謎の感情がとまらない
――あれから、数日後。
セラフとゴンゾウはなんだかんだで親しくやっているらしく、わりと二人が接している場面も散見された。それはくっつきすぎるわけでもなく、ただ、お互いを何気なく尊重する事を知って許し合ったというのが適切だ。取りたい物があれば「それ取って」と頼んだり、「エリサ姫に会いたい」と言われて案内したりという事務的な会話をするだけだが、そこにはかつてのようなトゲはない。それでいいと思う。前に進んでいるっていう気がする。
……そんなわけで、俺たちの中には「平和」な時間が流れていた。
正直、元の世界の方が、頻繁にギリギリの戦いがあったように感じている。というか、異世界転生してしばらく考えてみると、俺のいた千葉県北西部という場所は、こういうファンタジー世界より狂っていて異常だったんじゃないかと思えてきた。悪人や犯罪者や汚い大人は多いわ、歩いてりゃ不良や暴走族やカラーギャングは攻めてくるわ、悪の組織じみたブラック企業があるわ、暴力団や薬の売人や奴隷商人がいるわ、学生運動や事件は頻発するわ、異世界から侵略者が来るわで、なんだかんだと俺のいたのは、「番長」なしには成立しないほど、治安の悪い場所だった。力のない奴らにとって、あんな不自由で恐ろしい場所があるだろうか。
それに比べて、その点、ここはのどかで良い。
俺は別に平和が好きとまでは言わないが、以前に言った通り、自由が大好きだ。
みんなが自由に好きなように生きられる世の中は、見ているだけで安心できる。安心できるっていう事は、俺にとってはそれが「大好き」って事だ。
……勿論、その中にどうしても発生する、他人に害を成して“自由を奪う自由”っていうのだけは、これからもずっと変わらず、身震いするほど嫌いなままだろう。
だからだ。だから、俺はいつかこの世界で、アクィナとかいう奴を倒しに行かなければならないし、それが当面の目的にあたる。しかし、今のところ所在もあまりわからない。
俺は一度、アクィナの居場所について女神に訊いてみた事があるが、「知っているけど教えられません」と突っぱねられた。……俺は、これについては納得している。神にだって通すべき筋がある。俺に全部ネタバレしてアクィナの運命が不当に不利な方向に確定されていくのは、俺だって本意とは言えない。
そういうわけで、敵を待って聞き出すか、敵を追うか以外に俺に出来る手段はなかった。俺も面倒さは納得しているとはいえ、何ともまどろっこしい連中である。
これから旅をして奴らの尻尾を捕まえようにしたって、この百人の難民を連れて旅するわけにもいかないし、逆に俺が抜けたら敵が来た時に彼らを誰が守るんだという話になってしまう。それで、結局、時間ばっかり無駄に過ぎて、目の前の事だけをするようになっていく。
アクィナ軍の奴らがもっとこちらを攻めに来てくれれば別だが、悪い奴らっていうのは、いつもこちらから見えない安全圏で、準備を全部整えアポなしでやってくる。そんな小賢しい奴らばっかりだ。
……まあいいぜ、いつでも来いよ。俺は相手になってやる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんな俺は、今日――朝から温泉に入っていた。
朝風呂――それは、俺がここに来て作り上げた文化の一つだ。折角、四六時中湧いている温泉ながら、ここの人間には、特に朝に風呂に入る文化がなかった。一応、トレーニングの後は身体を洗い流す事も多いが、それは、かけ湯だけだ。何故か、誰も風呂には入らなかったのだ。
それで、そのよくわからない常識を、少し変えてみた。言ってしまえば、常識を覆してみた。やれる事っていうのは多い方が良い。無意味な制限は外せば良い。何となく敬遠されている文化は一度やってみれば良い。で、やばかったらやめれば良い。
「ふぅ……」
ちなみに、俺はアリエスの身体を使って普通に入っているが――これも、もうなんだかんだアリエスが納得してくれている。
曰く、「そんなに朝にお風呂に入ってみたければ、私の身体でもう自由に入っちゃって良いですよ」との事である。
……本当に良いのかはわからないが、とりあえず、お湯の中に入っている間は、俺はすっかりアリエスとしてそこにいる。きっと、信頼してくれているんだろう。俺は信頼に答えて、なるべく自分の使っているアリエスの身体を見ないようにしている。……そして、どうしても見えそうになった時は、俺の視界からは、かなり上手に湯気が隠してくれる。湯気はいつも良い仕事をする。アリエスも湯気に信頼を置いているのかもしれない。
