は没するまであと一時間となさそうだ。

 俺たちも夜中に戦う訳にはいくまいと思っていたが、そんな折、ふと、アリエスが何かを――気に留めた。


「伊神番長。いま、何か聞こえたような」


 えっ……?

 俺は、その言葉を信じて耳を澄ませた。意識を集中して、音を拾えるようにと、余計な事を考えるのをやめた。アリエスも黙った。

 そっと、何かがどこかから響いた。


 グルルルォゥ………………。


 確かに、いま、そんな声が聞こえた。

 何か野獣が吠えているような、恐ろしい声。――獰猛な獣が飢えているといったイメージを覚えさせた。


(まさか……夜行性の動物でも目覚めたんじゃねえか?)


(…………)


(ゲニャペペヘチャラピョウエとかそんな名前の奴が暴れてるとか……)


(ゲニャポレヘチャラピョォゥェの事なら、小さい両生類の動物で無害ですよ)


 ああ、ゲニャポレヘチャラピョォゥェは、つまり俺たちの世界のカエルの事だったのか……。

 この世界では、「男はみんなオオカミ」に相当する言葉が「男はみんなカエル」だと今更知る。……が、それはどうでもいい。

 確かに飢えた獣のような声が、近くの森の深くから近づいてくるようだった……。


(獰猛な獣なら、北部にしかいない筈……まさか、氷にされた事でこの辺りの環境が変わって、無思考型のモンスターや野獣がこの辺りに住み着いたなんて事は――)


 と、考えながら、アリエスは周囲を見回した。

 音が近づいているという事は狙われているかもしれないという事。馬とともにモミの木に寄っていく。剣を手にやろうとした。まともな剣術が出来ないくせにと思ったが、それがあれば突き放せるかもしれないと思っているのだろう。

 見通しのきく場所だったのが功を奏して、突然の襲撃にも耐えうる状況ではあった。


 ――そして、来たっ!


「えっ!?」


 のんびりと、歩いて、そいつは来たのだ。

 目の前から悠々と、こちらを襲うのに奇襲はいらないとばかりに。

 だが、そこにいたのは、散々不安視したような、無思考で本能に忠実な獣ではない。


 ――――龍、であった。


 漫画やゲームで見かけるドラゴンのように、二足で歩いて、その小さな両腕にツメを生やした真っ赤なドラゴン。背中に両翼が生えた爬虫類のような、あまりにもイメージ通りの龍。――その体躯は、俺たちを飲み込めるような十メートルほどの長身である。だが、きっと野生ではない。飼われている、というよりならされている。

 何故なら、その肩には、少女が乗っていた。

 少女はこちらを蔑むように見下ろしていた。

 これだけ巨大なドラゴンを前にしたのに――俺は、その少女の方に目をやっていた。


「キャ、キャンディ……」


 アリエスが言う。

 そうだ。紛れもない、それは、“龍”の魔法を持つと言われる、アクィナの長女キャンディであった。このタイミングで、示し合わせたかのように出会うなんて。

 しかし、俺は、その姿に驚いていた。まるで八歳から十歳くらいの女の子と変わらない外見だが、髪は黒く短く、顔の輪郭をなぞるようなショートヘア……。その体格といい、髪形といい、顔立ちといい……俺は、その子の姿を見た瞬間に動けなくなっていた。

 そう、動けねえ。

 自分の運命というか、これまでの生き方みたいなのを、この瞬間、全部呪う羽目になった。


(なんて事だよ……)


「えっ……?」


 ああ。俺は、その全ての特徴に一致する――というより、まるで違いのない外見の子供を見た事がある。

 いや、しかし、ありえない。俺は、首を振った。

 なんで、ここでお前なんだ、と――。


(俺は、この子を知っている……いや)


(……っ!)


(この子、あまりにも……俺の妹の、とし子にそっくりなんだ……!!)


 そう、それは、出会ったばかりの頃、小学三年生のとし子にあまりにもそっくりだった。今は記憶の中にしかない、まだ幼い頃のとし子の外見にあまりにも似すぎていて、俺の意識は、ただただ困惑させられていた。

 長女キャンディは幼い少女とは聞いていたが、こんな外見だったなんて……。

 俺は念写を使ってもらえば良かったと後悔した。こうして目の前で会ってから、この覚悟を鈍らされるなどと、思ってもいなかったからだ。

 俺がそうして言葉を失っている隙に、彼女はこちらに向けて最初の一声を向けた。


「お姉ちゃん、姫騎士アリエスだよね? ……わざわざこっちに来てくれたんだ」


 物静かに見えた。だが――そうでない事は、俺がよく知っている。

 肚の内に、膨大な他人への憎悪があるのを、俺は感じている。


「……別に、お母さんの命令とか聞くつもりないけど、なんか、むかつくから、――今から、あんたを倒すね!!」


 キャンディがそう命じると――龍は、こちらをギロッと見つめた。

 キャンディの憎悪と嫉妬に満ちた瞳は、俺と会ったばかりのとし子に酷似していた。

 あの頃のとし子がもし、俺と出会う事もなく――ただ力だけを得てしまったのなら。

 そんな光景だった。


(――伊神番長っ!!)


 こちらに向けて、飛ぶようなスピードで猛進してくるドラゴンを相手に、俺はふと意識を入れ替えた。

 そうだ、戦わなければならない。

 こんなところで呆然としているわけにはいかないと思い、俺はその手にそっとグローブをはめた。

 しかし、その拳は普段ほど強くは握れなかった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆


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