まあ、何にせよ、風呂というのはやはり、自分で入った時が最も気持ち良いものだ……。身体の芯からあったまるぜ……。
(――すみません、伊神番長。なかなか、あなたを国に帰す算段がつかず。アクィナ軍が攻めて来ないのもありますけど……)
ふと、アリエスが、意識の中で言った。
確かに、すっかり一ヶ月半が経過している。
「いや……そんなの仕方ねえさ。それに、俺はここにいる時間も悪くないと感じている。みんな前向いて成長していってるみてえだし、あんたの歌だって毎日聞いてるが、凄く良くなってきていると思うぜ。……ここは夜になりゃあ、空には、千葉からじゃ絶対見えないような星があって綺麗だ。この温泉からは遠い緑の景色も見えるだろ。こういうのは、どうやったって見飽きねえ」
(そうですか……)
「ああ。俺からすると、第二の故郷みてえなもんだな……」
俺は言った。
アリエスの声は、なんだか、何かを嘆くため息にさえ聞こえた。
――それから、アリエスは言った。
(……いつか、伊神番長とも別れが来るんですよね)
寂しげだった。その気持ちは、俺には当然わかった。
そんな事、俺だって、ずっと思っていたさ。だが、言えなかった。
いつか別れが来る、なんていつ言ってしまえば良いのかわからなかった。双方わかりきっている現実について、どう切り出せば良くて、その時どう返してくれて、どう返すべきなのか想定できないと思っていたからだ。
今、俺たちはすっかり、同じ身体の中に意識として同居している。いつの間にか――この身体に慣れて、このアリエスと意識を入れ替えたり心で話したりする不思議で特別な時間に、ふとセンチメンタリズムを感じるようになっている。
だけど、俺には――正直、凄く、その流れていく時間に抵抗したい気持ちも、確かにあった。
俺は、気づけば、全く男らしくない、番長らしくない事を言い始めていた。
「――ああ。まあ、そんなの、いつか、アクィナを倒せたらの話だけどな……」
と、俺は打ち明けるように言った。
(えっ?)
「……なんだか、この頃、時間ばかりが過ぎていっちまうんだ。俺たちには、結局、敵を待つしかできねえし……だけど、それで平和に時間が過ぎていくほどに、俺もなんだかこの世界への思い入れも強くなって、だんだんと学校の事や家の事を忘れてしまうんだ……」
(…………)
「……なんだろうな。俺の中では、一回死んでここに来て、人生が全部リセットされてるみてえで……気づいたら新しく積み重なっていくのは、ただこの世界の思い出ばっかりで……それが、千葉県での記憶を、どんどん上書きしていくんだ。俺が昔いたあの血なまぐさい千葉県は、いつの間にか夢の国みたいになっていく……だから、ここにずっといてもいいんじゃねえかって思えるんだ」
少し苦笑いした。ここが嫌だったわけではないが、慣れるなんて思ってもいなかった。それが、慣れていたし、ここにいられる事に安心していた。俺は、ここしばらく、ずっと、それを感じていた。
たかだか一ヶ月と少し、ここにいて……俺は、ゴーストとしてアリエスの身体に憑依し続けて、それが、当たり前になっていく。自分で自分の身体を動かして、不良や暴走族や悪徳教師たちと日夜戦って危ない目に遭いまくった日々の方が嘘みたいに感じてしまう。あまりにも、全部が違っていた。身体や意識の使い方だって勿論違っていた。
だが、何も考えずにそんな事を言ったら、――アリエスの口調は、ほとんど俺に向けられた事のないような厳しい物へと変わった。
(――伊神番長。私は、あなたを見損ないました)
「……えっ?」
知らぬうちに、地雷を踏んでしまったらしい。
アリエスは、そんな怒りの抑揚が伴われた声で続けた。
(……私は、あなたにとって、帰るべき世界があると信じて、ここであなたに身体を貸しているのです。そして、私は、あなたのお父様の事や、妹のとし子様の事を聞き、伊神敏也を必ず元の世界に帰したいという想いが、この胸には、確かにあります……)
「アリエス姫、もしかして、あんた今、すげえ怒ってるのか……?」
(当たり前です。甘えないでください。私みたいに、他人や平和に甘えないでください……。――きっと、あなたをこの世界に転生させた女神様も、同じ事を言うんじゃありませんか?)
俺は、しばし黙った。
……そうかもしれない。同じ事を言うかもしれないな。
だけど、今のは、俺の偽りない本心だ。俺はずっとこの世界にいたって良いような気がしている。何もしなければ何も起きない、問題が解決すれば平和がずっとあるこの世界が、俺にとっては凄く心地よい。
それに、何より、あんまりはっきり言いたくはなかったが、俺にとっては、このアリエスがいるから……このアリエスの事が、やっぱり心の根っこで好きになっているから……。だから、俺はこう言ったんだ。
もしアリエスが同じ想いなら、その愛に殉じるようなつもりで、同じ身体の中で添い遂げるっていうのもアリじゃないかって、心のどっかでそう思いつつあるんだ。
だが、アリエスは続けた。
(――それに、伊神番長。私や民にとっても、この場所は、第二の故郷と呼べるほどじゃありません。あくまで、ここは仮の住まいなんです。確かに見える景色は綺麗だけど……それでも、ここは私の家じゃない。私もセラフもエリサも民も、こういう景色を見て、確かに綺麗だって思っていても――それでも景色を見ながら……みんな住む場所を奪われて、もう帰れるかもわからない不安を、胸の内に抱いている)
それは、俺の思慮のない発言を責めているようだった。そして、俺は内心で、凄く、はっとしていた。胸を突き刺すような衝撃だった。
(これは、遊びやお泊り会じゃないんです。アクィナおばさまを倒せなければ、私たち姉妹は、二度とお父様やお母様に会えず、自分の家に帰れず、自分の国を取り戻せない……私も、あなたと一緒にいてそれにどんどん気づいていったのに。……ごめんなさい。こういう言い方になってしまって。……だけど、いつもそういう事に気づいて、いつもみんなにそれを言えるのが、伊神番長だと思っていました)
「いや、そうか……すまん。悪かったな……大事な事を忘れちまっていた」
(……いいえ)
……そうだな。言われて気づく。全く尤もだ。
俺は、すっかり自分の都合ばっかり考えていたようだ。アリエスたち、民の立場になって考えるのを、忘れかけていた。戒めよう。
そもそも、アクィナを倒す事は、俺だけの都合じゃないんだ。アリエスにとってみても、国や両親や民を取り戻すのに、「アクィナを倒す」という目的が必要だ。
第一、アクィナが倒されるまで止まっていられるのは俺の世界の時間だけで、この世界は一分一秒確かに前に進んでいて、氷漬けにされた人たちからはその時間が奪われている。全員が、有限な時間が過ぎていく事に焦っている。
そして、全部が終わるまでの間、今いる人間たちはみんな、住む場所を奪われて、無期限にこのキャンプにいる。――元の世界でも同じだった。何かに住む場所を奪われた人たちは、ひたむきで明るく見えたとしても、内心に強い恐怖を抱え続けている人たちだった。たとえ、趣味や交流で表面的な何かを紛らわせたとしても、仮の住まいでいつまで続くかわからない共同生活を送るというのは、想像を絶する過酷な時間なストレスなのだ。
そうだ。最近、前触れもなく不意に泣き出したエリサを見た。「いつまでこんな日が続くのかねぇ」と、か細い声で愚痴るばあちゃんも見た。氷漬けにされた自分の国を黙々と絵に描いて、自分の感じた恐怖を形にして安心する男の子も見た。
……時間のせいで――いや、まったくここの住人と違う俺自身が、自分の事しか考えない甘えを持っていたせいで、俺はそれを忘れかけていたのだ。
俺は誓った。
「……わかった、アリエス姫。いつか、俺たちは、確かに別れる。……寂しいが、それが絶対だ。だが、俺はその時まで、あんたの為に全力を尽くす。この手で、あんたたちの国を守るよ。番長として、約束する」
まるで自分に言い聞かせるように。
今詫びよう……俺は、この平和に見える世界の中で、完全に平和ボケしていた。それでいて、俺は所詮、部外者でいたようだった。誰にも寄り添えなかった。
ここは平和なんかじゃない。俺はさっさと、ここのみんなが安心できるようにしないとダメなんだ。
だが……。
(あんたの為に、って……。伊神番長、あなた……やっぱり、何もわかっていません)
アリエスは、どこか、尚更不機嫌になった気さえした。
俺はその言葉にトゲを感じたというか、既にアイアンメイデンがこちらに向かってきているような圧力を感じた。
「俺が……わかって、ねえ事……。すまねえ……」
考えた。
二人で一つの身体は不便といえば不便だ。彼女だって、一人になりたい時があるし、知られたくない自分がいる。その時間を、俺が頭の中で妨害し続けるのは――嫌なのかもしれない。いや、その事に違いない。
「……そうか。やっぱり、俺といつまでも一緒にいるってのが、アリエス姫にとっては嫌か……。悪ぃ、気づかなかった……この通り、謝る」
(…………)
アリエスは、俺の言葉には答えなかった。
しかし、また少し間を置いてから、調子を変えたように言った。
(――伊神番長。あなたは、この“スウィート・ピィ”の民ではありません。あくまで、遠い世界、チバケンの民です。いくらこの国が気に入ったとしても、……あなたには、帰らなければならない場所がある)
「そりゃあ……」
(しかし、その割には、あなたはいつの間にか、完全にこの国の為に何かをするようになっています。いつも、この国の事ばかり考えていて……この頃は本当に、妹さんのお守りを見返す事さえ減りました。――しかし、これは本当に忘れないでください。やっぱり、あなたはこの国の人間じゃないんです……)
いや、そこまで言われると、流石の俺のハートも傷つく……。
俺は、気づけばこの世界にすっかり馴染んでいて、そこの一員になれたというつもりがあった。第二の故郷という言葉には、どこにも嘘はない。だが、アリエスからするとそうではないらしい。俺の驕りだったらしい。
それが、アリエスが抱えていた本心なら、俺は受け入れるしかない。
(……そうです、そうなんです……そうなんですよね……。きっと、私以上にずっと長い間、あなたに触れ、あなたを愛している人たちが、チバケンにはいる筈……そこがあなたの帰るべき場所なら、あなたはもっと、私たちの為なんかではなく、あなた自身の為に――)
何か考えの纏まらなそうなアリエスに向けて、俺もまた何か自分でもわからない反論を言いかけた。
最初の文字もわからないまま、とにかく何か言おうと口を開けようとした。
それは、って言おうとしたかもしれない。
――だが、その瞬間だ。
俺は、ふと、どこかから向かって来る強い殺気を感じた。
何か来るっ!?
この感覚は、やばいって時の感覚だっ!
「――危ねえっ!!!」
俺は反射的に、大きな動作でお湯の中に潜った。
潜るというよりは突っ込むって感じだ。会話は中断するしかない。
――ひゅんっ!
と、何かの音が、お湯の中でもぼんやり聞こえる。
頭上を通過する、謎の黒い影。細く、速い!
なんだ、何が……!
いま、俺の頭上で何が起きたんだ!? 以前、二年B組の教室の中に、突然、火炎瓶が投げ込まれた時を思い出す! ああいうモノだったら危ねえぞっ!
俺は、一瞬待って、それが燃え上がりもせず、連発もされていないのを感じて、なんとかお湯から出るように勢いよく立ち上がった。
今通り過ぎたのが何だったのかを見る。
「こ、こいつは……!」
(何です!? 一体、何があったんです!? 伊神番長っ!!)
全裸のままに堂々と立ち上がって湯舟から出てしまうのはアリエスに申し訳ないが、今はそんな事気にしてる場合じゃない。――俺の目の前の壁に、何かが刺さっていた。
……そう、それは、矢である。
その矢には、何かおみくじのように紙が結び付けられていて、「矢文」というモノであるのがすぐにわかった。さっき、こいつが放たれてきたのだ。
何であれ、こんな危なすぎる文通手段を使って来る人間がこの世界にいる事にはビビる。矢をむしり取るように壁から外して握る。
俺は、森の方を見た。
「どこのどいつだよっ!? 露天風呂に向けて矢文を放つなんて、時代劇みてえなマネをしやがるバカはっ!!」
見ても、誰もいない……というか、湯気も邪魔だし、森は鬱蒼と生い茂っていて、この手紙を発信した弓使いの姿は見えない。
悪意を持って俺を狙ったのか、はたまた、偶然矢文を使ったら俺を殺しかけたのかはわからない。
何でも良いが、とにかく、どんな世界でも矢文だけはやめてほしい。もし、この時、俺ではなくアリエスが風呂に入っていたらと思うとゾッとするし、今だってアリエスの心臓がヒヤヒヤしているのを感じる……。
(い、一体何が書いてあります?)
アリエスが、俺に向けて訊いた。
「あ、ああ……いま確認する」
そうだ、今はこの矢文の中身を確認しないとならない。俺は、風呂から上がって脱衣所に行き、矢に結ばれている紙のメッセージを読んだ。
汚い字で、何か書いてあった。
アリエス姫
助けてください。コオラです。
僕は心を入れ替えました。今すぐ、あなた方に、アクィナの居場所を教えます。
しかし、このままだと、裏切りによって、処刑されてしまいます。
姫様、お願いです。今日の日没から一時間後、トナリノ町にあるマルサン倉庫の裏に、一人でこっそり来てください。僕はそこで、あなたたちにアクィナの居場所を教えます。
コオラ――あの、いつかのメガネの偏差値男だ。
そういえば、俺が「アクィナに来いと伝えろ」と言ったのは、コオラに対してだけだ。確かに、この内容を書けるのはコオラくらいしかいないし、誰かが騙ってるわけでもなさそうだ。
何であれ、矢文だなんて、随分、俺たちに危ない真似しやがる奴だ……。
しかし、もし、心を入れ替えたと書いてある通り、この手紙が真実なら、コオラの身も危ないうえ、放っておくわけにもいかない。謝罪の言葉がないのが引っかかるが、あいつの性格上、心を入れ替えても謝罪なんてできるとは思えないし……。
(あのコオラさんの事ですし、もしかすると罠かも……)
(だが、もし、万が一にでも本当だったらどうする?)
アリエスが一瞬、思案する。
(……そうですよね。それが困り物です。ゴンゾウさんの件もありますし、本当に心を入れ替えた可能性もあります。もし、行かなければ彼を見捨てた事にもなりかねません……)
(ああ、そうだ。俺は、誰かを見捨てるわけにはいかねえ! たとえ、どんな奴だったとしても、今、こいつがもし、今苦しんでいて、もし、これから前を向いてみんなの事を考えられる男になれるかもしれねえなら、俺は行かないとならねえ……! 行ったら危ねえかもしれねえが、協力してくれるか!?)
(勿論ですっ! 勿論、痛くないようにお願いしたいですが)
そう。たとえ、どんな奴だって、「心を入れ替えた」とか「殺される」とか助けを呼んでいる声を見捨てる事はできない。
万が一にでも嘘かもしれないが、もし行って罠でも仕掛けられて、殴り合いになるしかないのなら、すぐにでも殴り倒せば良いだけだ。
(――それに、これからアクィナの居場所を教えてくれるって言うなら都合が良いだろ。ちょうど、俺も奴の居場所を知りたがっていたところだ)
ああ、手がかりがないまま、このままずっと、ウダウダやっていくっていうのが、一番良くない。あんな平和ボケしちまっていたし、そいつを治すには丁度良い。アリエスたちには氷漬けの家族がいる。だから、俺たちは、絶対にアクィナを倒さなければならないのだ。
たとえ、罠かもしれないとしても、ちょっとでも可能性があるなら、俺たちはアクィナを探す手がかりに少しでも近づいて行かなければならない。それがアリエスや、ここのみんなの為になる。
……それが、俺たちの別れに近づいていくっていう事だとしても。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